第20話 王族との対面

 たとえ俺が夜中に襲撃を受けようとも、王族は予定を変更してくれないらしい。

 シッカリと身支度を整えたアラセリに叩き起こされ、体を洗って着替え、軽い朝食を濃いお茶で流し込んで、ようやく少し頭が回り始めた。


 服装や髪は整えてもらったが、寝不足と精神的な疲労で目の下にはベッタリと隈が貼り付いている。

 こめかみがズキズキと脈打つようで、普段の半分も頭は回っていない気がする。


「大丈夫ですか、ユート様」

「正直、あんまり大丈夫じゃない……ベッドに戻って眠りたい」

「王族の皆様を待たせる訳にはまいりませんので、対面が終わるまでは頑張って下さい」

「終わったら一緒に眠ってくれる?」

「それは、対面の成り行き次第ですね」

「はぁ……行きたくねぇ……」

「仕方ありませんね。ちゃんと頑張れたら、ご褒美を考えます」


 ぐっと胸を押し付けるようにして、耳元で囁かれると、それだけで頑張っちゃおうかと思うから我ながら単純だと思う。

 まぁ、それでも今は、ご褒美よりも単純に眠りたい。


 昨夜と同様、八人の護衛に守られて向かった先は、リュディエーヌさんの医務室だった。

 医務室にはリュディエーヌさんの他に、エッケルスさんの姿もあった。


 今日の王族との対面には、エッケルスさんも同席すると聞いている。


「おはようございます、リュディエーヌ様、エッケルス様」

「おはよう、ユート。襲撃の話は聞いたわ、どこにも怪我は無い?」

「はい、アラセリが守ってくれたので無事でした」

「アラセリが守った……か、ユートが守ったの間違いじゃないのかね?」


 どうやらエッケルスさんには襲撃の詳しい話が伝わっているようだ。


「いえ、襲撃された瞬間、俺は何が起こっているのかも分かっていませんでしたから、アラセリが自分をかばってくれていなかったら、バッサリとやられていたはずです」

「そうか、だが、その後の働きは見事だったそうじゃないか、あのドロテウスを返り討ちにしたのだろう?」

「エイク、それは本当なの?」

「あぁ、本当だとも、ドロテウスを含めた襲撃犯五人は、ユートが魔法で返り討ちにしたのだろう?」


 エッケルスさんは、俺の手柄を褒め称えたいだけなのだろうが、俺の転移魔法が恐ろしい殺傷能力を秘めている事は出来れば内密にしてもらいたい。


「はい、おっしゃる通り五人の襲撃犯を返り討ちにしましたが、出来れば自分の魔法が高い殺傷能力を秘めている事は内密にしていただければと思っております」

「ほう、それはなぜだい?」

「強い魔法を使えるとなれば、より強力な刺客が送られてくるような気がして……」

「いいや、それは無いだろう。あのドロテウスを返り討ちにしたのだよ、そんな相手に刺客を送り込もうなんて、流石に考えないだろう」

「そうね、いくら第二王子派が現実を見えていないとしても、ドロテウスを失って更に仕掛けようとは思わないでしょうね」


 二人の口ぶりからすると、ドロテウスは俺が考えている以上に恐れられていたらしい。


「ドロテウスって、そんなに強い奴だったんですか?」

「あぁ、ユートは知らずに返り討ちにしたのか」

「ドロテウスを打ち取るには百人の兵士でも足りないと言われていたわ。貴族の女性や城で働く女性が噂するのは、もっぱら実目麗しい若い騎士の話ばかりだけど、ドロテウスは恐ろしさで噂されていたわ」


