5 ▼レディ・バンカー理事長登場!▼
王都の軍港に到着する。広いドック。乗って来た海賊船よりさらに大きい本格的な戦艦が数隻停泊している。やっぱ王国すげーな。こんなのに攻め込まれたらうちの国はひとたまりもないだろう。
俺はエレノアに案内されて狭い通路を歩いていく。あちこち曲がって迷子になりそうだ。途中で海軍の兵士がエレノアを見て敬礼していく。大尉ってのは本当なんだな。
俺はエレノアと一緒に軍港を出る。出口に車が用意してある。赤い。屋根の無いタイプだ。帝国のものよりだいぶ洗練されている。帝国にも車は無いことはないが性能が低く実用的でないので、帝都の一部以外は移動は馬車などが多い。エレノアは運転席に乗り込む。
「乗りな」
俺が車の助手席に座る。
「アタシの車さ。いいだろう?」
エレノアは少し自慢げに話す。船も赤かったが、車も赤いのか。赤好きなんだな。似あってるけど。エレノアはアクセルを踏んで、車を発進させる。
「どこに行くんだ?」
「まず理事長に会いに行く」
「誰だ?」
「レディ・バンカー理事長。まず金がいるだろ。ぼうやに金を用意してくれるように話がしてあるそうだ」
しばらく2人で王都をドライブする。王都は明るい。活気がある。カラフルな旗がそこかしこに掲げてある。
「…王都は賑やかでいいな。人も楽しそうだ」
「近々飛空挺の完成記念式典があるからね。それでお祭り騒ぎしてんのさ」
飛空挺。フランタル王国が開発を進めているという噂は聞いたことがあったが、もう完成していたのか。
「…それが終わったら戦争さ。ぼうやの国とだよ。束の間の息抜きだね。今回は海戦はなさそうだからアタシの仕事は少なそうだけど、ひょっとしたら上陸戦に召集されるかもね。そうなったら戦わなきゃならない」
状況が違っていたら俺はエレノアに剣を向けられていたのかもしれないのか。恐ろしや。
「…死なないでくれ」
「え?…なんだ、心配してくれてるのかい?」
エレノアが微笑む。
「ありがとう」
エレノアってこんな優しい顔するのか。
車が止まる。大きな大理石でできた建物の前だ。神殿か何かのように見える。金を工面するというのだから、たぶん銀行だろう。
「降りな」
俺はエレノアの後について行く。入り口のところで白髪の老紳士が出迎える。手に白い手袋をしている。
「…お待ちしておりました。この方が?」
「ああ、よろしく頼むよ。理事長は?」
「執務室でお待ちでございます」
「アタシは任務がたてこんでるからここで失礼するよ」
エレノアは小さな声で俺に話しかける。
「…アタシは理事長が苦手なんだ。悪いがぼうや一人で行ってきてくれないか。アタシは先に帰るよ」
エレノアはメモを手渡す。住所と地図がかかれている。
「ぼうやの当面の住みかだ。目立たないようにしばらく一般街に紛れて生活してもらう。理事長から金をもらったらそこに行きな。ここから近いし、迷わないはずだ」
「構わないが、いいのか? 俺が一人で行動しても」
「本当はアタシがついて行って、ぼうやを用意した家まで護衛して行かなきゃいけないんだけど。悪いね。ぼうやのことは機密事項だから、勝手なことして目立たないようにしてくれよ。憲兵には気をつけな。ま、さすがに初日から憲兵に捕まったりするようなまぬけじゃないと思うけど」
▼ ▼ ▼
俺は老紳士に案内されて建物の中に入る。地味な宮殿のような剛健な作りだ。あちこちに守衛がいる。俺は執務室に通される。
少し薄暗い。壁一面の本棚に古そうな本が並んでいる。中央の広い机の正面に座っているのが理事長ってやつか。傍に銀色の大きな地球儀が置かれている。
え?
子供!? どう見ても少女にしか見えない。
「おぬしがレンブルフォートの死にぞこないの小僧か」
いや、エルフだ! 耳の形で分かった。ということは年齢は見た目よりだいぶ上のはずだ。久々に見たな。おかっぱの髪に、縦長の帽子を被っている。手には白い手袋をしている。
「サメ女はどうした?」
「ああ、エレノアのことか? …ええと、任務があるとかで、先に帰ったよ」
「ふん、生意気なのはあいかわらずじゃな! 海賊め」
なるほど、エレノアが会うのを嫌がっていたのが分かった。
「理事長に会いたいんだが」
「わらわが理事長のレディ・バンカーじゃ」
偉そうにしているが何歳なんだろう。絶対に聞いてはいけないのだが、めっちゃ気になる。
「レンブルフォート帝国第二皇子、ルシーダだ」
「操り人形のくせに態度だけはいっちょまえじゃな!」
失礼なやつだな! エルフはこれだから困る。なめられてたまるか。
「あんたの名前言いにくいからレベッカって呼ばせてもらえないか」
「アホか! 勝手に名前を変えるでない!」
ちなみに俺の女の格好については気にならないらしい。エルフだから興味無いのかもな。
「あんたに会うように言われて来たんだが」
「…事情は聞いておる。他ならぬ女王陛下のご意向じゃからな」
「俺は直接女王に会えないのか?」
レディ・バンカーの表情が変わる。
「…口をつつしめ! われらが高貴なる女王陛下が貴様のような死にぞこないに謁見なされるはずがなかろう! 身の程をわきまえろこのこわっぱめ!」
こわっぱってあんたに言われたくないんだが。ともかく女王のことにはもう触れないでおこう。
「…わらわは気が進まぬが仕方あるまい。おぬしに金を工面しよう」
「あんたは銀行屋か?」
「銀行? …ハッ! そんなものでないわ! わらわはな、王室に電話一本するだけでいくらでも金を用意することができるのじゃ。そう、新聞でも刷るようにな! ファーッハッハッ!」
傍に立っていた老紳士がレディ・バンカーに耳打ちする。
「理事長、そんなことを言ってはまた中央銀行頭取に怒られますよ」
「…コホン」
一旦落ち着いたレディ・バンカーは机の大きな引き出しを開ける。中には紙幣がぎっしり詰まっている。わお。
レディ・バンカーはその中から札束を一つ取り出し、俺の目の前に投げる。とすん、となかなかうっとりする音がする。
「持っていけ。足らなくなったら連絡しろ。追加を用意する」
これは頼もしい。俺は金に困らない生活を知らないからな。
「一応言っておくが、無駄遣いはするでないぞ」
俺は札束を受け取る。
「任せとけ」
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