第13話 感想戦
「それまで!」
如月の声でようやく不知火は自分の末期の一振りを折られた事に気付いた。同時に張り詰めていた緊張の糸が切れ、その場に膝から崩れ落ちる。
そこに皆が集まってきた。
「ふっふっふ! ボクの勝ちでしたね、後輩ちゃん。まだまだ甘いですよ」
「ま、やっぱこういう結果になったな。不知火、おい、不知火!」
「……え? あ、はい。ごめんなさい」
放心していた不知火は九十九に声をかけられて我を取り戻す。目の前には鈴森が手を伸ばしていた。不知火はその手を取って立ち上がる。
「鈴森先輩、ありがとうございました。完敗でした……」
「後輩ちゃんもいいとこいってたんだけどねー。うん、まあ仕方ないですねー」
「鈴森先輩強すぎますよ……。一体どういうからくりであれが防げたんですか?」
「えー? どうしよっかなー。教えちゃおっかなー」
不知火の問いに、鈴森はにまにまと笑って気を持たせる。そこに結城のチョップが鈴森の頭に飛んできた。
「あんまり調子に乗るのは良くないよ。全力で相手をした不知火君に大して失礼だろう。教えてあげなさい」
「うう、はーい。まず、ボクの極真は型を切り替える事によって様々な状況に対応できるのです。堅の型は防御特化。正謳であれば極真が防げる攻撃であれば絶対に防ぐ事ができます。例え物理的に無理であろうともね」
「つまり、朧重を防げたのは受け止められれば防ぐ事ができたからだと?」
「そうそう。後輩ちゃんのあれ、確かに普通なら決まれば必殺の攻撃だけど、切る事に特化した分一撃が軽いですね。あれなら凌ぎきれます。でもその後の攻撃を重ねるという発想はとても良かったです! 後輩ちゃんにもうちょっと力があったらちょっと危なかったかもですねー」
「あの時点で私の勝ち筋は鈴森先輩の末期の一振りを折るしかなかったですから。結局駄目でしたけど……」
「不知火、鈴森の末期の一振りは折れなかったのに、お前のは簡単に折れた。なぜだか分かるか?」
九十九の問いに不知火はちょっと考え込んだ。そしてはっと気付く。
「そうだ、私焦ってました」
「そう、精神が不安定だったんだ。末期の一振りは使い手の精神が弱かったり揺さぶられると折れやすくなる。お前の攻撃は全て鈴森に防がれた。その動揺が末期の一振りを折られる原因になったんだ。ちなみに鈴森の提案した制限時間、あれも鈴森の精神攻撃だぞ? お前を焦らせるためのな」
「あー! 九十九先輩バラしちゃダメです!」
「鈴森先輩……?」
笑顔で、しかし圧のある表情で不知火は鈴森に迫る。鈴森は明後日の方向を向き、ひゅーひゅーと口笛を吹く真似を見せる。
「か、勝手に焦った後輩ちゃんが悪いんですー。ボクは何も卑怯な事はしてませーん」
「……まあ、あれがなくても私が鈴森先輩に勝てたとは思えませんけど。そういえば先輩、私の末期の一振りを折る時に短謳を使ってましたが、あの威力は短謳とは思えません。もしかして、先輩のあれは
不知火の疑問に鈴森はむっふっふと自慢気に反り返り腰に手を当てた。
「その通り! ボクの極真は一度正謳が発動できれば、連謳によって即座に型を変える事ができるのです!」
連謳。それは正謳がトリガーとなり、正謳に匹敵する技を短謳の短さで発動できる能力の事である。連謳を持つ末期の一振りは非常に希少だと不知火は如月から習っていた。それがまさかこんな身近にいたとは。
ここで不知火にふとした疑問がよぎる。
「九十九先輩と鈴森先輩って戦ったらどっちが強いんですか?」
「ああ? そんなもん決まってるだろ」
「そうそう、当たり前の事聞かないでくださいよー」
「俺だよ」
「ボクです」
二人は同時に自分の事を指差す。それをお互いに見た二人は目の色が変わった。
「は? おいおい、冗談だろ。散々ボコってやったのを忘れたのか?」
「そっちこそ、こっちが能力を使ったら情けなく逃げ回る事しかできないのに。嫌ですねー、おじさんの僻みは」
