脚本の舞台論

シーン2 舞台上暗いまま、スポットがつく。座っていたヒロシが立ち上がる。


ヒロシ(徐々に錯乱)「僕がいる場所はここだ。でも、物理的にはここにはいないんだ。観客の皆さん、返事してくださいよ。僕はこうして演技に飲まれているんだ。あれ、僕って僕なのか……?僕じゃなくて私?私じゃなくてウチ?ウチやなくてワイ?ワイ……ワイ……5W1Hってあったよな。What, Why, Which, Who, Where, When, How. Who とWhich は同じような意味で、人と物で使い分けるから合わせて1つのW。まあいいや、僕が何者かはここではどうでも良いんだ。観客の皆さんに僕が僕だと認識されている以上は、僕は僕だ」


ヒロシ(落ち着いた声になる)「さて、観客の皆さん。僕たちが演じているのはもちろんわかっているでしょう。ですが、僕たちはこうして演じていないフリをしなくてはならない。演技がこうしてここにあれば、演者はここに演じている役として立っていられる。さあ、僕はこの場にどうしているのでしょう?答えは劇の最後で。では、また劇が始まりますのでそのまま座ってお待ちください」


ヒロシ「難しく悲しい役回りを演じきってこそ、役者の技術は最も発揮されるのでしょうかね」


(暗転)




シーン3 屋上?椅子が乱雑に並んでいる。ヒロシ、エリカ、サユリが立っている。


エリカ「サユリ、ここにいたんだね」


サユリ「そうよ。この過去みたいな未来みたいな意味のわからない世界にある、明確な『過去』。ここが、この屋上が一番落ち着くんだよね。前に練習してた場所だから」


ヒロシ「二人とも、どうしてここに来たんですか?」


サユリ「私はさっき話したでしょ」


エリカ「私はサユリを探してたらたどり着いた」


ヒロシ「ここに移動する間に通った教室の数、ちゃんと覚えてる?」


エリカ「一つ」


サユリ「え、二つじゃないの?」


ヒロシ「どこの教室を数えたの?」


サユリ「私たちがいた教室と……あれ?一つか」


ヒロシ「そっかぁ……ちなみに上手と下手、どっちから出た?」


サユリ「上手……下手……?どうして今?」


ヒロシ「ここが舞台の上だからだよ」


サユリ「は?」


エリカ「ヒロシはさっきからずっと言ってるんだよね」


サユリ「ヒロシ、大丈夫?」


エリカ「それがね、はっきりした証拠を見つけちゃったんだよね」


サユリ「……え?何の証拠?」


エリカ「ここが舞台であるっていう証拠」


サユリ「なにそれ」


エリカ「まあヒロシに教えてもらったんだけどさ」


サユリ「なんなの、それ」


エリカ「まあ落ち着いて聞きたまえ。私たちがいるここは、概念なんだよ」


ヒロシ「そう。この概念は、次にするべきだと思い当たることと真逆なことをすれば壊れる。たとえばここに、BGMがかかっている。BGMは、こんな音楽だ」(歌う)


サユリ「でも……何も聞こえないよ」


ヒロシ「そう、ここでBGMを歌うことに意味はない。だけど、これはどうだろう」


(手を叩く)


サユリ「……あれ?」


ヒロシ「そう。ここで効果音のトラックにないことをしても、音はしない」


サユリ「……そうなんだ」(手を叩く)(さらに何度も叩くが、小さな音しかしない)


ヒロシ「ほら、どれだけ叩いても音は全然足りない。それらしい音もしない」


サユリ「じゃあ、ここはどこなの?」


ヒロシ「ここがどこかは、受け取り方次第なんだ。受け取り方と演じる役、台本に書かれた内容の解釈によって、ここがどこかは変わる」


エリカ「もしかして、見えてる景色も違うのかな」


ヒロシ「多分違うだろうね。僕には暁の空が、赤い空が見えている。エリカさん、何が見える?」


エリカ「青色の、コバルトアワーが見えてる」


サユリ「昼の青空じゃなくて?」


ヒロシ「それはすべて、心が描き出す風景。紛れもなくみんなが見ているものだ」


エリカ「ってことは……整合性がとれてないってこと?」


ヒロシ「そう。だから、この劇は終わり」


エリカ・サユリ「……そっか」


ヒロシ「舞台監督が幕を下ろせば僕たちはただの役者に戻り、今の僕たちは消えてなくなる。だから、そろそろお別れだ。じゃあね、みんな」


エリカ「……じゃあね」


サユリ「え、えーっと……ありがとう」


(幕が下りる)




シーン4 カーテンコール


ヒロシ「ありがとうございました。ヒロシを演じました、ユリアと申します」


サユリ「サユリを演じました、チヒロと申します」


エリカ「エリカを演じました、アヤナと申します」


全員「皆さん、ありがとうございました」

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