第14話 初任務

 ある日の日曜日。繁華街の交差点に九十九と不知火は立っていた。

 九十九はいつものよれた白シャツにパンツに革靴、不知火はネズミのようなキャラクターがおしゃれにプリントしてある白Tシャツにデニムのショートパンツ。頭には赤いキャップを被っている。


 九十九は右手に巻かれている腕時計を口元に近づけて、左手で腕時計を操作して話す。


「九十九班から結城班へ。こちら配置についた。これより行動を開始する。どうぞ」

『こちら結城班。了解した。速やかに行動を開始してくれ。以上』


 腕時計型通信機。見た目は腕時計そのものだが、横のボタンを押す事で通信機になる。不知火の右腕にも同じものが巻かれていた。

 結城班との通信が終わると、九十九は不知火の方を向く。


「それじゃあこれから任務開始だ。お互い単独行動になる。判断はお前に任せるが、あまり無茶はするなよ」

「はい、分かりました。それでは行きます」


 不知火は踵を返して歩を進める。これから、不知火の初任務が始まるのだ。



「犯行声明?」


 鈴森と試合した翌日、不知火は警察署内の末課本部に初めて来ていた。そこにいたのは九十九、如月、結城、鈴森の四人だ。一〇畳ほどの広さの会議室に集まり、如月が話の先導役となっている。


「ええ。一週間後の日曜、テラホールという屋外ホールで反末期の一振り過激派団体、清浄なる世界のトップ、天城隆三あまぎりゅうぞう氏が公演を行います。犯行声明は公演の最中にその天城隆三を殺す、という内容が団体へ送られてきたのです。天城氏はもちろん大激怒。中止どころかやれるものならやってみろと、警備を厳重にして公演を強行する姿勢でいます」

「よし、不知火。ここでクエスチョンだ。今の情報から分かる事を全部言ってみろ」


 九十九に突然話を振られて虚を突かれ、不知火は腕組みをしてしばらく考え込んだ。


「えっと、まず犯人は末期の一振り保持者ですよね? で、自分を弾圧しようとする団体に怒りを覚えて犯行声明を送った。まずはこんな感じでしょうか?」

「甘めに採点して五〇点ってところだな」

「ええ、そんなに低いんですか……」


 これぐらいは当たっていると思っていた不知火は、低評価にがっくりと肩を落とす。

 そこに助けを出すように結城が話しかけてきた。


「不知火君、犯行声明を出すメリットはなんだと思う?」

「え、それは……」


 メリット。それを考えだして不知火ははっとした。そう、フィクションならいざしらず、現実では犯行声明なんて出すメリットは皆無だ。相手にこちらの動きを気づかれ、警備体制は厳重になる。メリットなんて、成功した時に相手のメンツを潰すぐらいしか思いつかない。


「そうか、やるならわざわざ犯行声明を出さずにこっそりと計画を練ってやった方が成功する確率は格段に高くなる。それなのにわざわざ犯行声明なんて自分の不利になるような事をするって事は……もしかしてイタズラ、ですか?」

「正解です! この手の犯行声明って時々来るんですけど、ほとんどがただのイタズラなのですよねー」

「でも、それならなんでわざわざこんなに人が集まるんですか?」

「極稀に、それを本当にやるバカがいるからよ」


 突然、知らない声が不知火の後ろの方から聞こえてきた。驚いて振り向くと、そこには二人の女声がいつの間にか部屋に入ってきていた。

 片方の女性はダメージジーンズに白のタンクトップ、焦げ茶色のジャケットを脱いで肩に掛けるというラフな格好だ。背も九十九と同じくらい高く、何より胸が大きい。少なくともFはあるだろうか。タンクトップからはみ出んばかりに強調されている。顔立ちは彫りが深く、綺麗というよりもかっこいいといった方が似合う。長い赤みがかった茶髪をポニーテールにして、右肩に流している。

 もう片方の女性は不知火と同程度の背丈だ。何と言っても大きな丸い眼鏡が特徴で、顔の約半分を眼鏡のレンズが覆っている。こちらは黒髪のおさげを二つ作り、両肩に垂らしている。こちらはなんだか物静かな印象を受けた。


「おせーぞお前ら」

「ごめんごめん、ちょっと現場でトラブっちゃってさ」

「私達は悪くない。逃げ回って事故を起こした犯人のせい」

「ったく、まあいい。不知火、こいつらは同じ末課の同僚だ。背の高い方が鷹野瞳たかのひとみ、そっちの口の悪い方が柊司ひいらぎつかさだ」

「あ、よろしくお願いします」


 不知火は二人に向かって頭を下げた。すると鷹野がにやにやと意地の悪い笑いを浮かべながら不知火に近づいてくる。そして右手をこちらに伸ばしてきた。不知火は何をされるのかと身構えたが、鷹野は不知火の頭をつかむとぐしゃぐしゃと乱暴に撫で回す。


「そっかそっか、アンタが噂の新人女子高生か。いやー、若くしてこんなとこに好き好んでくるとはどんな変人かと思ったけど普通にかわいいじゃない! どう、九十九とはうまくやれてる? やれてる訳ないよねー。聞いてるよ、こいつにこってり絞られてるって……あいた!」

「鷹野、話が長い。あとウザい」

「いた! 痛いって! すねを狙って蹴るなこら!」


 柊がつま先で鷹野の足を何度も蹴り上げている。よほど痛かったのか鷹野は不知火の頭を離し、柊に防御の体勢を取った。

 不知火はめちゃくちゃにされた髪を整えながら鷹野から距離を取る。


「えっと、お二人も今回の仕事に?」

「そう。鷹野は狙撃手。私は観測手。犯人が狙撃型だった場合は私達が対応する」

「本当に大所帯なんですね……。ほぼイタズラなのに、ここまでする必要があるんですか?」


 不知火の当然の疑問に結城が答える。


「基本的に僕達警察の仕事は後手後手なんだ。ある程度の抑止はできるけど、基本的には何か起こった際にしか動けない。でも、今回は事が起きる前にそれを防ぐ事ができる。そう考えれば、やりがいのある仕事とは思わないかな?」

「はあ、なるほど。そう言われればそうかもです」

「さすが先生! いい事言います!」

「なに、これは他人の受売りさ。僕の言葉じゃない。まあそういうわけで、不知火君の初仕事だ。何事もなく終わらせようじゃないか」


 不知火は改めて周りを見た。こんなにたくさんの仲間がついてくれている。これなら失敗する気は全くしない。本当に心強い。

 イタズラだっていい。自分にできることを精一杯やろうと不知火は心に決めるのだった。



 不知火はビルとビルの隙間にある人気のない裏道に入る。そして翠月を出した。

 末期の一振りは持つ者に特別な力を与える。それは正謳だけではなく常在能力がある。ほとんどに共通するのは身体能力の向上。トップアスリートに負けず劣らずの身体能力を手に入れる事ができる。そして翠月はさらに人並み外れた身体能力を持ち主に与える。

 不知火は周りに誰もいない事を確認すると、両脇のビルを三角跳びし、瞬く間に上へ音も出さずに登っていく。そしてビルの屋上に着地した。

 下道は人通りが多く素早く動きづらい。その点、ビルの屋上伝いに飛んでいけば邪魔するものはなく効率的に対象を探せるというわけだ。


「早く終わらせなくちゃ」


 もうしばらくしたら公演が始まる。もし本当に犯人がいるなら、狙われるのはきっと公演中だ。

 不知火はスマホを取り出して自分の位置と担当区域を確認する。そしてキャップを深く被り直すと、空に向かって飛び出した。

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