18 ▽奴隷館、初仕事▽
「…さ、着いたぜ」
僕らを乗せた馬車は、ニキータの指示通りに走って、帝都の郊外の町に到着する。僕らは馬車の荷台を降りる。少し無理をして走らせたせいで、だいぶ揺れた。ちょっと腰が痛い。辺りはもうすっかり暗くなっている。
「…ここが、ニキータの住んでる町?」
「いいとこだぜ。今は王国軍に占領されちまってるけどな。気をつけてくれ」
「小僧、馬を少し休ませたいんだが、この場所で大丈夫か?」
「ああ。もちろんだ」
イスカールが馬を労わる。
「…じゃ、じいさんはちょっと休んでてくれ。近くに小屋があるから、そこ使ってくれ。じゃ、俺たちは館に向かうか」
「館?」
「オレの働いてる店さ。ま、行けば分かる」
イスカールを残し、僕はニキータに連れられて、町のはずれにある一画に向かう。酒場などの娯楽施設が軒を連ねていて、人も多く、とても賑やかな雰囲気だ。
「いいとこだろう? 夜になったら毎日こうさ。ここめあてで遠くからでも客が来るんだぜ」
僕らは通りを歩いて行く。やはり王国兵が多い。店の明かりが華やかだ。
「ここだ」
一番賑やかな通りから少し離れて、少し暗い区画まで来る。やや特徴的な形の、似たような建物がいくつか立ち並んでいる。これが館か。正面の入り口に、いかつい守衛の男が立っている。ちょっと恐い…
「ここは奴隷館。みんな館って呼ぶけどな」
「奴隷!?」
「そうさ…あんまり大きな声で言えないんだけどな、オレは奴隷なんだ。本当は勝手に抜け出したりしちゃまずいんだが、そうはいってもやってらんないだろ、奴隷としての一生なんて。だから盗みやってんのさ。悪いな、最初に言わなくて」
「いや、構わないけど…そうだったのか」
「ここは簡単に言うと、容姿のいい奴隷が客にもろもろの接待をする場所だ。一緒に酒を飲んだり、触りあったり、エトセトラ。1番館から10番館は女の奴隷が働く館。俺たちが働く11番官は後からできた館で、男の奴隷が女の奴隷と似たようなサービスをする」
「そう…って、え?」
「大丈夫、別に本当の奴隷じゃなくても働けるから。今のお前の格好なら誰も疑わないさ。まあお前は事情がちょっと特殊だから、説明するのも面倒だしとりあえず奴隷ってことにしておくといい」
「いやそうじゃなくて」
「この町は王国軍に占領されたばっかで、この館は実は今めちゃ景気がいいんだ。帝国人の代わりに、毎日王国兵の相手ばかりやってんのさ。ま、相手が変わっても奴隷のやることは変わらないな。戦争ってなんなんだろな」
「待って待って、そんなこと聞いてないよ」
「どうせやることないだろ? なにすぐ慣れるさ。嫌なことは無理しなくてもいいしな。それより、稼げるぞ」
「…おい! ニキータ!」
突然話しかけられて、ニキータは振り向く。館の正面に立っていた守衛の男が声をかけたようだ。
「…お前、こんな所で何をしているんだ? 仕事はどうした?」
「ああ、今行くよ」
「お前また抜け出したらしいな。館長がかんかんだったぞ。ストレス溜まるのは分かるが、女遊びもほどほどにしとくんだな。そのうち本当に処分されるぞ」
「ああ、すまんすまん。でもとっておきのみやげがあるんだ。大丈夫だよ」
「…何だその女は」
ニキータは得意そうに言う。
「今回の戦利品さ」
▽ ▽ ▽
「新しい奴隷連れて来たぜ」
僕はニキータに連れられて11番館の館長室に通される。館長はグレーヘアの初老のおばさんだ。縁の細い眼鏡をかけていて、かなり厳しそう。女性なのはちょっと意外だ。
「…また女か。お前はよく釣ってくるな! それより、ニキータ、今回の減給はでかいぞ!」
「それがな、驚くぞ、男なんだ」
「は?」
館長が眼鏡をずらして僕を見る。この人も怖い…
「…ふん、男?…確かによく見るとそうみたいだね。でも女みたいだね。なんか普通の男と違うね?」
「…僕は、去勢されているので…」
「去勢?…そうなのか。いくつん時?」
「10歳です」
「奴隷になったのもその時?」
「はい」
適当に話を合わせておく。後で矛盾しないように気をつけないとな。
館長は僕の話を聞いて何か書類に書き込んでいく。
「…ちょっと脱いでみな」
「え?」
僕はきょろきょろして辺りを見回す。周りはみんな僕を見ている。
