AとBの境目

春嵐

01

 昔から、はいといいえのふたつで、ほとんどの会話を済ませてきた。

 履き馴れたヒール。ぎりぎり膝の見えないスカート。髪を留める飾り。いつも通り。

 隣にいる彼だけが、いつも通りではない。

 自分でも、ちょっとおかしいなとは思う。

 彼との馴れ初めも、ちょっとおかしい。

 拾ってきた。そこの駅前の、路地裏から。

 血だらけで倒れていたので、救急車を呼ぼうとしたら、待ての一点張り。犬じゃないんだし、待たない。いいえと答えたら、じゃあ逃げるから、30秒くれって。何から逃げるのよ。救急車から。わけわかんないわ。そういう、馴れ初め。

 部屋に背負ってきて、服を脱がせて。びびった。全部返り血で。からだにきずはついてなかった。そしてはずかしそうにしていた。

 わたしがはいといいえしか喋らないことも、彼はすぐに把握した。彼はそのままベッドに潜り込み眠りはじめて、わたしはそのとなりで寝た。起きたら、朝ごはんができてた。とっても美味しかった。

 そして今。

 彼は私の隣にいる。変な感じ。いつもひとりでいたのに。今日はふたり。


「魚。今日の夜ごはん予定」


 許可。


「肉。明日の昼ごはん予定」


 許可。


「わさびドレッシング」


 不許可。からいのは苦手。


「じゃあ、お醤油」


 なぜ。


「こっちのお醤油も使いたい。家にあるものだけだと味が変化しない」


 まあ、試しに許可。変化しなかった場合は今後不許可。


「ありがとうございます」


 買い物終了。

 そのまま帰って。

 彼がごはん作るのを、見てる。

 ふつうのひとだった。とても、路地裏に血だらけで倒れるような感じのタイプではない。


「できました」


 はやい。

 そして美味しい。魚。


「どうでしょう。お醤油」


 ううん。

 許可。

 これからも買ってよろしい。


「ありがとうございます」


 彼が笑う。

 それが、最後だった。

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