短編集
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ヤツはそこにいる
「あなたは今、つまらない授業から逃避するための手頃な暇つぶしを探しています。そこにノートとペンがあったら何をしますか?」
こう問われた時、大抵の人は『落書き』と答えるだろう。
絵を描いても良し、別の授業の勉強をしても良し、誰かの悪口や顔を書いて、ペンで上からぐちゃぐちゃにしたり破いたり燃やしたりするのも良し、やろうと思えばなんだって出来るのが落書きだ。
そんなありふれた、ごく普通の暇つぶしをしていただけだったのに。
何でこんなことになっているのか。呪われているのか。
私にはわからないし、きっと誰にもわからない。
何が起こっているのか、それだけははっきりとわかる。
私がこれを描いてしまったからこんな奇妙なことが起きているのだと。
机の上に広がったノートに写した板書。その隙間に描かれた文字で構成された顔に目をやると、こちらに良い笑顔を向けていた。
私は頭を抱えていた。
HR
ガラガラと音を立て、だらだらと教室に入ってくる姿勢の悪い男...担任。
ギラギラとした目、長身のやせ細った体には健康的な要素は欠片もない。
「そろそろ席に着かないと先生が歌い始めるぞ~」
まだガヤガヤとしている教室を見渡すと、突然そんなことを言い出した。
全員がすぐさま席に着くし、かなり効果的な方法だけどそれでいいのか?
もはや自虐の感情すら感じていなさそうなガラス玉のような目と人形のような表情で点呼を取っていく姿には戦慄すら覚える。この教師大丈夫なのか。
そんな風に心配と恐怖で半々の視線を向けていたら名前が呼ばれたので答える。
「はぃ...」
順番が来ただけの事だから当たり前なのに、つい声が小さくなってしまった。今日の担任は怖すぎる。何かあったのかもしれない..
まぁ、大方ソシャゲで大爆死した、とかそんなところだろうけど。
点呼が終わり、軽い連絡が伝わったところでHRも終わる。
と思ったらドアから出ていく直前で担任が振り返る。余計な事を言いそうなので早く帰って欲しいと、全員がそう思っている気がするのは多分間違いじゃない。
しかし現実は非常だ。
外れて欲しい予想と言うものほど当たるようで、案の定碌でもない事を言い出した。
「先生はなぁ、昨日の夜にとても不幸な目にあったんだ、だからお前らにも不幸が伝搬することを切に願っているんだ。それじゃ、今日も1日頑張れよ~」
ガララララ...
.....聖職者としてあの態度はどうなんだろうか。教えるのは上手いし根元の根本の部分だけは優しいとはいえ、普段の態度がアレではどうしようもない。
どうやらみんなそう思っているみたいで、次第に愚痴がこぼれだしてきた。
「やっぱさ、俺らの担任、頭おかしくねぇか?」
「生徒の不幸を願うって教師としてどうなの?」
「教師云々の前に人として駄目でしょ」
「でもちゃんと私たちの事は見てくれてるし...」
「いやぁ、わかるけどさ?でもそれ半分くらい嫌がらせのためのリサーチじゃん」
「「「....」」」
沈黙、正直何を言ってもどうにもならない話題なので話を切り出した奴に責任を追及するかの如く視線が集まる。圧に耐えきれなかったのか、本日の馬鹿は――
「――あぁー!そろそろ1限始まるし皆も準備しとこう!な?」
勉学を盾にそそくさと逃げていった。
1限:生物
カツカツと黒板にチョークで書く音が聞こえる。目を凝らしてようやく見える大きさだけど、板書をそんなサイズで書いたら写せない人も出るのでは....?
後方の席からは見えづらいけど、形的に「托卵」と書いているようだ。
.....
