演出の戦術論

 私が叩いた手とともに、通し練習は始まった。




シーン1 教室?青白い明かりがついている。


サユリ「大会、楽しかったねぇ」


エリカ「そうだね。反省会しよっか」


サユリ「はいはい。今回の劇の内容は?」


エリカ「地区優良賞の劇って感じだね。少し良い……みたいな感じ」


サユリ「そっか。まあ楽しかったし次に期待、って感じ?」


エリカ「ちょっと待って、ヒロシは何してるの?」


ヒロシ「……」


サユリ「まあ聞いてるみたいだし続けようよ」


エリカ「わかった、詳細に移ろうか。私たちの掛け合いは良かったけど、照明の選択を間違えてるかも……だって」


サユリ「逆になんでそれで地区優良賞なの」


エリカ「照明のミスマッチもある意味面白かったんだって」


サユリ「そっか。そういえば空の色変じゃない?」


エリカ「えっ!?」(空を見る)


エリカ「そうかな?……もしかして劇のミスマッチを元ネタにしてる?」


サユリ「……そうだけど」


エリカ「一瞬本気にしちゃったよ。まあいいや、続き」


サユリ「どうしたの、エリカ」


エリカ「……ちょっとトイレ行ってくる」


サユリ「風邪でも引いたの?」


エリカ「違う違う、昨日食べたプリンにあたったみたいでさ」


(エリカ、舞台下手へはける)


サユリ「ヒロシ、さっきから考え込んでるじゃん。どうかしたの?」


(サユリ、虚空を見つめてからヒロシのいる方を見て、ヒロシの肩を叩こうと手を伸ばす)


ヒロシ「おかしい」


サユリ「え?」


ヒロシ「おかしいんだよ、この状態は」


サユリ「どういうこと?」


ヒロシ「わからない……」


サユリ「どうしたの?何か変なものでも食べた?」


ヒロシ「……ここは劇の中なんだ。そのはずなのに、なんでこんなに現実なんだ?」


サユリ「え……」


エリカ「ただいま」


サユリ「ねえエリカ……」


ヒロシ(サユリの言葉を遮るように)「正露丸、いる?」


エリカ「いらない。たぶんそのうち治るから」


ヒロシ「そっか」(うつむく)


エリカ「ヒロシ、どうしたの?」


ヒロシ「……」


エリカ「……どうしたの?」


サユリ「まあいいや、置いとこ?」


エリカ「それもそうだね……じゃあ感想シート読もっか」


サユリ「じゃあ三人分に分けるよ?」


エリカ「はいはい」


ヒロシ「……(意味不明な声)」


サユリ「……!」(動きを止める)


エリカ「サユリ、どうしたの?」


エリカ「サユリ……?」


サユリ「なんでもない。この世界はとりあえず本物で、でもこの場にいるのは虚像の中。全ては脚本と演出、演技をしてでも気づかない……」


エリカ「この世界は……?」


サユリ「知らないよ。そんなことより反省会を終わらせるべきじゃないの?」


エリカ「ちょっと待ってよ」


サユリ「待って、おなか痛いからトイレ行ってくる」(舞台上手にはける)


エリカ「サユリ、どこ行くつもりなんだろ……。それでヒロシ、ここはまだ劇の中なんだね?」


エリカ「それは『はい』って意味でいいんだね。その証拠はどこにあるの?」


(エリカ、ヒロシに耳を寄せる)


エリカ(観客席を指さして)「この壁の向こうには、観客がいる……?」


エリカ「そんなこと言われても壁を破るわけにはいかないし」


エリカ「もっと簡単な……え?」


(エリカ、ヒロシに耳を寄せる)


エリカ「それは盲点だったな……」


エリカ「なるほど……サユリに言ってみないと」


エリカ「ところで劇のタイトルは……? こんなによくできた劇ならすごい人がシナリオ書いてるんだろうなぁ」


エリカ「サユリはまだ来ないみたいだから……タイトル教えてよ」


エリカ「宵闇の夏色、ね」


エリカ「いい名前だね……不思議な感じ。知らないはずなのになぜか知ってるような……」


エリカ「サユリ遅すぎない? ちょっと待って、少し見てくる」


(エリカ、外に出る)


(暗転)

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