 人並外れた体格、恐ろしげな風貌、そして群を抜く強さから、オーガの血が混じっているなどと言われていたそうだ。


「そのドロテウスをユートは返り討ちにしたのだが、表向きにはドロテウスに似た賊を返り討ちにした事になっている」

「第二王子派に配慮するために、ドロテウス本人だとは言えないのですね?」

「その通りだ。まぁ、噂話は流れるだろうし、あれほど目立つ人間が姿を見せなくなれば、噂はおのずと真実を指し示すようになる」

「そうね、まさか第二王子派の連中も、ドロテウスを失う事になるとは思っていなかったでしょう」


 エッケルスさんも、リュディエーヌさんも、話をしながら笑みがこぼれるのを抑えられないようだ。

 良く考えてみれば、ドロテウスは問答無用で山岸を両断した男だ。


 全く意図していなかったが、結果としては山岸の仇を討った形だ。

 そう考えると、ドロテウスを殺した罪悪感は薄れていく。


「夜中に襲撃を受けて、だいぶ疲れているようだが、もう少しだけ頑張ってくれ」

「大丈夫よ、私達も出来る限りのフォローはするわ」

「はい、よろしくお願いします」


 エッケルスさんとリュディエーヌさんに連れられて、医務室から王城の奥へと向かう。

 途中には水堀があり、橋の袂には金属鎧で武装した兵士が四人控えていた。


 この堀から先は、王族が暮らすエリアだそうだ。

 掃除の腕前が上がって、城の中の表面、王族や貴族が通る場所も掃除するようになっていたが、この堀の中には入った事がない。


 エッケルスさんとリュディエーヌさんは、顔を知られているらしくチェックを受けずに通れたが、俺は特殊技能者認定証を提示しボディーチェックを受けなければならなかった。

 この先のエリアで働く人間は、身元を厳重に調べられた者だけで、俺のような別の世界から来た得体の知れない人物は基本的には立ち入れない場所らしい。


 今日、立ち入りが許可されたのは、リュディエーヌさんから申請が行われているかららしい。

 許可を得て橋を通過したのだが、後ろからドロテウスとか、鬼殺しなんて言葉が聞こえてきた。


 これは、娯楽に乏しい連中が、面白おかしく尾ひれを付けて話しているような気がする。

 どこまで噂が流れているのか知らないが、下手に王族の耳に届くと、戦闘職に復帰させらたりしないか心配になる。


 王族の暮らす建物は、城の他の建物と比べても別格の作りだった。

 チェーン店のラーメン屋と高級割烹ぐらいの差がありそうだ。


 案内係に応接間へと通され、エッケルスさんとリュディエーヌさんは豪華なソファーに腰を下ろし、俺はその脇に立って王族を待った。

 今更ながらに知ったのだが、二人は貴族としての爵位を持っているそうだ。


 貴族は腰を下ろして、平民は立って待てという事なのだろう。

 応接間の隅には、ロゼッタさんがローブ姿で控えていたので目礼を交わす。


 心なしかロゼッタさんも緊張しているように見える。

 五分ほど待たされて、いよいよ王族が姿を見せた。


 エッケルスさんとリュディエーヌさんが席を立ち、腰を折って頭を下げる。

 俺はその横で跪いて頭を下げながら、上目使いで王族の様子を窺った。


 最初に入って来たのは、パッと見た感じでは二十代後半ぐらいに見える女性だった。

 柔和な表情とは対照的に、髪は燃えるような赤い色をしている。


 豊かな胸、縊れた腰、スタイルも美貌も文句の付け所が無い。

 おそらく、この女性が第二王妃シャルレーヌだろう。


 その後に続いて来たのは、布で目元以外の顔を覆った男性だ。

 この人が、第一王子アルベリクだろう。


 服の上から見ても、意外にガッシリとした体つきをしていそうだ。

 アルベリクの後からもう一人、俺と同年代ぐらいに見える少女がついて来ていた。


 ピンクブロンドと呼ぶのが相応しい、桃色に染まった金髪、母親譲りの美貌の持ち主は、第二王女のブリジットだろう。

 三人の容姿を確かめたところで、視線を落として声が掛かるのを待った。


「ごきげんよう、エッケルス、リュディエーヌ。さぁ、掛けて」

「はっ、シャルレーヌ様におかれましては、本日もご機嫌麗しゅう……」


 エッケルスさんとリュディエーヌさんの挨拶が続いている間、俺は跪いた姿勢で待たされた。

 大して中身の無い時候の挨拶が続いた後で、ようやく話が本題へ移った。


「リュディエーヌ、そちらが蒼闇の呪いを解けるという者なのね?」

「はい、さようでございます。ご挨拶をさせても宜しいでしょうか?」

「許します……」

「ユート、ご挨拶なさい」

「はい、優斗霧風と申します」

「ふむ……直答を許します。ユート、そなたドロテウスを退けたというのは真か?」

「うぇ……? は、はい……俺がやりました」


 てっきり痣の除去について聞かれると思っていたので、寝不足で頭が回っていないのも手伝って受け答えがメチャクチャになってしまった。

 これは後で怒られそうだと冷や汗を流していると、男性の声で問い掛けられた。


「いかようにして倒したのだ?」

「いかよう……て、転移魔法を使いました」


 質問をぶつけて来たのは、第一王子アルベリクだった。

 顔を隠しているので表情は見えないが、俺を見る視線は射抜くように険しい。


「嘘を申すな。転移魔法では人体や硬質な物体は切断出来ぬ」

「えっ……そうなんですか? でも俺は岩胡桃の殻も真っ二つに出来ますよ」

「ほぉ、面白い。ならば、この場でやってみせよ。ロゼッタ、岩胡桃を用意させよ」

「かしこまりました」


 アルベリクに命じられたロゼッタさんが退室すると、部屋に重たい空気に包まれた。

 というか、痣の除去の話で来たはずなのに、俺の転移魔法が疑われているような状況に寝不足も手伝ってイライラしてきた。


「あの……少し伺ってもかまいませんか?」

「なんだ、申してみよ」

「転移魔法を発動する時には、魔力で物体の境界を認識して発動させています。その境界を相手の体内に設定すれば、体の一部だけを転移させて切断できるものではないのですか?」

「転移魔法にそのような力は無い。相手の体全体を転移の範囲内に収められれば、任意の場所に飛ばすことは可能だが、体の一部でも境界からはみ出せば転移魔法は発動しない」

「先程、人体や硬質な物質は切断出来ないとおっしゃいましたが、柔らかい物であれば切断出来るのですか?」

「そうだ。空気や水、土程度ならば切断出来る。それ故に、人を転移させる場合には、石や木の床の上ではなく土の上で行うのだ」

「失礼ですが、王子様は転移魔法をお使いになられるのですか?」

「いいや、私は光属性魔法しか使えぬが、王族たるもの『必勝の魔法』の知識を備えておくのは当然の話だ」


『必勝の魔法』とも呼ばれる転移魔法は、その有用性と希少さから、これまでも研究がなされてきたらしい。

 部隊を送り込むのに、石の床の上から行って失敗した事もあったのだろう。


 どうやら、俺の転移魔法は、そうした研究結果からは逸脱しているらしい。


「お待たせいたしました……」


 ロゼッタさんが籠に盛られた岩胡桃を持ち帰ってきて、その一つを切断の転移魔法を使って目の前で真っ二つにして見せると、アルベリクは目を見開いて息を飲んだ。

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