いや何書いてるんだあの教師、授業に関係ない言葉を描くんじゃない。
板書に罠を敷くとかどうかしているとしか思えないけど、実際どうかしているので考えるだけ無駄。あれで平常運転ってどういう事なんだ。
いつも通りの凶行に思わず天を仰いでいると、遂に犠牲者が出ようとしていた。
「せんせー、今書いたそれって何ですか?」
あぁ聞いちゃった、可哀そうに、あの子はまだ純粋な側なのに。
嘆いても時間は戻らない、というかもう高校生なんだし多少穢れたところでそう変わらないし別にいいだろう。喜悦に頬を歪ませた教師が口を開いて、醜い現実と弱肉強食の自然の掟を彼女のその心に刻もうとしたその時――
「先生、授業と関係ない単語を書いて生徒を惑わすのはやめてください...」
勇者だ。こんな世界にもまだ救いは、メシアはいたのだ。
無事に一人の少女の純真な心を守り通した
その後の授業はつつがなく進み、特にトラブルが発生する事も無かった。
メシア君は偉大だった。ただ一つ問題があるとすれば、彼の偉業が私の頭から離れずにその後の授業はほとんど内容が入ってこなかったことだろう。
余りにも眩しい光は悪鬼羅刹の類のみに飽き足らず、時に常人の眼をも潰す。
2限:現代文
「はぁ...ん、ふわぁ」
溜息を吐く度に幸せが逃げるのなら、私の幸せはとっくに底をつきているだろう。
つまらない。もう何回時計を見たかわからない。
溜息を吐いた回数は既に10を超えているように思える。欠伸は倍かもしれない。
話は回りくどいし微妙にズレた方向に進んでいく授業、若干聞こえにくい声。
自語りこそ無いものの、教科の範疇で別の話題に飛んでいくため理解を深めることが出来ない。もっと一つの事に専念して授業できないのかこの教師は。
あぁ駄目だ。モチベーションが風前の灯火のようで...あ、消えた。
気持ちがそうなってしまうと、もはやどれだけ改善されたとてこの時間に集中することは無理だ。諦めて板書だけ写して、次のテスト範囲でも勉強しようか。
だがもはや勉強自体が面倒になってしまった。はてどうしたものか...
そこで私は思いついた。思いついたと言ってもありきたりなものだけれど。
落書きでもしようかな、なんて。
絵が得意ではないけれど、教師の顔を描いて上から赤いボールペンでぐちゃぐちゃに塗り潰せば今の気分も少しは良くなるだろう。
ペンを握りしめて邪念を煮詰めていると、気づいたら例の顔を描いていた。
文字だけで構成された、間抜けな、それでいて妙に人気なあの顔。
描きやすいからなのか眠気からなのか、無意識のうちに描いていたようだ。
せっかくなのでこれをベースに描いていこう、間抜け面が強調されて、0から描くよりも出来がよくなるかもしれない。....画力的にも。
まずは髪を、いや、気持ち少なめに描いてやろう。ついでの少々小汚くして....
最高にテンションが上がってきたその時、私は自分の目を疑った。もしくは正気を。
なんだ、字が滲んでいる?
違う、ボールペンならまだしもシャーペンでそれはあり得ない。
これは、目がおかしくなったのか?
