第55話 唇フェチの令嬢

 何事もなく日々が過ぎた、何事も無くというのは語弊があるかもしれない。

 夏が過ぎ、秋も過ぎてアレクシアが14歳になって迎えた冬、流石に中庭で食事をするのは厳しいと教員から許可をもらい空き教室で食事をする様になった。

 そしてその頃から昼食時のメンバーが1人増えたのだ。



 春からオーギュストと文通をしていたシャルロット・ド・キュスティーヌ伯爵令嬢だ。

 ぽっちゃりしてはいるがクリクリとした目がチャーミングなアレクシアの1つ上の先輩だが、少々落ち着きが無い為幼く感じる。



 その落ち着きの無さの原因はオーギュストとアレクシアの唇だという、よく似た2人の唇はシャルロットからしたら理想の唇で、見てるだけで嬉しくなってしまうらしい。



「オーギュ兄様はシャルロット様と卒業パーティーに出席するのでしょう? そろそろ衣装を決めないといけないのでは?」



 オーギュストが女性に関する事に疎い事は承知しているアレクシアは、時々こうしてアシストしている。

 ついでにマクシミリアンにとってのアドバイスになっているので、2人はいつもアレクシアの言葉を真剣に聞く。



「そうだね、シャーリィ、卒業パーティーで私にエスコートさせてくれるかい? そしてドレスを君にプレゼントさせて欲しい」



「オーギュ様……、喜んで!」



 この時シャルロットの視線は少しずつふっくらしてきているオーギュストの顔というより唇に向いている、常にブレない令嬢なのだ。

 ちなみに同じように食事量の増えているマクシミリアンだが、筋肉を付ける為に運動量が増えているので少ししか変わっていない。



 アレクシア的にはぽっちゃりしてもマクシミリアンの事は愛せると思うが、やはり引き締まっている方が好みなので是非とも現状維持して欲しいと思っている。



「アレク……、俺も君にドレスを贈りたいんだが、それを着て卒業パーティーに出席してくれるか?」



 ガチガチに緊張しているとわかるマクシミリアンが、決死の覚悟をした顔で申し出た。



「ええ、もちろんよ、嬉しいわ」



 今この部屋に誰かが入って来たら、甘ったるい空気に顔をしかめるだろう。

 そして後日、マクシミリアンが仕立て屋と共にラビュタン侯爵家まで訪ねてくる事になった。



 シャルロットも同じ日にラビュタン侯爵家に招待して一緒に衣装をあつらえる約束をしたその週末、サロンでオーギュストとマクシミリアンはソワソワと過ごしていた。



 採寸が終わり、アレクシアとシャルロットがサロンに戻ってきて、テーブルの上にはデザイン画が並べられている。

 マクシミリアンのイチオシは象牙色のシルクに重ねるように銀糸のレースに刺繍が施されたものだった。



 自分の髪の色を纏わせる独占欲丸出しのデザインに周りは苦笑いを浮かべたが、アレクシアだけは嬉しそうに頬を染めていた。



 そして苦笑いしているオーギュストがシャルロットの為に選んだデザインも、自分の髪と目の色と同じ茶色をベースに黒糸で刺繍が施してあり、白いレースのリボンがウエストを飾るというマクシミリアンに負けず劣らず独占欲丸出しだった。



「婚約してる訳だし問題無いと思うんだが……、アレクはこのデザインでもいいだろうか?」



「うふふ、もちろんよ、マックスが私の為に選んでくれたデザインだもの。これでお願いするわ」



 甘い雰囲気を醸し出す2人に仕立て屋は複雑そうな表情を浮かべた。

 どうしてアレクシアのような美少女が、こんな醜男を愛おしそうに見るのか理解出来ないといった風だ。

 今度は2人の衣装を合わせる為に、マクシミリアン用のデザインを2人で選び始めた。



「私とシャーリィはまだ婚約していないが、既にキュスティーヌ伯爵家には申し込んでいるから卒業パーティーには婚約が成立しているだろう。だからこのドレスをシャーリィに着てもらう事に誰も文句は言えないよ、後はシャーリィが気に入ってくれるかどうかだけだ」



「このウエストのレースのリボンがとっても可愛いわ、ドレスの色もオーギュ様の優しい茶色で素敵。出来上がりが楽しみです」



 幸いシャルロットもオーギュストが選んだデザインを気に入ったが、本音を言えばオーギュストの唇の形を刺繍して欲しいと内心考えていた。

 しかしそんなデザインは斬新過ぎて社交界に受け入れられない事は承知しているので諦めているだけだった。



 採寸の時にポロッとその事を溢したのをアレクシアはオーギュストにリークし、兄妹で相談して花嫁が着けるようなガーターにオーギュストの唇を刺繍してもらいプレゼントした。



 ちなみにその刺繍は内側にされているので本人が口付けるその日まで代わりに……という色っぽいメッセージを込めて渡したのだが、仕立て屋はそのアイデアを買い取り婚約中の男性から女性にガーターを贈るのがブームとなった。



 もちろんシャルロットはそのガーターを凄く喜んでくれて、会えない日はその刺繍を眺めて過ごす事もあったらしい。

 そして皆の衣装も出来上がる頃には、卒業パーティーまであとひと月に迫っていた。

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