第52話 トラブル

「アレク姉様、そろそろ約束の時間ですよ、準備はいいですか?」



「ええ、いつでも出られるわ」



 今日はリオンヌ家の兄弟と親交を深める為に、国立公園でピクニックをする事になっている.

 ウィリアムだけは婚約者が体調を崩したとの事で急遽お見舞いに行ってしまったが。



 久々のお出掛けにパスカルやフランソワが護衛として供をしてくれるので、安心して外出できるというものだ。

 長期休暇に入ると侯爵家の騎士団はアレクシアの護衛が出来るのを楽しみにしているので、今日も気合いが入っている。



 幼い頃と違い、婚約者から奪おうとしたり、純粋に美しさに惹かれてよからぬ事を考える者も増えるという事でパスカルを中心に護衛の数が増えている。

 そして最も側に控えるのは、幼少の頃から付き従っているパスカルだ。



 何故なら慣れない者はアレクシアの美しさに見惚れてしまったり、緊張してしまって護衛としての実力が発揮出来ない事があり、最初は離れたところで周囲を警戒する係に回されるのだ。



 故にアレクシアの側にいる者程古参の護衛という事になる。女性らしい身体つきになって魅力的になる程に、パスカルの心労は絶えない。

 それでも全幅の信頼を寄せてくれるアレクシアに侍る事はパスカルの幸せだ。



「出してくれ」



 オーギュストが御者に声を掛けると馬車が出発した、5人の護衛が馬車の周りを固めており万全の状態だ。

 国立公園に到着すると馬車の降車場でリオンヌ兄弟とバスケットを持った執事のロランが待っていた。



 ちなみにアレクシアがリオンヌ家に行く時はロランが休みの日になるので2人は初対面である。

 ラビュタン家の昼食入りのバスケットを持っているのはメイドのアネットだ。



「荷物はあちらの四阿に置いて散策しようか、疲れたら屋内にも休憩所があるから無理をしないでくれよ?」



 さりげなくアレクシアの手を取りエスコートするマクシミリアン、婚約前には考えられない成長ぶりである。



「重いでしょう、私が持ちます」



「え、でも……」



「女性に重い物を持たせたままにする程、甲斐性なしじゃないつもりですよ?」



「ふふ、ではお願いします」



 先頭を歩くマクシミリアンにも最後尾を歩くロランとアネットの会話が聞こえて来て、美人に良いところを見せようと格好つけているのがわかって背中がムズ痒くなる気がした。

 ロランもマクシミリアン程ではないにしろ見た目が良くないのに、あんな女性の扱い方をどこで覚えたんだろうと内心首を傾げる。



 女性の扱いに詳しいなら色々アドバイスをくれれば良かったのにと詰め寄りたいところだったが、今は目の前のアレクシアが1番なのでロランを後回しにした。



 点在する四阿のひとつに到着し、バスケットを置くとロランとアネットは荷物番として残り、後は思い思いにバラけて散策する事にした。



 エミールはアレクシアに付いて行く気満々だったがオーギュストにやんわり止められ肩を落としている、そんなエミールをエドモンが宥めて一緒に散策する事にした。

 末っ子同士で着実に友情が育っているらしい、そんな2人のお目付役と言わんばかりにフレデリクとオーギュストが付いて行く。



 一応オーギュストとフレデリクが帯剣しているので護衛は1人だけついているが、残りの4人は少し離れてアレクシアとマクシミリアンに付いている。

 マクシミリアンは案外ラビュタン侯爵から信用されていないのかもしれない。



 春の花が咲き乱れる中、手を取り会話しつつ2人で歩いていると突然公園の入り口方面から悲鳴と叫び声……「野犬が入って来たぞ」という警告が聞こえた。



「お嬢様、失礼します! 第2陣形!」



 パスカルが所謂お姫様抱っこでアレクシアを抱き上げ、当然のようにアレクシアはパスカルの首に抱きついた。

 残りの3人がそれを囲む形になり走り出すと同時に、パスカルはマクシミリアンに声を掛けた。



「マクシミリアン様、建物に退避します!」



「わかった」



「パスカル、足が速い人にアネット達の所へ退避するように知らせてもらってちょうだい」



 マクシミリアンが遅れないように駆け出し、アレクシアがアネット達を心配してパスカルに訴えるとチラリと視線を横に向け、フランソワが頷いて元来た道を走って行った。



 アレクシアの安全が第一とはいえ、マクシミリアンの心中は複雑だった。

 今の自分の筋力ではアレクシアを抱き上げて普通に歩けるが、ほぼ全力疾走のこのスピードではきっと走れない。



 身長は自分と変わらないパスカルのガッシリとした肉体はお世辞にも美しいとは言えないが、アレクシアが野犬に怯える事無く素直に抱き上げられているのはパスカルだからだと思うと胸がジリジリと焼けるようだった。



 カフェやお土産、園内で食べる為の焼き菓子なども売っているそれなりの大きさの建物に近くに居た人達は同じように逃げて来た様で人が多かった。



「アレク、ここならもう安全だよ」



 屋内に入りマクシミリアンは早く自分以外の男の腕から引き離したくて声を掛ける。

 その言葉に反応してパスカルはそっとアレクシアを降ろした。



「ありがとうパスカル、他の皆はどこにいるのかしら。ここに来てるといいんだけど…」



 アレクシアは建物内を見回したがエミール達の姿は見つからず、ジワリと背中に嫌な汗をかいた。

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