それも違う、だってそのすぐ横にある文字列はくっきりと見えている。
じゃあ一体何なんだ、なんで、どうして。
困惑と嫌悪感、そして若干の恐怖に包まれた私は、今一度、目に映ってしまったものを正しく認識する。っていうか本当に気持ち悪いなこれ。
私の目には、ノートの中で蠢く、所謂「へのへのもへじ」が映っていた。
3限:保健室
ベッドで横になったと思ったら、気づいたら40分ほど寝ていた。
疲れているのかもしれない。もしくはストレスが溜まっているのかも。
だから私はあんな訳の分からない幻覚を見てしまったんだ。
――なんて思いたくても、持ってきたノートを開くとヤツがいる。
こっちに気づくと同時に見てくるのですぐさま目を逸らす。満面の笑顔だ、多分。
正直いろんな感情がないまぜになって体が震えている。こんなの私にどうしろと。
友達や教師に相談しようとも思ったけど、余計な混乱を招くのは躊躇われた。
という訳で、人のいない場所でこの謎の...謎の何かを消すことにした。
「君に恨みは無いけど...あー、消えてもらうよ」
他に言い方が見つからなかったにしても、痛々しい台詞を吐く自分に辟易する。
まぁ状況的には何も間違っていないしいいだろう、人もいないし。
震える手で消しゴムを掴む。グロいことになったら嫌なので目を細め、あとはそのままヤツに擦りつけるだけ――。
そう、行動に移した途端に気づく。目を細めていたのが不味かったのか。
「...いないッ!何処に消えやがったんだアイツ!」
今の今までいたはずなのに消えた文字の顔、思惑をつぶされた強い不快感。
ずっと感じていた不安の感情は、既に自分でも見つけられないほど遠くに行ってしまった。今はただ...コケにされたような、そんな苛立ちが全身を支配している。
ぐつぐつと煮えたぎる気持ちが少しずつ冷めてきて、今自分がどこで何をしたのかに気づいてしまった。ここは不味い、早く逃げなくては。
「
~~~ッッ!!やっぱ気づかれてた、そりゃそうだ、ここは保健室で、ベッドが防音の個室だなんてことがあるわけない。それにここに来た時、私は確か仮病で休むことにした。絶対に、絶対にバレるわけにはいかない。上手く言い訳を考えて....
「あぁ、あっははー...いえ、急に頭痛と気怠さと吐き気諸々の全部がいっぺんにが無くなったような感じがして、びっくりしちゃいまして」
ダメだ、私は嘘が苦手なようだった。なんて純真な私。だけど今はその純真さが悔やまれる。この学校の教師は揃いも揃って狂人ばかりだ。例外はない。
「そう...?元気になったなら早く教室に戻りなさい、単位落と――」
「失礼しました!!!!」
急いで保健室から脱出する。
半分以上脅迫紛いの退去命令とか本当にやめて欲しい、いや本当に。
あの保健教師、"生徒の皆の心を見て、効果的なセラピーやカウンセリングをしたいです"とかなんとか言っていたがやり口がえげつない。問題解決のために心的ストレスを与えていては本末転倒じゃないんだろうか?
―――いや、今はそっちじゃない。いやそっちも大事だけど、先にあの文字だ。
そもそもヤツの目的はなんだ?この手の怪奇現象なら逃げた先で生徒が襲われてそうなものだけど...いやダメだ、そんな縁起でもない妄想は心にしまっておく。
何ならごみ箱にでも捨てておきたい。
とにかく今はヤツを探さなくては。
追いかけっこの始まりを告げるように、授業終わりのチャイムが鳴った。
4限:体育
さぁどうしてくれようかと息巻いていたけど、追いかけっこは始まらなかった。
どうやら次の教科を忘れるほどには混乱していたようで、心を落ち着かせ――
よし、ひとまず落ち着いたのでヤツを殺す、じゃなくて考える。
考えるまでも無かった。
流石にこの時間はノートに...もしくは移動したと思われる別の紙に近づくことすら出来ない。ヤツの捜索は昼休みに回すしかないけど頭を冷やすには好都合だ。正直体育は嫌いだけど、体を動かせば何かが解れていい案も出てくるかも。
それができたら、まだ、よかったのに。
ヤツの事はいったん忘れて、とりあえず体操服に着替えて運動場に出よう。
そう思って着替えを取り出した時に目に入ってきたモノは、もう、やだ。
胸のあたりの四角い枠の中、名字の右下、目を凝らさずとも見えるそいつは
「ひぃっっ」
―――――
―――
―
-
自分でも驚く速さでヤツをシャツごと封印した後、私はジャージの上着を着ていた。
まだ長袖を着るには少し暑いけど、あんな呪われた服を着る事の不快感に比べてば余程マシだ......あの服、ちゃんと元に戻るよね?
先ほどは気分転換にいいかも、と思ったけれどそんなことは無かった。
体育という教科は考えるだけでも憂鬱で、運動不足の身としてはやはり耐えがたきものだったようだ。というかもうさっきのを見たあとなら何をしても憂鬱だと思う。
しかしやりたくないからやらない、なんて選択肢を取るわけにもいかないので、重い足取りで運動場へ向かった。確か今日は体育祭の練習だったか。
私の気分とは裏腹に、空は雲一つない快晴だった。当てつけだろうか?
昼休み:捜索
購買で適当にパンを買う。思いっきり鷲掴んで食べながら屋上に向かう。
パンが潰れてしまうけどどうでもいい、どうせ味が変わるわけでもない。
やっとヤツを探すことが出来るんだ、何としてでも見つけ出さなくては。
今まで見たのは三回、その全てでヤツは私を見ていた。消え失せろ。
おちょくっているのかはわからないけど、体操服にまで入ってくるのだから狙いは多分私なのだろう。呪詛が漏れそうなので思考を逸らす。
そして「狙いが私だったら1人きりになっていれば、とりあえずは誰にも見られることはないのでは?」と考えた結果、私は今屋上の扉の前にいる。
走ったから、それだけでは説明がつかない程に呼吸が乱れている。滝のように汗が流れて服が肌に張り付く。体はそろそろ限界かもしれない。もっとも、震えが止まらないのは疲れでも何でもない。ただこの先に進むのが怖いんだ。
――当たり前か。あんな見た目をしていても立派な怪異、一歩間違えれば殺される可能性の方が高いだろう。少なくとも私の知ってる怪異とはそういうものだ。
怖い、けど自分の身に何が起こっているのか確かめたい
気持ち悪い、けど自分で動かなきゃ終息しないかもしれない。
それに文句を言いたい、勝手に人様の服の中に入ってんじゃねぇぞ殺すぞ。
根性があるわけでも、ましてや蛙のキャラクターでもないのにいっちょ前に服の中に侵入してくるなんて、本当に目的は何なんだ。
また呪詛が漏れるところだった。
バクバクと聞こえる心臓の拍動を感じるけど、それでもドアノブに手をかける。
滑った。焦っているのか汗が出ているのか。いや、どっちでもいいか。
滑るドアノブをもう一度掴んで、そのまま勢いに任せて力を入れた。
ドアを開けたことで風が入り制服が揺れる中、そこにいる確信を持って話しかける。
「――んで、結局アンタは何がしたかったのさ」
開けた屋上。心地よい風の吹くその場所にヤツは..いや、正確には屋上の"床"にヤツが描かれていた。やはりと言うか何というか、ノートで見かけた時と変わらない不気味さを放ちながら、気色悪くもぞもぞと蠢いていた。キモい。
――――
話しかけてみたものの、返答はない...まぁそんな気はしていたけど。
それに、床にいるから絶対にこっちの方に移動してほしくない。もし移動してきたら全力で殴りつけてしまうかも。その場合はこっちの方がダメージ多そうだけど一矢報いることが出来るのならば構わない。積極的に暴力に訴えていこう。
まぁ言葉が通じているかどうかわからなくてもやることは変わらない。はっきりとヤツを拒絶して、ダメなら殺されるなりなんなりするだけだ。どうせ何やったって死ぬときは死ぬんだし、そこまで考えて喋らなくてもいいだろう。
口を開く、一応あまり刺激しないように。
「もうさ、私にちょっかいかけてくるのやめて欲しいんだけど。鬱陶しいし、ぞわぞわするし、単純に不快なんだよね。お願い、聞いてくれるかな?」
駄目だ、ストレスフルなのかブレーキが一切効かない。このままでは不味いけど――
「お前が何なのかは知らないけど私にとっては迷惑以外の何物でもないんだよ」
段々苛々してきた。いつも通りの日常だったはずなのに、ノートは穢れるし体操服は忌み物になるし、なんで私だけがこんな目に合わなきゃいけないんだ。早々にコイツのいた場所を切り抜いて、誰かしらのノートに貼り付けてやればよかった。
こんな厄介事、本当に面倒だ。
「聞いてる?聞こえてないならもう一度だけ言うけど、今後私に近寄ないで。遊びたいんだったら紹介してやるから別のやつに憑りつくなりなんなりして、じゃあね」
これで言いたい事は全部言えた、スッキリ。
後は向こうの反応を待つだけ、果たして私は生き残れるのだろうか?
