第十話 宿命と疑問

「おう、見えたぞ! あれがわしの村、火の切っ先アトゥマイの村じゃ!」

 言いながら、岩場に飛び乗ってザルカンが遠くを覗き込んだ。

 前方の尾根が邪魔になって見えないが、ザルカンのように岩の上に上がれば見えるようだ。しかし急な山道を上るので俺の体力は精いっぱいだった。疲れが溜まっている所で更に岩場に上がるなんて、とてもじゃないがやる気はなかった。リュックの肩紐もカマキリの頭部の分ずっしりと重くなり、俺の肩に深く食い込んでいた。

 六合目で一泊したおかげか風病みという症状にはならなかった。他の登山客の中には具合の悪い奴もいたそうだが、そいつは運悪く風に吹かれたらしい。半日も休めば治るそうだが、山を登っているだけでそんな症状になるというのはちょっとした恐怖だった。ならなくて幸いだったが、山道がきついことには変わりはなかった。

 俺は嬉しそうに村を眺めるザルカンに、今日三回目の質問を繰り返す。

「で、村の奴らには結局なんて言えばいいんだよ?」

「あ? ああ……それがなあ……」

 ザルカンは口をへの字に曲げ腕組みし、何か思案するような顔をした。しかし見かけだけで、多分何にも考えていないだろう。まったく、剣技はすごいが、こいつの頭の方はあまり信用ならない。

「よそ者は相手にされない。お前の名前は出せない。モーグ族の事は話せない。八方塞がりだぜ、これじゃ」

 俺はリュックの重さを近くにあった岩に預け、少し体を休める。自由になった肩はじんわりと痺れているような感覚だった。体の中に泥でも詰められたような気分だった。

「カマキリを渡せば門前払いはないじゃろう。礼儀を尽くせばな。しかし何と切り出すか……何がいいかのう……」

 駄目だ。またさっきと同じようなことを言っている。そして村に着くまでには思いつくとか言って歩き出すのだ。もう目と鼻の先だぜ?

「……分かった。じゃあこう言う。俺はタバーヌのアキマに住んでいる虫狩りだが、飼っている機械虫を誰かに殺されてしまった。その犯人を捜しているが、噂を辿っていくと、どうもこのカイディーニ山付近が怪しい。機械虫の仇を取るために、どうかこの近辺での捜索を許可してもらえないだろうか。どうだ? 何か言われそうか?」

「お? おう……まあ……いいかも知れんな」

 ザルカンは目を泳がせながら答える。

「何だよ頼りねえな。村の感覚が分かるのはお前だけだぜ? 細かい事を突っ込まれたらボロが出るかも知れんが、この位しか思いつかん。しかしうちの寄り合いで虫を飼ってるのは本当だし、死んだというのも一応本当だ。関係のない話でだがな。わざわざ確認される可能性もないだろうし……これでいくぞ?」

「おぉ……おう! そうじゃな。それならまあ疑われんじゃろう。筋も通ってるしのう! いやあ、考えれば知恵が出るもんじゃな!」

「知恵を出したのは俺でお前は何も言ってないだろうが……」

 ああ、どっと疲れる。しかし一応方針は決まった。勘繰られるかもしれないが、土産もあるし、ザルカンの言うように門前払いという事はないだろう。

「よし、行くか!」

 ザルカンは岩場から軽やかに飛び降りて道を進んでいく。

「門番の奴にはわしから話す。しかし中に入ったらお前だけじゃ。せいぜいうまくやれ」

「分かってるよ。ようやく手掛かりらしい所まで来たんだからな、手ぶらで帰れねえ」

 俺は荷物を背負い直し、ザルカンを追いかけて歩き出した。

 十分ほど歩き尾根を曲がると、先ほどまでは見えなかった村が見え始めた。思っていたよりも……かなり大きい。岩山の緩い斜面と平場の連なった場所にたくさんの住居がある。外縁には柵があって、かなりの範囲を包囲している。横に半タルターフ九〇〇メートル、奥に一〇〇ターフ一八〇メートル程だろうか。

「そう言や何人くらいが住んでいるんだ?」

「一五〇〇人くらいじゃ。氏族の中では二番目に多い」

「氏族だから……他にもいるんだよな? いくつあるんだ?」

「四つじゃ。火の切っ先アトゥマイの他に槌音クーリン赤い川ホバルエ煮え立つ岩ザトーリーの三つの氏族がおる。それぞれ住んでいる村は離れていての、普段は大して関り合いがないが、虫の鍋の儀式の時は全員が集まって協力するんじゃ」