二人とも笑っているが声が全く笑っていない。みかねて不知火が口を出す。
「じゃあ、今ここで決着をつけるというのは……」
『絶対に嫌!』
良かれと思って出した不知火の提案は、二人の強烈な反発によって却下されてしまった。
「こいつな、武器が木刀だからってガチでボコボコに殴ってくるんだぞ? 木刀だって当たりゃ痛えし骨だって折れるっての!」
「九十九先輩こそ、こすい技ばかりネチネチネチネチ……。ああもう! 思い出しただけでストレスが貯まります!」
二人はこれを皮切りにお互いの悪口をおよそ思いつく限り罵り続ける。
(ああ、分かった。この二人、根本的に相性が良くないんだ……)
二人の口汚いやり取りを不知火は達観した生暖かい目で見守りながらそう思った。
とはいえ、このままでは一生口喧嘩は終わりそうにない。不知火は小さくため息をつくと、違う話題を出して矛先を変える。
「それじゃあ、末課で一番強い人って誰なんですか?」
「ん? 誰ってそりゃあなあ?」
「あの人しかいませんよね?」
『課長』
二人は口を揃えて岩城課長の名を出した。自分の強さに自信を持っている二人が、あっさりと同じ人物を認めた事に、不知火は少し驚いた。それは階級的にも二人の上司なのだから当たり前なのかもしれないとは思うが。
そこに静観を決めていた如月が口を出す。
「不知火、私達は必ず二人一組で行動する事になっていますが、岩城課長だけは単独で行動する事が許可されています。それほど強いんですよ、あの方は」
「強いってどのくらいですか?」
「一度、末課全員で課長一人と戦った事があります。結果、末課組が全滅しました」
「……へ?」
「あれは凄かったよな……。文字通り鬼だよ鬼。何をしても一切通じねえときた」
「ボク、今でもあれがトラウマなんですよ……。時々夢にあの笑い声と姿が出てくるんですから!」
「岩城課長は能力を使うと見境がない上に手加減ができなくてね。ぼろぼろになった皆を救出するのも治療するのも骨が折れたものだよ」
皆が集まって口々に岩城課長の恐ろしさを語っている。
顔合わせの時には不知火にとって豪快というイメージしかなかった。その印象からは到底、皆に何があったのか想像もつかない。一体、何があったというのだろうか……。
「……ま、それはともかくだ」
ひとしきり話し終えたところで九十九が会話を切った。
「不知火、お前は鈴森に負けた。約束通りお前は……」
「いいんじゃないですか? 一緒にお仕事させても」
「なに?」
突然、鈴森という思わぬところから援護射撃が飛んできた。
「能力の強さと特性の理解、そして何より判断力がいい。陰湿な九十九先輩の下でみっちりしごかれただけありますよ。後輩ちゃんはもう十分に実力はあります。ボクが保証します」
「鈴森先輩……!」
「だがな、こいつはまだ……」
「それに、職業体験としてうってつけの仕事が今あるじゃないですか。あれなら危険は少ないですし、デビューにはもってこいでしょう。そう思いませんか? 如月先輩? 先生?」
「確かに……あれは少しでも人手が欲しいですし、不知火が手伝ってくれれば助かります」
「僕も賛成だ。危険がないわけじゃないが、不知火君のモチベーションを落とさないためにも、彼女の要望は聞いてあげるべきだと思うよ?」
皆に説得され、九十九は腕組みをしながら唸っている。そしてしばらくすると突然片手で頭を掻きむしり、
「ああクソ、分かったよ! 今回は認めてやる!」
「本当ですか!?」
「ああ。けど、多分お前が思ってるような仕事の内容じゃないからな」
「はい、ありがとうございます!」
不知火は喜んで九十九に頭を下げる。どんな仕事の内容だろうと全力で取り組む。そう心に決めた不知火だったのだった。
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