昼休み:残り10分
結論から言うと、あっけなく片付いた。
拒絶を告げて10秒もしないうちにヤツは綺麗に消え、体に異常も見られなかった。
割ときつめの言葉を投げた自覚はあったので呪いの一つや二つくらい来るものだと思っていたけど、別に欲しかったわけでもないから問題は無い。
ヤツがノートにいた場所は少し跡が見えるけれど動く様子は無く、体操服も確認したが痕跡は無かった。恐らくノートは私自身が描いたから残っているだけで、ヤツ自身が出現した所は跡形もなく消えてしまったけど...本当に何がしたかったんだ?
悩んでもしょうがないしそろそろ5限が始まってしまう。
もう終わった事について考える必要は無い。
遅れるわけにはいかないと準備を始めた私は、足早に理科室へと向かった。
5限:化学
「あはぁっはっひっはははははぁっ!実験は成功だァ!これがあれば私は..あいつらなんて...!!!―――いやぁ、やっぱり実験をするからにはこういう台詞を言ってみたいものだねぇ。年甲斐もなくはしゃいでしまうよ。くふ、ふふふふ」
演技してる時と本性に一切のズレが無いのは指摘するべきなのだろうか。
あとあなたまだ20代ですよね?なんなら私たちと10も離れてませんよね?
せっかくのイケメンがイカれた嗤い方とゲス顔のせいで台無し、実に勿体ない。
ただこの教師、大村にはいいところがある。
「性格は普通に良い人だからまだマシだよねぇ、恋愛感情は湧かないけど」
そう、"他の教師に比べれば"だけど、常識人と見る事も出来るのだ。
「それじゃ、手本も見せたことだし各班やってみたまえ。くれぐれも、安全第一を忘れないように頼むよ?私の責任になってしまうからね」
.....評価を変えた方がいいかもしれない。
「そういえば物見~3限休んでたけど大丈夫?私ずっと不安でさぁ~」
そういえば、じゃねぇよ殺すぞ。4限の時に何も言わなかったしお前さっきまで大村のことで散々笑ってたよな?どうしてすぐにバレる嘘を吐きたがるんだコイツは。
「そうそう、3限の時いなくて俺びっくりしたんだよね。サボタージュ?」
お前もか、そうかそうかお前らはそんなに私に殴られたいと。
だけどそんな感情を表に出すわけにはいかない。笑顔をキープして校舎裏に誘って殴る...いや、それだと私が悪になってしまう。やはりここは弱みを――
「物見物見、邪気洩れてるよ」
「こっわ、ちょっと揶揄っただけじゃん、ねぇ門井~」
「....物見、俺たちが悪かったからさっきの2度としないでくれるか?」
なんで私の考えはすぐに読まれてしまうのだろう、凄く納得いかない。
誰でもいいから失言してくれないだろうか。
「やだなぁ、私はそんなの気にしていないからさっさと済ませよう?」
実験失敗して私以外の全員の頭が爆発しないかなぁ。
「「ひえぇ」」
「物見、ほら、そろそろ機嫌直そう?今日なんかあったんなら話聞くしさ、ね?」
よく見ている、今日の事は誰にも言っていないはずなのに。
ストーカーの如き観察眼には感服するほかない。
「...なんでわかるのさ」
――ここだ。
「そりゃまぁ、ちゃんと見ているからね。物見博士と言っても過言ではないよ」
「それ、ボイスレコーダー使われたら一発で生徒指導されるから気をつけなよ」
内心でガッツポーズ、やはり相手を嵌める瞬間ほど楽しい時はない。
この間入手した「いつでも」と「君を」を組み合わせれば私の勝ちだ。
今この時こそが幸福の絶頂、感極まって震えていると諸見がこっちを見てくる。
なんだ、今お前は私に切り札の材料を提供したんだぞ。
「その笑顔、悪巧みしてるのが普通にわかるから気をつけなよ?」
「そうそう、実は今日変なのに関わっちゃったんだよね」
「話聞きなよ..で、変なのって?痴漢?」
私がそんなことされるわけないだろ、喧嘩売ってるのか?まぁいい。
結局あれはどうするのが正解だったんだろう?受け入れる姿勢、理解する姿勢すら見せずに拒絶したのは少し可哀そうかもしれない。いやそうでもないか。
「書いた文字が動き出してねぇ、ノートだけじゃなくて他の所にも出てきて私にずっとちょっかいかけてきたんだよ」
「あの、まずはこっちが話を信じる前提で話すのやめない?普通さ、不思議現象起きた時って"こんな話信じて貰えないだろうけど..."とか前置きするよね?」
ごちゃごちゃとうるさいやつだ、少し黙ってろ。
「ヴぇ、ちょっ、頬掴まにょいでぇ」
「物見...流石にやり過ぎじゃね?谷川、止めた方がいいって」
「あの二人いつもあんな感じだしほっといていいでしょ、それより授業よ授業」
外野もうるさいけど一度に3人の口を塞ぐことは出来ないので無視。
私が言うことは事実なんだから黙って信じていればいいものを。
「わかったわかった、何も言わないから続きを話して?あとこの手も放して?」
それでいい。
という訳で話した。
「うわぁ...確かに服に入ってくるのは嫌だけどそこまで言っちゃうかぁ」
「そのクソ度胸も突っ込みたいけど...もうちょっと優しさとかは無いわけ?」
「物見にそれを期待するのは無謀だぁぁ痛たたたた」
「半分ストーカーなんだしこれくらい当然でしょ、気持ち悪いし」
あんな目にあったら誰だってそうする、私はその中の1人に過ぎない。
それぞれの感想を聞いて制裁を加えつつ、手順通りに作業を進める。
「どんな状況でも淡々とやることやれるのは称賛に値するんだけどねぇ」
それは私が図太いと言っているのか?どうやらまだ足りないらしい。
「いや今のは普通に誉め言葉でしょ!?すぐ暴力に訴えないでよ..」
まぁいい、どうやら私の話を疑っている様子は無さそうなので拳をしまう。
「ねぇ今それ拳だったよね?殴るつもりだったの?」
「まぁそれ自体はもう解決したからいいんだけどさ、それはそれとして色々ウザかったししんどかったから今苛々してるんだよ。わかるでしょ」
「わかるけどまずは人の話を聞こうか、ちなみに見せたいものがあるんだけど」
どれ、見せてみろ。うん、何も言わなくても察して動く辺り私に慣れてきたな。
しかし妙に気になる笑顔だ。諸見があまり浮かべない、いつも鏡で見るような。
「言っとくけど奴隷になるつもりはないよ。んでこれなんだけどさ、見覚え」
ペチン
思わず手が出た、私は悪くない、悪いのは諸見だ。
何でさっきの話からそうなる?性根が腐っているんじゃなかろうか。
「諸見ィ、覚悟は出来てるんだろうね?歯を食いしばれよ...」
おおきく振りかぶって~~!
「待って待ってタンマ!今授業中!自分が悪かったから落ち着いて!」
む、確かにこの状況で手をあげては私の内申に関わる。
仕方ない、今は拳を下げよう。
「命拾いしたな」
「悪、悪役の発言だよそれ。...説明、いるよね?」
当たり前だ。なんでお前がそいつを持ってるんだ。消えたはずなのに。
「まま、今日は6限無いからさ、あとで教室で少し話そうよ。今は難しいでしょ?」
悔しいけど面倒を起こしたくないので同意する。いつからいたのか、そもそも仕組まれていたのか?聞くべきことはこの後絞ってでも聞いてやる。
「だからさ、物見怖いからその顔やめてくれよ」
あ"ぁ?何か言った?
「何でもないです」
「あー。物見、そのすぐ威嚇するのやめよっか、ね?」
威嚇してない、あいつが勝手に震えてるだけだし。
HR:担任が怖かった
放課後:答案
「つまり、全部偶然の産物だったって事?」
「そ、始まりはわかんないけどね。昼休みにあの子がノートの中に出てきて、遊んで欲しいって言ってきたんだよ。それで絵を描いたりしりとりとかで遊んであげてたら時間になっちゃって、そしたら物見が愚痴ってるのを聞いたって感じだね」
窓を向き、こちらに背を向けた諸見は身振り手振りで私に講釈垂れた。
言っていた?馬鹿な、ヤツは言葉など話さないはず。意思の疎通が出来たのか?
「物見~、もしかしなくてもびっくりし過ぎてあの子以外何も見てないんじゃない?自分の時は普通に横に文字が出てきてたから会話出来たんだよ」
...確かに、言われてみればそんな文字があったような気もする。
「じゃあ諸見が面白半分にアレを私にけしかけたわけじゃないんだね」
「ん~なことするわけないでしょ?それより、少しは反省したら?」
...私は悪くない、誰にだって苦手なものはある。それに実際怖かった。確かに多少口は悪かったかもしれないけど、悪かったような気がしなくもないけれど。
それでもいきなり怪奇現象が自分の身に起こったんだ。気を回す余裕なんてない。
そんな私に比べて、諸見はずいぶんと落ち着いてる。
その性格が少し、少し羨ましい。ずっと俯いていた顔を上げ、諸見を見る。
ちょっとは悪かった、反省している。そう、口に出そうとして―――
....?
「諸見?」
なんだか様子がおかしい。いつもの諸見、のはずだ。なのになんだ、この拭い切れない不安な感情は。どうして諸見なんかにこんなにも――怯えている?
「なぁ物見、一つ付け加えたい事があるんだ。聞いてくれるかい?」
やめろ、喋るな振り向くな、こっちを見るな。
「"僕"さぁ、傷ついたんだよねぇ、あんな酷いこと言われちゃってさぁ」
諸見の顔が変わる。上から塗りつぶすように、全てを塗り替えてしまうかのように。やっぱ関わったら呪われるんじゃないか。
あ、まずい。鍵のかかった音がした。
「この子は君と違って騙しやすくて助かったよ...で、この子の事助けてほしかったら僕に心からの謝罪をしてくれないかなぁ。そうだね、命をくれるくらい誠実な謝罪なら許してあげるよ?いい返事を期待したいところだけど..君はどうする?」
諸見の尊い犠牲のおかげでヤツの危険性が分かったものの逃げる手段がない。可能なら諸見から引きはがしたいがこのままだと十中八九死ぬだろう。震えが止まらない。
じりじりと近づいてくる化け物、背中には開かないドア。詰んだ。
「ゃ、やめて...こっちに来るな.....!!」
よし、涙が出てきた。弱弱しく涙声で説得する、ダメだ。需要が無いのか聞き入れてくれる様子は無い。クソが、せめて最後に一発食わらせられたら。
「抵抗するんだ、薄情だね。この子の身体がどうなっても―――」
思考は行動に直結し、善は急げと鳩尾を狙いて全力で殴りつける。
「っっっったぁ!?」
思ったより人間みたいな反応をしてくれる。あそっか、体が諸見だからか。
でもおかしい、てっきり接触した時点で死ぬのかと思っていたけど。
ワンチャン逃げられるか?
