19 ▽大衆食堂▽




「それは本当ですか!? 殿下」


「ま、まあね…」


イスカールに経緯を話す。


「なりません、アナスタシア殿下は、まがりなりにもリコリス皇鉱石を引き継ぐお方、そのような仕事は許されませぬ!」


予想どおりの反応。


「鏡を見たけど、まんざらでもなくて」


「今すぐここを離れましょう」


「お酒、けっこうおいしいんだ。飲みすぎないようにしないとね」


「身を隠すとはいっても、何か別のやり方が」


「なんか勢いで奴隷になっちゃったよ。えへへ」


「で、殿下!?」


「寮に住まないといけなくなったから、イスカールはしばらくこの辺りで待っててほしい」


イスカールはやれやれといった様子で考え込む。


「…殿下にはもっと自覚していただかなくては。この先何があるかも分からぬのですよ。あの青年ですか?」


「おもしろいじゃないか。僕はもう少しニキータと一緒にいたいんだよ」


自分で話してて思ったんだけど、僕意外とノリノリだよな。




▽  ▽  ▽




2日目。仕事終わり。はあ…今日も疲れた…


昨日のようなへまはなかったけど、やっぱり慣れない仕事は疲れるな。


「お疲れー!」


ニキータが僕の肩を軽く叩く。


「あ、お疲れさま」


「稼げたか? けっこういい感じじゃん。さすがオレが見込んだだけのことあるな!」


ニキータは少し嬉しそうだ。


「腹減っただろ? メシ行こうぜ。オレがおごるからさ」


「え? そんな、悪いよ」


「いいんだって!」


僕はニキータに連れられて深夜の時間帯で営業している大衆食堂に行く。僕らと同じような、夜の仕事を終えて食事をとりにくる人がよく利用するらしい。メニューが豊富で、思いのほかいい感じだ。


僕はニキータの言葉にあまえて食事代を奢ってもらう。ライスに白いクリームソースのかかった料理を取って先に席に着く。芳ばしいにおいがしておいしそうだ。


ニキータは後から僕の隣に座る。手には何か得体の知れない料理を持っている。小麦を焼いた生地の上に緑色のどろどろしたソース。


「お前味覚がお子様だなー」


ニキータが僕の食べている料理を見てからかう。


「コーンが甘くて、おいしいよ。それよりニキータの、何なのそれ?」


「これか? ここの隠れ絶品メニューさ。見た目グロいけどうまいんだなーこれが。食うか?」


「い、いらないよ」


「いいから一口いってみろって」


僕は差し出された緑色の料理をおそるおそるほおばる。コクとスパイスが絶妙。


「…おいしい」


「だろ!」


ニキータも一口食べる。食べ方が少し汚い。周囲を警戒しながらエサを食べる動物を思わせる。


「…コルフィナの工場はどうだったんだ? やっぱりキツい環境だったんだよな」


ニキータが食べながら尋ねる。


「そうでもないよ…仕事はまあまあしんどかったけど、みんな優しかったし」


そこの工場長に裏切られたんだけども。


「そうか…じゃあ、よかったな。ここの仕事どうだ? 工場より退屈しないだろ?」


「まあね…地味でないし、おもしろいけど」


「な! 来てよかっただろ!」


この人はまったく…ただ接客をしているニキータを見ていて思うが、彼はかなり慣れているし、男でありながらこういう内容の仕事をすることに疑問も抵抗もあまりないみたいだ。いつからやっているんだろう…


ニキータは僕の顔をじっと見る。


「…なんかアナスタシアってさ、なんというか、雰囲気やわらかいよな」


「そうかな? 去勢されてるからじゃない?」


「それはあるだろうけど、それだけじゃない。コルフィナの工場とか、夜の接客とか、そんなことする感じじゃない。オレたちみたいなのとは育ちが違う感じがする。こういう仕事してるとさ、いろいろな人間見るだろ? だからなんとなく分かるんだよ。お前の、その、他人を見下し慣れてる感じというか。あ、いや、誤解しないでほしい、悪く言うつもりないんだ。たださ、お前、殿下、だろ? なんで去勢されたか、なんで宮廷で捕まってたのか、無理には聞かないけど、オレはオレでお前のこと、結構考えてるんだぜ。構わなければいつでも話してくれよな」


「…なかなか鋭いね。君に嘘をつくのは難しそうだ」


「だいぶ分かりやすいぜ」


僕、分かりやすいらしい。


…話を逸らさないと。


「…ニキータはいつからこういうことしてるの?」


「オレは両親とも奴隷だからな。生まれた時から奴隷さ。働く歳になったらそのまま11番館に連れていかれたよ。それ以来ずっとさ」


近くに食堂の店員が通りかかる。お酒の入った、取っ手の付いた小樽を持っている。


「あ、1つくれ」


ニキータがお酒を注文して、小樽を受け取る。さっき館であんなに飲んでたのに。


「…まだお酒飲むの?」


「仕事で飲むのとは違うだろ。お前も飲むか? 奢るぜ」


「もう飲めないよ」


ニキータは少し笑って、小樽に入ったお酒を飲む。この人お酒好きだなー。


「…ま、オレは顔がよかったからな。当然だな。最初はつらかったけど、すぐ慣れたよ。それに、体を売るのはその前からやってたしな」


「体を?」


「ああ。男にも女にも。病気になって死んだ仲間もいたな。奴隷なんてそんなもんさ」


「今でもするの?」


「もちろん。ま、今のうちだからな。売れる間に売っといたほうがいいだろ? お前もそのうち指示が来るぜ。無理はしなくていいけど、心の準備はしとけよ」


うわ…憂鬱だ…




▽  ▽  ▽




食事を終えて食堂を出る。まだ暗い。


通りが少し騒々しい。あちこちで人々が何か話している。何か事件でもあったんだろうか。通行人の会話が耳に入る。


「…帝国が降伏したそうだ…」


「…皇帝は?…」


「…銃で頭を打ち抜いて自殺したらしい…」


「…そうか…これからどうなるんかな…」


そう…そうか。


「戦争終わったみたいだな」


ニキータが話しかける。


「そうみたいだね」


帝国が敗戦した。


ジラードが死んだか。彼らしい最期だと思う。


ま、全て初めから分かりきっていた結末ではあるけれど。


これでまた状況が進展する。僕の関わらないところで、でも着実と。僕はもう少しここで、時期が来るのを待とう。



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