「…仕方ないだろ、そういう仕事なんだから」
ニキータがひそひそ耳打ちする。
しかたない、ぬ、脱ぐしかない…
上の服を脱ぐ。
「…!? それは?」
館長が僕の右肩の大罪の印を見る。
「これは…えっと、これも奴隷になった時に」
「…そうか」
館長はまた書類に書き込む。
「…まあいい。少し傷物だが、とにかく悪くない。上物だよ」
館長はニキータの方を向く。
「合格だ。ニキータ、元の持ち主の連絡先を教えとくれ。買い取る」
「それがな、こいつフリーなんだ」
「何?」
「元の持ち主に捨てられて行き倒れてたところを、オレが拾ったってわけ」
館長は少しの間ニキータを睨む。
「…まったく、いつも見え透いた嘘をつきやがって。まあいい、どうも素性が知れないが、持ち主に代金を支払わなくていいのは都合がいい。こっちはちゃんと働いてくれればそれでいいからね。じゃ、準備しな」
「…え? 今からですか?」
「そうだよ。今日は少しやって慣れるだけだ。ニキータ、案内してやってくれ」
ニキータが嬉しそうににこにこしている。あいかわらず美形。
「じゃ、行くか。着替えはあっちだ」
悪魔の美形。
▽ ▽ ▽
楽屋に案内され、そこで少し露出度の高い服に着替えて、さっそく接客させられる。完全に女性用のドレス。こんなの着て大丈夫なのだろうかと思ったけど、特別に作られているようで、鏡を見てみても、自分で言うのもなんだけど違和感は無いように思う。大罪の印がしっかり見えてしまうが、しかたない。
「…じゃ、君、向こうの席について」
スタッフに指示され、言われるがまま席に着く。数人の男性客が座っている。全員王国兵のようだ。
「…君、かわいいねー」
隣に座っている男が僕の肩に腕をまわしてくる。
どうしてこんなことに。
「ど、どうも…」
何をしたらいいか分からない。とりあえず話をあわせる。
「肌も綺麗だし」
肩を撫でられる。ぞわわ。
あ、やっぱり無理かも…
「この後どう?」
「む、無理です…」
「そんなこと言わないでさー」
男は顔を近づける。
「いいだろ?」
「や、やめてください…」
「よし決まりだな!」
「…イヤァーーー!!」
ドゴッ!!
「ぐうっほおっ!?」
男が後ろに倒れこむ。
!!
しまった! グーで殴ってしまった!
「…だははははっ!」
周りの男たちが爆笑する。
「やっぱ男…って、テメエッ!」
「ご、ごめんなさい!」
「ごめんじゃねえだろ! どうなってんだよ!」
男が怒って、僕の髪を掴む。イタタ。
「ちょっと、オニーサーン?」
男の後ろで声がする。
ニキータだ。
美しい。
化粧をしていて、いろいろなアクセサリーで着飾っている。真っ赤な口紅がとてもよく似合っている。
「この子さあ、今日初めてなんだよねえ。許してやってくんない?」
「許すもなにもねえだろ!」
「まあまあ、そう言わずに」
ニキータが男の隣に座る。金色の大きなイヤリングが褐色の肌によく映えて揺れている。自分の見せ方をよく分かっている。あと、やはり真っ赤な口紅が本当によく似合っている。
「今日はオレが相手してやるからさ」
ニキータが男の顔に手をそえる。男の鼻の下が伸びる。
「…そ、そうか?」
「おい! そいつも男だぞ!」
周りの客がはやし立てる。ニキータが言い返す。
「おいそこ! さっきから男男うっせえぞ!」
▽ ▽ ▽
…はあ…疲れた…
仕事終わり、館の外の階段で休む。ここ絶対無理だ…
「よ」
背後で声がして、振り向く。ニキータだ。
「飲めよ」
2つ持っていたコップの1つを、僕に差し出す。
「…ありがとう」
コップを受け取る。暖かい。カカオの香りがほっとする。ココアのようだ。
「…それにしてもお前、おもしろいよな。初日からやらかしてさ」
「…こんな話聞いてないよ」
「すまんすまん」
ニキータは軽く笑う。化粧しているせいでいつもの数倍美形だ。なんだか怒る気が失せてしまう。
「…さっきは助けてくれてありがとう」
「ああ、全然。気にすんな」
ココアを飲む。おいしい。久しぶりに甘い栄養のあるものを飲んだ。
なんだか変な方向に進んだな。どうなることやら。
空が少し白みはじめている。
もうすぐ夜が明ける。
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