季節予報
@masa9670
季節予報
「ねえ、みてキョン」
ハルヒの指さす方に、除雪機販売、と書いているのぼりが数本並んでいた。
「私たちのところはまだ暑さと戦う日も多いのに、ここの人たちはもう次の脅威を見据えてるわ」
へえ、ほんとだな。季節感というか。俺たちで言うところのこたつみたいなもんなのかもな。寒い雪の日にこたつで食う鍋はさぞうまいんだろうさ。
なんてことない返事をした俺にハルヒは大仰な溜息をつき、呆れたとばかりに首を横に振った。
「全くあんたは…こんな時に食べ物の話? 旅行っていうのはその土地の暮らしや文化に触れて、その非日常を楽しむものなの。あんたにはその趣を味わう心が足りないわ」
と、指を立てて講釈垂れてはいるが、とんでもない時期に桜を咲かせたやつの言葉と思うと、谷口の流す噂話程度の説得力しかなかった。
しかし、こちらの初秋は空気が澄み渡りカラっとした肌感で台風とも縁遠い。ハルヒの言う通り、季節の先取りという特別感も旅行の醍醐味と言えるのかもしれない。
肺いっぱいにその透き通った空気を吸い込み吐き出す。谷口との会話で生まれた煩悩も空へと消えていく気がした。
そんな俺をよそに、ハルヒは雪という文字が頭に引っかかったのかこんなことを言いだした。
「あーあ、せめてクリスマスだけでいいから、ぱーっとうちの街にも雪が降らないかしら」
朝比奈さんであればかわいい願い事と思い、サンタのようなほがらかな笑顔で見守ることだろう。だが、こいつの場合は些細な願い事が奇天烈な方向へ行くことがほとんどであり、それは実際些細なものではなかったというのが俺の経験則だ。
せっかくの旅行だ、不吉な話はやめてくれよ。
「あんた何言ってんの?。別に欲張っちゃいないわ、少しでいいのよ、ほんのちょっとよ」
ハルヒの感覚を測れるものさしがあれば、古泉たちも苦労はしてしないだろうに。
「でも雨はいやね。そんなめでたい日に朝起きて雨ってだけで気分が落ち込むわ。それに、またあんたと相合傘なんてごめんだしね」
濡れてたのは俺の肩なんだがな、なんて文句は言わない。自ら先導して地雷を踏んでいくやつは一人で十分なのだ。
その後俺たちは心地よい陽気の中、街をぶらついた。近くの公園にある屋台で買い食いをしたり、昔ながらの商店街の小さな個人店を見て回ったりと、なんてことない不思議探索であった。
しばらくすると空が陰り、その空模様の通り雨が降り始めた。見る間に雨は強まっていき、俺たちは追われるように近くのコンビニへと避難した。少し店内をぶらつくが、外の雨が弱まる様子もなく、あっという間に店内を一周し入り口に戻ってくる。
入り口に傘を見つけたが、手荷物を考えると旅先での傘購入は悩ましい。
変化のない雨雲を思案顔で見ていると、お買い上げテープが貼ってある傘を持ったハルヒが横に立った。
傘は一本。その場でビニールをはがし傘を開く。
「ほら、雨なんかで時間を無駄にできないわよ。こういう時こそ恥ずかしがり屋な不思議が顔を出すってもんよ!」
と、我先にと雨の中へ走り出していった。
「はやく! ぼーっとしてると置いていくわよ!」
ハルヒはアホ面かます俺を秋晴れのような笑顔で挑発した。その笑みに一瞬立ち尽くすが、駆け足ですぐ後を追い傘を取った。歩き出した俺は隣のハルヒのその輝く表情眺め、クリスマスの雨もそう悪くはないのではないか、そう思い肩を濡らすのだった。
季節予報 @masa9670
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます