第10話 万能の花を求めて

「研究所を逃げ出した私は不死だったから生き延びることができた。けど結局、ユリウスとも他の子たちとも会うことはなかったよ……それからは騎士団から逃げながら、不老不死のこの体を治す方法を探す旅を続けていると言うわけだ」

 トワが話を終えた頃、雨はすっかり上がっており、山は夕日に照らされていた。

「さてと、雨も止んだようだしそろそろ行こう」

 トワが立ち上がるのに釣られてクリスも動き出した。


 しばし無言の時間が続く。

 覚悟していると言った手前だが、クリスはかける言葉が見つからずにいた。

 想像もつかないような過酷な過去と、それから今に至るまでの300年を考えると、どんな言葉も気休めにさえならないと感じていた。


「ところで、昨日のクッキーどうだった?」

 沈黙に耐えかね、脈略みゃくりゃくもなく当たり障りのない質問をする。

「あぁ昨日はありがとう。程よくしょっぱくて美味しかったよ。君の手作りか?」

「え? しょっぱい?」

 クッキーが甘いものだと思い込んでいたクリスは昨日エマに対して甘くて美味しかったと答えたことを思い出す。


「そうだ。しょっぱかったよ。ということは誰かの手作りか。ははあ、さては恋人だな」

 トワは悪戯な笑みを浮かべる。

「いや、違うんだ。幼馴染が作ってくれて、それで……あぁどうしよう」

 クリスはやはり本当のことを話すべきだったと悔いていた。


「そんなに焦って誤魔化す必要ないだろう」

 クリスの動揺を勘違いしたトワはにまにまとクリスをつついた。

(エマが明らかな嘘を問い詰めなかったのはきっとトワの話と合わせて大方の予想がついていたからだろう。だからこそ、僕も嘘をつくべきではなかった。早く秘密基地で合流して謝らないと……)

「あっ!」

 エマとの約束を大幅に過ぎてしまったことを思い出し、クリスは思わず大声を上げた。



***



「おーそーいー!」

 エマは秘密基地で1人叫んでいた。

「なんだよクリスのやつ、約束の時間をもう何時間過ぎたと思ってるのさ。そりゃあ雨が降ってたし、雨宿りしてたのかもしれないけどそれにしたって僕を待ちぼうけさせるなんていい度胸じゃないか」

 エマはぶつぶつと文句を言いつつ、岩壁を蹴りつけた。


「でも待ってよ、もしかしてここに戻る途中に足を滑らせて崖から落ちて僕の助けを待ってるとか……いやいや、慎重なクリスに限ってそんなことないよね……うん。探しに行かなきゃ!」

 エマは慌てて秘密基地を飛び出そうとした。

「っと、その前に書き置き残しておかなきゃ入れ違っちゃうかも知れないよね」


『遅い! ので、クリスを探しに出てます。この紙を見たら絶対にここから動かないこと! もしくは下山するなら下山するって書いてね!  エマより』

「これでよしっと。それじゃあ一走りしてこようかな」

 エマは今度こそ勢いよく秘密基地を飛び出した。



***



「じゃあ君の幼馴染が一緒に私を探していたというわけか」

「そうなんだ。それで合流の時間をとっくに過ぎちゃってて……ただ、ここからなら合流地点に向かうよりも山頂を目指した方が近いから、先に山頂に向かおう」

「いいのか?」

「僕が戻るって言っても君は1人で行っちゃうんでしょ?」


 花の正確な場所はクリスの方が知っているとはいえ、ある程度のあたりがついた以上、トワがわざわざクリスといなくてはならない理由はない。

 ここでトワから離れてしまえば、2度と会えないような予感がした。

 

「まぁ、そうだな。私としても、君が騎士団や村でどういう扱いになっているかわからない以上、迂闊に村へ近づくのは得策ではないと思う。それに幼馴染が私たちと接触すると彼女まで追われる身になりかねない。今は会わない方がお互いのためだろう」