「儀式?」

「虫送りと虫弔いじゃ。新しい虫が世界に旅立つことを祈り、帰ってきて命を還す虫の魂を鎮める。四年に一度そういうのがある」

「ふうん……俺達も森送りって虫の葬式みたいなのを毎年やるが、それと同じようなものか」

「多分中身は同じようなもんじゃろう。虫への感謝と敬意を示す」

「俺達の国じゃ虫狩りしか森送りはやらないが……お前らはボルケーノ族全体でやるんだな。普段から虫の相手を……駆除とかしたりするのか? 俺の国じゃ虫狩りしか虫を扱うことはしない」

「虫はその辺におるし村に入ってくることもあるからの。虫番ちゅうのがおってそいつらが相手をする。被害がひどかったりでかい虫を相手する時は虫狩りに力を借りることもあるが、基本的にはわし等だけでやっとる。なるべく殺さんようにはしとるが、虫だらけになっても困る。この山を守らにゃいかんからの」

「なるほどね……下の森とは別なわけか。確かに虫の鍋から虫がやってくるなら、一番最初に出くわすのはお前らだもんな」

「そういうこっちゃ」

 俺は改めて周囲の岩山を見回す。岩の合間に木が生えているが、何とも奇妙な光景だった。こんなに硬い岩の上に木が生えているとは。

 ここまで登ってくるまでにも何度か森の近くを通ってきたが、森の場所だけは薄く土があってそこに木が生えていた。平地の森で見るような黒っぽい土だ。この辺の岩が崩れても砂にしかならないだろう。木が育つだけの肥沃な土壌がどうやって運ばれてきたのか疑問だった。

「そもそもなんだが……何でお前らは虫の鍋を守っているんだ?」

「ああ?! 何じゃ、いきなり」

「いや……お前たちが虫狩りの一族なら分かるんだよ。虫狩りが虫の多い所、虫の鍋って奴の近くに住んでいるのは道理だからな。俺だって町の中心からすれば、森に近い方に住んでいる。寄り合い所もそうだ。虫は森にいるから、森に近い方が俺達にとっては都合がいい。しかし……お前たちはなぜこんな険しい岩山に住んでいるんだ? 別に虫を獲って生活しているわけでもないんだろう。生活だって大変だろうに」

「そうじゃな。剣を作ったり矢じりの為に機械虫を狩ることはあるが、虫狩りのようにそれを売って生活しているわけではない。何故ここに住んでいるのかと言われれば……虫の鍋を守るためとしか言いようがない」

「何故守る必要があるんだ? 恐らく虫の鍋に近づけば近づくほど……虫は多くなるんだろう? 人が守らなくても、虫達が結果的に守ることになる」

「むう……しかし悪人どもが大挙して押し寄せてくる可能性はあるじゃろう?」

「あったのか? 実際に?」

「いや……知る限りないが……」

 考えながら歩くザルカンの足は段々とゆっくりになってきた。

「俺達虫狩りですら、多すぎる虫には手を焼く。それが例え有用で貴重な虫であってもな。当然だ。虫は強い。人間の軍隊なんかより虫の大群の方がずっと厄介だ。そのど真ん中にわざわざ飛び込んでいく奴がいるとは思えない。お前たちの一族は……一体何のためにここで虫の鍋を守り続けているんだ?」

「むう……」

 ついにザルカンは足を止めて考え込んでしまった。村の門まではもう二百ターフ三六〇メートル。ボルケーノ族の事がふと気になったが、これ以上ザルカンに聞いても無駄のようだ。村の代表者と話すにあたって何か気にかけなければならない事があるような気がしたが、考えがまとまらない。いや、考えすぎは却ってよくない。もうここまで来たのだ。さっきの方針で行くしかない。

「お前らの一族の事は……また今度にでも聞かせてくれ。行こうぜ。もうすぐそこだ」

「お、おう……そうじゃな。モーグ族が見つかればお前の探しとる子供の事も何かわかるかも知れん。わしはわしで犯人を探さにゃあいかんが……先にわしが奴らを斬っても悪く思うなよ」

「あぁ?! それは……せめて俺が話を聞いてからにしてくれよ!」

「まあそん時はそん時じゃ! どっちが早く見つけるか競争じゃのう! がっはっは!」

 のしのしと歩きながらザルカンは楽しそうに笑った。やっぱりこいつの頭のネジはどこか緩んでいる。これから会う村の代表ってのが、もっとまともな奴であることを祈るばかりだ。






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