第39話 朝食がてら状況説明

 俺が倒れてから十数分後。


「熱っ!はふっはふっ……旨い!!すまんイグニスこれあと5皿」

「はいはい、少々お待ち下さい」


 俺は宿屋の一階で肉づくしの朝食を摂っていた。左に座るレリフの「まだ食べるのかこやつは」と言わんばかりのジト目を無視して、右隣に皿を積み重ねていく。


 追加で運ばれてきた5皿もかきこむように平らげて更にその上に載せる。これで20を超えて積み上げられた皿を見て、我ながらよくここまで食べれたなと感心する。


 まぁ、昨日までの食べ方とは違う点が一つあるので当然と言えば当然なのだが。現在俺は回復魔法を行使しながら朝食を摂っている。さっき倒れた原因は魔法を使いすぎた疲労や傷の痛みによるショックなどではなく、ただ単に血を流しすぎたことによる貧血だった。


 そのため血を作るために昨日狩った鹿の肉を喰らいながら自然治癒力を高めるために回復魔法をかけ続けていたのだ。回復魔法は往々にして体の中のエネルギーを使って回復を行う為、血や肉を作るとその分だけ空腹になる。そして出来た腹の隙間に鹿肉を押し込み、また造血し……を繰り返し、何とかいつもの状態に戻すことが出来たのだ。


「ふー……満足満足。ご馳走様でした」


 パンパンになった腹をさすり、手を合わせて昨日の鹿に感謝する。


 その時だった。二階から騒がしい声がしたためそちらに目線をやると、手すりから身を乗り出したケルベロスがうらやましそうな目で俺の事を見ていた。


「あー!ご主人ばっかお肉食べててずるーい!イグニス姉、私も私も!」

「なんでいつもは寝てばっかりなのにこう美味しそうな匂いがすると飛び起きるんでしょうか……いつもこうなら起こすあたしも楽なんですけど……」

「ふむ……黒の書に書かれている地獄の番犬と同じ名を冠しているからではないか?ほら、『ケルベロスにパンを与える』と言うようにな」


 ケルベロスが階段を駆け下りてくると同時に、彼女の後ろから頭を抱えたリィンと変身魔法で姿を変えたルウシアが姿を現した。どうやらケルベロスの悪癖について話していたようだが、それには俺も同意する。いくら何でも寝すぎだろう。


「ならリィンちゃんも料理を持ってケルベロスちゃんを起こしに行けばいいんじゃない?」

「あーそれなんですけど、あたし料理だけは本当に苦手なんで却下で。あとちゃん付け止めてください」


 二人の後ろからクロトが出てきてリィンに話しかけるも、少々機嫌の悪い彼女の何かに触れたのか、つっけんどんな対応を返されて涙目になっていた。


「なぁカテラ、僕何かしたか……?」

「さぁ?とりあえず飯でも食って忘れようぜ」

「そうだな……うん、そうしよう。気晴らしに、イグニス隊長と手合わせした感想を聞かせてくれよ」

「感想ではないが一つだけ言えることがある。あと数秒処置が遅れてたら死んでた」


 それを聞いたクロトは飲みかけの水を勢いよく噴き出すと、どういうことか説明するように迫った。


「ゲホッ!ゲホゴホッ!……まるで意味が分からない!というかなぜ君はそんな目にあったのにそんなピンピンしているんだ!?詳しく説明してくれ!」

「我も詳しい説明を聞きたいのじゃ。おぬしが気を失う前に言おうとしていたことについてじゃがの」

「他の皆も驚いてるし、とりあえず事の経緯を話そう」


 リィンやケルベロスも驚き手を止めていたので俺は最初から話し始める。と同時に頭の上に載っている血の王冠をテーブルへと置いた。


「まず、今日はクロトとイグニスが剣を交えている音で目が覚めたんだ。多分皆はその時ぐっすり寝ていたと思う」


 皆に視線をやりながら置いた王冠に魔力を流す。


「その後、二人に呼ばれて俺も合流すると俺の弱点を発見するためにイグニスと俺で模擬戦を行うことになった。そこでクロトは汗を流しに宿屋に戻る」


 王冠に流した魔力で変身魔法シェイプシフトを掛け、まずは延べ棒インゴットのような形に変える。


「で、イグニスとの模擬戦で弱点を自覚した。魔法を使うのに集中と時間が必要で、奇襲はともかく試合とかの正式な場では到底発動に間に合わないんだ」


「ではそれを補うためにどうするかという疑問に、魔法を発動するまで耐えきればいいと結論を出し、ほぼ実戦と変わらない訓練をすることになった。で、頸動脈を謝って傷つけた俺は失血死しそうになった」


 次に延べインゴットを二十分割し、それぞれをチェスの駒へと変えてゆく。


「イグニスはその場にいたレリフに助けを求めたが結局俺は自分で回復魔法をかけて傷を治したって訳だ。多分半分は死んでたが、そっから戻ってきたら魔力のコントロールがかなりやりやすくなった。レリフ、気絶する前に言いたかったことはこういう事だ」


 そう言って俺は手元を示すようにジェスチャーをする。その先にあるチェスの駒たちを見て、レリフは一瞬驚いた様子を見せるが、直ぐに落ち着きを取り戻す。


「ふむ、確かに気取られずに魔法を行使出来るようになり、精度もかなり上がったようじゃな。じゃがまだまだ鍛錬が足りん」

「……ともかく、図らずとも魔法に関する弱点は補えつつある。だがまだ剣の腕は未熟なまま。だからイグニスとの剣の稽古は続けるつもりだ。イグニス、これからよろしく頼む、いや、お願いします」


 そう言って俺は対面に座るイグニスに頭を下げる。それに対し彼女は返事をして良いのか悩んでいるのか複雑な表情を浮かべていた。


 さっき俺を殺しそうになり動揺していたのだ。それを繰り返してしまうかもしれない。なら断ったほうが――と顔にはありありと書かれていた。


「大丈夫だ。たとえ四肢が吹っ飛んでも治せる自信はあるし、どれだけ殺されかけようとも文句は言わないし言わせない。だから、頼みます」


 上げた顔を再度下げ、更に懇願する。その気持を汲み取ってくれたのだろう、


「そこまで言うのであれば、容赦はしませんからね?」


 そう応える彼女の顔ははにかんでおり、先程までの負い目を感じていたそれとは一転して明るいものだった。


「ありがとう。よし、一通り説明は終わったし、これからの旅路について確認したい。今からユグドラシルに向けて出発するってことで良いのか?」

「そうじゃな。もともとサシャの村には一泊だけする予定じゃったしの。ただこれからの道は霧が深く、迷う危険性もある。クロト、ルウシア、道案内は頼んだぞ」


 話を振られた二人はこっくりと頷き、同意を示す。それを見て、俺たちは馬車に乗り込むために宿屋を出るのだった。

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