「..は、ははは、まぁいい。君はもう終わりだよ」
希望を抱きながら殴った手を見ると、殴った痛みで赤くなっている。あれ?指先から少し黒くなって...あ、うでがまっくろに、あぁ、やっぱ、ここで
放課後:正答
夕日の射す教室に人影が2つ。片方は座っており、もう片方はその前に立っていた。
「物見~流石にあれは痛かったなぁ、ちょっとは悪いとは思ってるけどグーはないでしょグーは。しかも鳩尾ドストレートって本気過ぎない?」
知らない、人をあんな目に合わせるなんて信じられない。
信じられないので信じられるまで軽めに叩く。
「いたた、あーもう!悪かった!悪かったよこの通り!」
私が無視して叩き続けていたら、なんと諸見は土下座をした。頭を踏む。
「ぐぇ」
「それでいい、で、今後あいつは2度と来ないんだよね?」
「まず足どけて....ふぅ。うん、あの子は満足してくれたみたいだったよ」
畜生が、赤い線でも書き入れてやればよかった。
「まぁまぁ、先に酷いこと言ったのはそっちなんだからさ、ね?」
「だからってあんな、あんな芝居打ってまで本気で私に復讐するのはもう怨念の一種でしょ。何あれ?諸見って演劇部に入ってなかったよね?」
顔に文字が描かれ始めたときは死ぬほど怖かったし、一人称を変えてたからほんとに操られたのかと思った。あれはどう見てもただの化け物だった。
「演技は大村を参考にしたんだぁ、まぁあの人は演技じゃないけど」
あれか、確かに狂気のロールプレイの見本にするには最適だ。
「ていうかさっきも言ったけどよく友達を躊躇なく殴れるね、あのシーンはそのまま泣き崩れて-BADEND-の予定だったのに。しかも滅茶苦茶痛かったし」
それはしょうがない、日頃の恨み、じゃなくて、やらねばやられる状況だったから。
「諸見をあいつから解放してあげたかったんだよ。ごめん、この通りだから」
「そんなんで騙せると思ったら大間違いだよ...まぁ、物見が最後すごく怖がってたのは新鮮だったな...あぁ、痛い痛い、ごめんてば」
うるせぇ、せっかく人が本心で話してやってるのに無下にするなんて。
「二度とこんなことしないでよ、あいつがいなくても、ね」
「あはは、わかったよ。じゃあそろそろ暗くなってくるし帰ろうか、ほら立って」
お手を拝借、と手を差し出す諸見。ナチュラルにこういうことが出来るこいつが心底憎たらしくて仕方がない。仕方がないので手を取る私も私だけど。
「ん、わかった。なんか買って帰る?」
「いや、今日はいいんじゃないかな」
「どうして?お金無いの?可哀そう」
特に欲しいものがあるとも言っていなかったはずだけど。
「違くて、物見はもう買ってるからさ」
購買だろうか?あの程度で金欠と思われるのは屈辱だ。
「あぁもう、物見は洒落が通じないなぁ、喧嘩だよ、喧嘩」
「喧嘩....??あぁ喧嘩、なるほどね。勝ち逃げされたけど」
「たまにはそういうのもいいんじゃない?あと、これからはもう少し口の利き方直しなよ?あの子は害意はなかったけど、他がそうとは限らないし。なんなら人間でもあんな口利いたら普通に悪印象しか持たれないよ~」
流石にそれはわかっている。後半にいろいろ付け加えて誤魔化そうとしているが、今諸見が言いたいのはヤツに対する私の謝罪がなかったことについてだろう。なんだかんだと有耶無耶にしてきたけどそれは駄目らしい。少し癪だけど――
「...私が悪かったです。ごめんなさい。――これで満足?」
「うん、それでいいんだ。」
そう言って先を進む諸見の足取りは、さっきよりも軽く見えた。
「あ、録音データは消しといてね」
......私の脚は鉛で出来てるわけじゃないんだけどなぁ。
夕焼けに朱く照らされたアスファルト、歩く影はふたつ。
2人の性別は想像にお任せします。では。
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