「じゃあ決まりだね。エマには悪いけどこのまま先を急ごう」

「そうだな」

(エマ、本当にごめん……帰ったら色々謝らないとな)



***



「アンダーソン隊長、お呼びでしょうか」

 生真面目そうな長身の男が仮説テントの中に入った。

 テントの中ではアンダーソンが武器の手入れをしていた。

「あぁ、雨も上がったことだし、そろそろ捜索を再開しようと思ってな。とはいえ雨上がりの山だ。滑落かつらくの危険もあるから複数名であまり脇道に逸れずに捜索するように」

 アンダーソンは先程トワを刺した剣から血を拭き取り、汚れがないことを確認しながら男に告げた。


「承知致しました。隊長はいかがされますか」

「俺は俺で少し探したい場所があるから、単独行動を取らせてもらうぞ」

 剣を置き、大きなハンマーを掲げて不具合がないか軽く叩きつけながら確認する。


「では護衛を」

「いらんいらん、1人の方が何かと動きやすい。何も心配はいらんさ、数時間ふらついたらちゃんと戻る。それまでの間、隊の指揮はライアン副隊長に任せる。まぁ良い指揮を見せて次期隊長に相応しいことを見せてくれ」

「滅相もございません、私ごときにアンダーソン隊長の代わりなど務まりません」

 ライアンは引き締まった表情でアンダーソンを強く見つめている。


「お前なら務まる。いや、務めてもらわねば困る。若い力が躍進してこそ、隊に活気が溢れるというものだ」

 アンダーソンは爽やかな隊長としての眼差しでライアンを試すように見かえした。

「恐縮です」

 アンダーソンはハンマーを背負い、ライアンの肩を軽く叩いた。

「じゃあここは任せるぞ。お手並み拝見といこうじゃないか」

「はっ」

 ライアンはアンダーソンが見えなくなるまで敬礼を続けた。



***



「案外簡単に見つかるものなのだな」

 二時間歩いて山頂近くにたどり着いた2人は、目当ての花を見つけていた。


「生えてる場所が行きにくいだけで、珍しい花ってわけではないからね」

「確かに、ここら辺はかなり険しい道のりだったな」

 山頂に近づくにつれて、切り立った崖や一人分しか通れない細い道などが続くようになっていた。

「じゃあ早速食べてみるよ」

 トワは花を無造作に引き抜くとそのまま口にしようとした。


「ちょ、ちょっと待って、そのまま食べるの?」

 クリスは慌てて静止する。

「しかし、どう煎じれば良いかもわからないからな。これまでもこうして生で食べるか、茹でるかくらいしかしてなかったからなぁ」

 そう言いながら花弁を一口で食べた。


 口に含んだ瞬間、トワは苦そうに顔をしかめた。

「そんな、お腹でも壊したら大変だよ」

「まぁ別にそうなってもすぐ良くなるし、それより試せることは試したいんだよ」

 味は良くないのだろう。

 表情を歪めながらトワはしゃもしゃと花を咀嚼そしゃくする。


「でも……」

 トワはごくん、と花を飲み込むとベルトに下げてあったナイフを取り出した。

 そして長い銀髪をバッサリと肩にかかるくらいの長さまで切った。

 が、すぐに髪の毛は伸びていき、前と同じ腰の位置で止まった。


「だめ……か」

 トワはため息のようにつぶやいた。

「わかっていてもやはりこたえるなぁ」

 小慣れた手つきや「また」という言葉、端々からこれまで幾度となく繰り返してきたことが伺われ、クリスは胸が痛んだ。


「まだ、他にも試してみよう。僕は医者目指してるから薬草を煎じるのも多少はできるよ。それに効き目が数時間後に現れるパターンもあるから、また時間が経ってから確認しようよ」

 少しでも力になりたいと言う思いで、クリスはトワに語りかけた。

「本当に君は優しいんだな。厚意に甘えるとしようか」

 トワは微笑み、クリスが薬をせんじる様を見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る