黄昏の演劇論

「あと、展開についてなんだけど」


 コウくんが一気に真顔になって、私を見る。


「なに」


 私は審査員3人の講評用紙をめくって、意見を列挙した。


「前半はゆっくりだったのに、後半になると突然急になる展開が、賛否分かれててね」


「ほうほう」


 チヒロも真面目に聞いている。私は意見を総評して言った。


「意外性があっていいっていう意見と、整合性に欠けるっていう意見がある」


「なるほど…整合性に欠ける、か」


 コウくんには少し刺さったようだった。コウくんは物語の整合性を誰よりも重視する脚本を作っているから、当然と言えば当然だが。


「ただ私は、設定に矛盾があるように見えるのに考えてみれば矛盾がまったくないところが一番すごいと思った」


 私はコウくんにそうまくし立てた。コウくんは少し圧倒されていたが、背筋を伸ばして聞いた。


「どうして?」


「そんな話を書くのはかなり難しいから」


 私はそう言ってコウくんの目を見た。難しい、というのは嘘ではない。実際に書いてみても、矛盾だらけだったのだから。


「な、なるほど」


 コウくんはそう言って、考え込んだ。


「音楽使わなかったところは何か言われた?」


 チヒロが私に尋ねる。私は講評用紙を改めて見直したが、音楽については1点も書かれていなかった。


「特に言われなかったよ。去年の夏大でもそうだったし」


 私がそう言うと、チヒロは少し考えてから納得したようだった。


「言われてみればそうだね」


 コウくんが身を乗り出して私たちに語る。


「リアルな世界で音楽が流れてるのは、店の中かどこかのBGMぐらいだから」


「たしかに」


 チヒロがそう言ってうなずくと、コウくんはさらに続けた。


「シビアな目線で見ないと、リアルは伝わらないよ」


 チヒロがコウくんの方を誇らしげな顔で見て言う。


「コウくんのモットーだね」




 少しの沈黙のあと、私は窓の外の夕日を見た。夕日は美しく赤く、紅と言っていいほどの光が雲間から差している。


「そろそろ日も暮れるね」


 私が言うと、コウくんはそれをじっと見た。


「夕日……綺麗だね」


 チヒロがスマートフォンを取り出す。


「ほんとだ。写真撮っとこ」


 コウくんもスマホを取り出した。


「じゃあ僕も……」


 私たち3人はスマホで写真を撮った。写真には美しすぎるまでの夕日が映っている。


「そろそろ帰る?」


 コウくんがそう言って、荷物をまとめた。椅子も何もない教室に、コウくんの影が伸びる。チヒロがそれを手で制した。


「もう少し話してから帰らない?」


 コウくんがチヒロに問い返す。


「どうして?」


 チヒロは見ていたスマホの画面をコウくんに見せた。


「あと一時間しないと電車来ないもん」


 コウくんはそれを見て、


「そうかあ……」


 と言って止まった。私はあくびをして、仮眠できる椅子を目で探した。


「ふぁ~あ、眠いな」


 チヒロがリュックを降ろして、私の隣に寄る。


「寝てていいよ。時間になったら起こすから」


「もたれてていいよ」


 チヒロが私の隣にしゃがんだので、私は「ありがと」と言い、しゃがんでチヒロにもたれかかった。意識が闇の中に溶けていくような感じがして、私は夢に落ちていった。


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