4 ▼王国海賊海軍大尉エレノア▼




「ルシーダ、いる?」


オフィーリアが心配して俺の部屋に来る。


「…うん、今ちょうど終わったところ」


「また補習だったの?」


「うん」


俺はたった今書き終わった補習用のノートを閉じる。提出しないとまた教育係に怒られるやつだ。


「…俺は兄さんや姉さんと違って頭悪いから」


「そんなことないよ」


「取り柄も何もないし」


「ルシーダっていいところいっぱいあるじゃない」


「例えば?」


「え?…えっと…えーっと…」


めっちゃ困っとるやん。


「あ、ほら! ルシーダとってもかわいいから、将来きっと美人になるよ!」


そ、そかな?…否定しないでおくか。


「…ねえ、屋上いかない?」


オフィーリアが宮廷の屋上に誘う。俺はオフィーリアと2人で宮廷の屋上まで上る。


「…いい天気だね」


よく晴れている。吸い込まれそうな青い空。ゆっくりと動く白い雲。


オフィーリアは屋上の縁まで近寄る。ちなみに俺は高い場所が少し苦手だ。


「…あんまり端に行くと危ないよ」


「平気!」


オフィーリアは空を眺めている。やわらかな風が吹き抜ける。オフィーリアの長い髪が風でさらさらと流れる。


「…見て」


オフィーリアは空を指す。鳥が遠くでゆったりと飛んでいる。


「…いいなあ」


オフィーリアは、呟いた後、俺の方を振り向く。


「ルシーダ、もっとこっち来れば?」


「いや、怖いよ」


「大丈夫。落ちそうになったらわたしが引き上げてあげるから」


オフィーリアは楽しそうに笑う。笑顔の本当によく似あう人だ。少し落ち着いて、オフィーリアは優しく話しかける。


「…ルシーダ、大変だと思うけど、心配しないで。あなたには、わたしがいるから」



波の音。船室の窓から太陽の光が差し込んでいる。もう昼近い。


…夢か。


ベッドから起き上がる。オフィーリアの夢は今でもたまに見る。


彼女が死んだ直後は、いなくなってから半年以上時間が経ってからのことだったから、あまり実感が無かった。いずれまた、何かの拍子にふらっと帰って来て、いつもみたいに、ただいまー、えへへ、ルシーダ、びっくりした? なんて言ってくるんじゃないかと、そんな気がしていた。それがただの俺の希望でしかなく、急に本当に彼女が死んだんだということを実感して、行き場の無い寂しさを感じたのは、しばらく経ってからのことだった。




▼  ▼  ▼




俺は甲板に出る。海風が気持ちいい。しばらくの船旅だ。まだレンブルフォート領だから油断できないが。でももしかしたら、あの不思議なやつが何とかしてくれているかもしれない。


それにしても気になるな。あの不思議な、女みたいなやつ。なんで俺を助けたんだろう。イスカールと一緒にいたし、しかも殿下って呼ばれてたな。イスカールはなんだかあいつに仕えているような雰囲気だった。


また会うって言ってたな。しかも必ず。


…意味が分からない。



…まあ考えてもどうしようもない。


俺は水平線を眺める。よく晴れて波も穏やかだ。一度は死を覚悟しただけに、今こうしていることがなんだかちょっと不思議な気分だ。




▼  ▼  ▼




レンブルフォート帝国とフランタル王国の国境付近の海域。


はためく髑髏の黒い旗。


見るからにヤバそうな海賊船団に取り囲まれる。


終わった…


俺の自由への旅と冒険が始まる前にもう終わった…


「フランタル王国の海軍です。合流します」


いや海賊だろどう見ても!


船団の一隻、一際目立つ赤く塗装された海賊船が俺たちの船に横付けする。まるで軍艦だ。頑丈な装甲。最新のものと思われる装備。なんだあの馬鹿でかい大砲は。あんなの帝国の海軍も持ってないぞ。


そうこうしているうちに海賊どもが船に乗り込んでくる。俺と一緒にいた兵士が、海賊の女ボスと思しき人物と話している。


「…で、この方が帝国の皇子、ルシーダ殿下です」


「…この子が?」


女ボスが俺を見る。背の高い女だ。怒らせると大変そうなバリキャリのクールビューティーって雰囲気。職場で一緒になると相性問題が超重要事項になるタイプだな。赤みがかった長い髪。黒いマント。独特の豪華な装飾のある服装はいかにも海賊船の船長って感じ。タトゥーが体のあちこちに入っている。腰には凶悪なサーベル。もう見るからに海賊。


「女の子にしか見えないけど…そうか。帝国の皇子っていうからどんな男かと思ったけど」


ちなみにフランタル王国とレンブルフォート帝国では民族も別だ。人の見た目も少し違う。どちらかというと、王国人は大柄で背が高く、骨格もがっしりしていてタフな感じ。一方帝国人はそれに比べると、肌が白く、華奢な印象だ。まあぱっと見て分かるほどの違いは無い。帝国人でも王国人っぽいのはいるし、逆もそう。国境付近では特に。言語も同じ。ちなみに俺は帝国内でも女に間違われていたから、王国人の規格だと完全に女だろう。


「あんたら海賊だろう?」


「アタシらは王国海軍だよ。裏の海賊部隊さ。正式の部隊じゃやれないことを海賊のなりしてやるんだよ」


へえ。すこぶる評判のいいフランタル王国も、裏でいろいろやってんだな。


「アタシはフランタル王国海軍大尉、エレノア。このクリムゾン・シャーク号の船長さ。よろしくね、ぼうや」


「ああ…よろしく」


この若さで海軍大尉、しかも戦艦船団の船長か。よっぽど優秀なんだろうか。てか、ぼうやって…俺とあんた、言うほど歳離れてないだろう。まあ年齢を聞いたりしたら殺されるのが完全に分かっているのでこれ以上触れないが。


「なんでフランタル王国の海軍が俺を助けるんだ?」


「聞いてないのかい? アタシらは近々あんたらの国と戦争するんだよ」


「…何だって!?」


「ま、詳しいことは、王国に着いてから、うちのお偉いさんに聞くんだな」


その後少し聞いたところによると、フランタル王国はレンブルフォート帝国を武力で制圧した後、傀儡政権を置いて支配するため、俺を利用するつもりらしい。なめられたもんだ。


はーん。俺の知らないところでそんな面倒なことになっていたとは。だが俺はもう帝国には戻れない。どのみちこいつらの思惑にまきこまれていくしかないのだ。


「ぼうやはいつもそんな格好なのかい?」


「…い、いや違う! これは逃げるためにしかたなく着ているんだ!」


「ああそう…どっちでもいいけど、ま、似合ってるよ。王国では、ぼうやにはしばらく素性を隠して生活してもらうことになる。ぼうやは男には見えないから、余計なトラブルを避けるためにその感じのままでいてもらうからね」



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