第38話 弱点克服の為に

 レリフは俺のことを見つめながら、再度問いかけてきた。


「もう一度聞こうかの。お主はこれからどうすれば他の魔王候補と渡り合えるようになると思う?」

「魔法が使えない状態でも戦えるように剣の腕を磨く…それじゃダメなのか?」


 目の前の彼女ははぁ、とため息を吐くと再度その顔を呆れたものにして続ける。


「本当に馬鹿じゃなお主。剣などついこの前握ったばかりでは無いか。何故お主の強みを捨てて苦手な土俵で勝負をしようとする?勝負とは自分の強みをいかにぶつけるかによって決まるといっても過言では無い。その強みが他の追随を許さぬほどに卓越したものであれば尚更じゃ」


 彼女はそう言い切ると、一つ聞きたいのじゃが、と付け足してこう聞いてきた。


「お主が『コレなら他の誰にも負けない』と自負するものはあるか?」


 俺の強さとは何か、それを考えるまでもなく口から2つの言葉が飛び出る。


「魔力の多さと、魔法の知識」


 俺が持っているものなんてたったそれだけ。魔法の腕前も無ければ、魔力のコントロールが上手いわけでも無い。知識だけ蓄えたただの頭でっかちだ。


「ではそれを活かすためにお主がやるべきことは?」


 その質問にしばし考え込む。速攻で攻められると分かっているのなら、それを防ぐ手立てが必要だ。魔法を活かすとしても、今の腕では発動までに時間と集中力が掛かりすぎている。となると必要な事は……


「魔法を発動するまでの間攻撃を捌く技量を磨く事と、魔法の発動を早める為に魔力をコントロールするコツを掴む事、だな」


 魔法を使えれば勝ち確、逆に魔法を使う暇も無く押されれば負け確。非常にシンプルな構図である。なら、魔法をいち早く発動できるようにしてその間倒されないように守りを固めるしか無い。


「うむ。魔力のコントロールは昨日からやっている王冠チェスで鍛えられる筈じゃ。問題は攻撃を捌く剣の腕じゃが……」

「剣の鍛錬であれば拙に任せてくれませんか?」


 ずい、と俺達二人の間に顔を出したのはイグニスだった。確かに彼女は魔界最強の剣とも呼ばれていたし、彼女に指導を受けられるのなら申し分ない。レリフも同感だったのか、彼女は二つ返事で肯定の意を返した。


「ふむ。イグニスの稽古であれば確かに不足はない。じゃが……」

「? どうしたレリフ。不足が無いのなら俺からもお願いしたいのだが何か問題でもあるのか?」


 俺がそう聞くと、彼女は声を潜めて耳元で囁いてきた。


「……あやつの訓練は厳しいことで有名じゃ。覚悟しておくのじゃぞ?」


 それを聞いて気が引ける俺をよそに、イグニスは満面の笑みで訓練の開始を告げた。


「さて、それでは早速始めましょうか。最初から模擬戦で構いませんね?」


 ――――


 5分後、模擬戦の開始早々俺は満身創痍になっていた。全身に浅く切り傷が出来ており、そこから血がダラダラと流れ出す。


 そんな状況だったが、剣を交える――というよりも一方的に斬りつけられるような状態だったが――イグニスの手は止まらないどころか更に加速する。


 事前に「致命傷にはならない程度に斬りつけますのできちんと避けて下さいね。傷が増えれば失血死の可能性もありますので」とは言っていたが、このままでは本当に死にそうだ。


 俺は先程と同じ様に魔法を使う暇すら与えられず、素の状態で遥か格上である彼女の剣を躱すものの反撃出来ずにいた。全身にできた傷は躱せなかった剣が付けたものだ。



 手を出すことも出来ずただ彼女の振るう剣を避けるものの、血を流しすぎたのか、首筋を狙った彼女の剣を避けきれずにもろに食らってしまう。


「ぐぶぉ……!」


 首の右側にヒヤリとした感覚が来たかと思えば直後に強烈な痛みが襲ってきた。恐らく頸動脈が切れたのだろう。慌ててあてがった左手には生暖かい感触を覚え、反対に全身からは急速に温度が奪われていく。


 早くも右半身からは力が抜け、握っていた剣を取り落とす。そのまま片膝を付くようにしてしゃがみこんだ。


 それを見たイグニスは先程までの仏頂面めいた表情を崩し、慌てた様子でレリフを呼ぶ。


「あ…あああ!!レリフ様!カテラ殿の手当を!」

「その必要は……ない……」


 ガタガタと歯を鳴らしながらそう答える俺の姿にはまるで説得力が無いのだろう。イグニスは狼狽え、泣きそうになりながら依然としてレリフに懇願する。


「彼をこのような形で殺したくないのです!お願いします!」


 その問いかけを受けたレリフは俺を見ていたかと思えば突っぱねるように言い放つ。


「もともとの目的はこやつの修行じゃ。我が手を貸したら元も子もないじゃろうが。カテラ、自力でなんとかせい」


 その答えに言葉を無くすイグニスをよそに、俺は言われた通りなんとかしようと目を閉じて集中し始めた。


 残った時間はもう数秒しか無いだろう。それまでに頭をフル回転させろ。息を吸って吐くように魔力を操れ。魔法を行使するのを出来て当然だと思い込め。


 出来なきゃ死ぬ。だがまだ死ねない。謝りたい人がいるし、まだ魔法を使える段階になってない。世間からの俺の評価はまだ無能な魔法使いという耐えられない状況だ。そんな状態では死んでも死に切れない。


 そして何よりも、あのクソムカつく運命の女神と、俺の真実を大勢に暴露したレアルの顔を殴ってない!


 あいつら二人にはむかっ腹が立っているし、このままやられっぱなしというわけにも行かない。何が何でもあいつらには一発くれてやりたい!


 様々な感情の昂りとともに全身に魔力を滾らせる。すると、死体になりかけの冷たくなった体の底から灼けるように熱いものが湧き出てきて全身を駆け巡る。


 頭の中で、何かがしっかりと噛み合ったのだろうか、カチリという音がした。


 次の瞬間には首からの痛みは無くなっていた。あまりにもあっさりと無くなったので夢だったのではないかと思ったが、抑えていた左手の惨状――血塗れになった掌――を見て現実だと思い返す。


 頬や手の甲、膝に二の腕。全身に付いた傷もすでに治っており、切り裂かれた服や傷跡から流れ出た血がなければ初めから傷など負っていなかったといわれても分からない程に傷跡もなく治癒していた。


 数秒遅れれば死ぬ状況からの生還。それは、魔法の行使に対して時間を掛けなくても良くなった事を示していた。


「イグニス、レリフ、俺……やったかもしれない…!ついに弱点を……!」


 そこまで言った瞬間だった。俺の視界は急に暗くなり、顔面を強かに撃った感触を最後に意識はぷつりと途切れた。

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