第53話 男の魅力
「何やら騒がしいですね、何かあったのでしょうか」
ロランとアネットが待機している四阿までは警告の声は聞こえておらず、建物に退避する人達の声や騒ついた気配だけは何となく伝わって来ていた。
「お嬢様は大丈夫かしら」
アネットは心配になって辺りを見回した時、不意に近くから悲鳴が聞こえた。
「キャーッ! 野犬がこっちに来てるわ!」
「野犬!?」
子供の頃に犬に噛まれて以来、仔犬すら苦手になってしまったアネットは野犬がとの言葉に顔色を変える。
「アレクシアお嬢様もいらっしゃいますから、きっとマクシミリアン様達は建物に避難しているはずです。荷物は置いて私達も避難しましょう」
そして四阿から2人が避難しようとした時、犬の吠える声が近くで聞こえてアネットの身体が硬直した。
「アネットさん!」
ロランの声に振り向くとすぐ側にアネットに噛みつこうとしている大きな犬の姿が視界に入る。
アネットは恐怖のあまり思わず目を閉じて身体に力を入れると「ギャンッ」と悲痛な犬の声が聞こえた。
「アネット! そのまま目を閉じていろ!」
犬の方を見ようとしたらロランでは無い男性の声が耳に届く、訳がわからないまま素直に目を閉じたままジッとしていた。
「ギャイン!」
空気を裂く音に続いてぶつかる様な音と同時に犬の悲鳴が聞こえ、アネットの身体は恐怖でカタカタと勝手に震えてしまう。
そんな震える肩に革手袋をした少し硬い手が乗せられた。
「もう安心していいぞ、だがそのまま目を閉じているといい。余計なモノを見て夜眠れなくなると困るからな」
「は、はい……」
心にじんわりと沁み入るような優しい声の主が、アネットの手を取り歩く方向へ導いてくれる。
「ロランと言ったか? 済まないがそこのバスケットを運んでくれ。アレクシア様達は建物の中に避難しているんだ」
「わかりました……」
暫く歩いて血の匂いがしなくなると、再びアネットに優しい声が語りかけた。
「もう目を開けていいぞ、怖かっただろうがもう安全だからな」
アネットが目を開けると目の前にはメイド達の間でも人気の高いフランソワの姿があった、危ないところを助けられ、肩を抱いて手を取り守ってくれたイケメンにアネットが恋しないはずは無い。
「あ……、助けて頂きありがとうございます、フランソワ様……」
先程まで2人で会話していた美人が目の前で恋に落ちる瞬間を見てしまったロラン。
両手で目を塞ぎたくとも、リオンヌ家とラビュタン家のバスケットで塞がっている。
既婚者なので落ち込む必要は無いのだが、先程までのアネットの態度が愛想笑いと社交辞令だった事実を目の前に突きつけられ、男としての魅力の違いに膝から崩れ落ちそうだった。
ちなみにフランソワも既婚者なのだが、それはもちろんアネットも知っている。
幸いフランソワは貴族なので子供が居なければ第二夫人を娶る事は可能なのだ、そしてフランソワにはまだ子供はいない。
今日を逃せば次はいつ一緒にいられるかわからない為、アネットは勝負に出た。
最初から膝はガクガクと震えていたので安心して腰が抜けたフリをしたのだ。
抱き上げて運んで貰い、アレクシアとは違いたわわな胸をわざとらしくならないようにそっと押し当てる。
あとはアレクシアと合流するまでの間に「怖かった」「物語の勇者様のようでした」「お礼をさせて下さい」などアピールを頑張った。
フランソワもアネットの事は侯爵家のメイドの中では美人で評判だったので満更では無いようで、結果的にアレクシア達と合流した時点で一緒に食事をする約束をしていた。
フランソワはアレクシアの耳に野犬を殺したと入れない為にパスカルだけにそっと知らせた後、死骸を処分する為にも公園の管理人に報せに向かう。
「お嬢様、野犬はもう心配しなくていいそうです、ですがさっきの場所は不安になってしまうでしょうから反対側へ行ってみませんか?」
パスカルがにこやかに提案したので、アレクシアはホッと胸を撫で下ろした。
怖い思いをしたらしいアネットにはカフェでお茶でも飲んで落ち着くように言い、フランソワが戻って来たら反対側に向かったという伝言を頼んだ。
他の来場者にも野犬の脅威は去ったと報され、園内は徐々に落ち着きを取り戻したのでマクシミリアンのエスコートで散策を再開する。
その途中でオーギュスト達に会ったのでどうしていたのか聞くと、野犬が出たと聞いてオーギュストとフレデリクは迎え撃つ気満々だったが、もう居ないと聞いて肩を落とした。
一緒に居たエミールとエドモンの末っ子チームは兄達と護衛騎士が守ってくれるから安全だとはわかっていたが、やはり不安だったようでホッとしていた。
その後は結局皆で散策をしてお昼に四阿で食事をし、エドモンが疲れて眠そうだったのでお開きという流れになってロランが馬車を呼びに行った。
アレクシアとしては2人きりであれば頬にキスをして別れたいところだったが、流石に兄弟達の目があるところでは控えるしか無い。
お互い同じような事を考えたのが目が合った時にわかり、何だか気恥ずかしくなって微笑み合った。
「次に会うのは学園だな、それまでに手紙を書くよ」
「ええ、私も書くからね」
それぞれの家の馬車に乗り込み窓越しに手を振って別れた。
そして車内で繰り広げられたマクシミリアンとロランの男の魅力に関する反省会にフレデリクとエドモンは顔を見合わせて肩を竦めた。
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