第15話 風呂で状況整理

 服を脱ぎ、全裸になった俺は大理石製の浴場で呆けて棒立ちしていた。その理由は一つ。


「……めっちゃ広くね?」


 食堂と同じく、百人は入れるであろう浴場自体の大きさと、そこに備え付けられた浴槽の数に度肝を抜かれていたからだ。


 平時であれば城で勤めている者たちが利用するのだろうが、今この城には片手で数えられる程しか人が居ない。


 すなわち、貸しきり状態なのだ。


「とりあえず入るか」


 浴槽に張られた湯を木製の桶で掬っては頭から浴びる。それを三回繰り返す。学院にいたときは、これに加えて香油を塗って出る、という生活だった。


 魔法の研究の為に、湯にゆっくりと浸かる時間も無かったからだ。


 だが、もう俺の事実が知れ渡ってしまった為、今日だけは存分に浸かってもいいだろう。湯に浸かり、だらけきった姿勢で天井を見上げた。そのまま、今置かれている状況を整理する。


 まず、当初の目標だった『俺の事実を隠し通す』ことは失敗に終わった。なら、『実は魔法使えました』と言えるように魔法の習得に励むしかない。


 そのためにも魔界にある文献を探したいのだが一人で探すには時間が掛かりすぎる。魔界の住人たちの手を借りて探す方がよっぽど効率がいい。


 つまり彼らに命令を出せる立場、すなわち魔王になることはほぼ必須と言っても過言ではない。


 当面は魔王になる事を目標に動いた方が良いだろうが、ここにきてやりたいことが一つだけ出来た。


 アリシアに謝りたい。『ずっと嘘を吐いていてごめん』と一言だけでいい。


 果たして、私用のために人間界に一度戻りたいと言って、レリフは納得してくれるだろうか。


 彼女は何と言うか、俺が想像していた魔王像とはかけ離れている。


 幼い外見もそうだが、何よりもその態度と言動。俺を含める人間と敵対している勢力の首領とは到底思えない。


 その立ち振舞いもそうだが、置かれている立場も謎だ。何でレリフは自分で勇者と戦わずに、後継者を探しているのかも分からない。


 そこいらの魔法使いを千人集めても到底届かない魔力量に、俺の抱えている問題の理屈を瞬時に見抜く洞察力、そして何より魔王と言うくらいだ、その実力は十分に高いはず。


 勇者と再開する前に聞いたときにははぐらかされてしまったが、なにかしら事情があることだけは推測できる。


 明日になったら、改めて訊いてみるとしてひとまず今までのことをまとめよう。俺の目標は優先順位的に分けてこうだ。


 1.魔王になること

 2.アリシアに謝ること

 3.魔法を使えるようになること


 この際、手がかりの少ない3番はあとに回し、今出来ることを優先して行わないと。


 そして明らかにしなければいけないことは、以下の二つ。


 1.魔族が人間たちに敵意を抱いているのか

 2.魔王の後継者を探している訳


 実は魔族は人間たちと争う気は無いんですと言われたら、俺はいったいどうすれば良いのだろうか。


 それは明日答えが出てから考えよう。ともかく、今は明日から始まる魔界生活に備えてゆっくり休まなければ。


 ――――――――


「で、ゆっくりしすぎてのぼせたってわけですね?」


 自室のベッドで横たわる俺は、呆れ顔のリィンに説教を喰らっていた。


 熱でぼんやりとした頭では言い訳を考えることも出来ず、俺は言われるがままになっていた。


「まったく、あんなにストレスがかかった状態で長湯するなんてのぼせるために入っているようなものですよ?聞いてるんですか?」

「……すまん」

「様子を見にきたあたしが見つけたから良いものを、あのままじゃ最悪死んでましたよ?」

「……申し訳ない」


 ぷんぷんと頬を膨らませて怒る彼女は、本調子でない俺にいつまでもくどくどと言うのは身体に障ると判断したのか、早々に切り上げて冷たいタオルを手渡してきた。


「魔王さまからです。氷の魔法で冷たくしてあるのでそれで頭を冷やせと」

「悪いな、助かる」


 上体だけ起こして受け取ったタオルを顔に押し当てると、冷たさが心地よい。


 そのまま再度ベッドへ体を預け、タオルを額の上に置くと睡魔が俺の意識を刈り取っていった。


 ――――――――


 すぐに寝息を立てて寝てしまったお兄さんに、そっとシーツをかけ部屋を出ます。


 彼にとって、今日は色々なことがありましたから疲れが溜まっていたのでしょう。


 勇者一行から追い出され、あたしの手引きで魔界へとやって来て、一部ですが魔法を使えるようになり、それでも攻撃魔法が使えないからと多数の人間から批判を浴びて……


 心の読めるあたしでも、その心労は測りきれません。だから、今はゆっくり休んでください。


 考え事をしながら廊下を歩いていると、いつの間にか皆さんが待つ大広間へとたどり着きました。


 これから、お兄さんが後継者に相応しいのかを話し合うのです。扉を開け、中へ入ると待ちかねた様子でケルベロスちゃんが催促してきます。


「リィンお姉ちゃん、はやくはやく」

「ケルベロス殿、そんなに急かさなくともよいではありませんか」


 それを諌めるイグニスさんは、続けてあたしに質問を投げ掛けて来ました。


「それでリィン殿。カテラ殿の容態は?」

「ただのぼせただけですよ。今はすやすやと眠ってます」


 それを聞いて胸を撫で下ろす彼女をよそに、魔王さまは話を切り出します。


「ようやく揃ったのぅ。では始めるとしようか。まず、皆の意見を聞きたい。ケルベロス、そちはどう思う?」


 そう振られたケルベロスちゃんは、あくびを噛み殺しながら答えます。


「ふぁぁ……あふ…悪い人ではないと思うよ。臭いも普通だったし」

「ふふ、その言い方ではカテラ殿が臭いように聞こえますね」

「そ、そういう意味で言ったんじゃないし……。イグニス姉はどうなのさ?」

「食べ物の好き嫌いが無い人に悪人はいない、というのが拙の持論です」


 是非とも殺し合いたいお人ですわ、と締め括るイグニスさん。彼女の「殺し合う」という行為に深い意味があると彼女自身から聞いたのですが、どんな意味なのでしょうか?


「してリィン。心の読めるお主から見て、あ奴はどうじゃ?」


 考え込むあたしに、魔王さまから話が振られます。答えは勿論……


「敵意は有りませんでしたが、少しだけ疑っているようです。ただ、話せば理解を得られる範囲ですね。問題ないと思いますよ」


 そうかそうか、と納得する魔王さまは、続いて自分の意見を述べられました。


「我もあ奴は問題ないと考えておるが、それよりも興味が湧いた。右手を握ったとき、ペンだこがはっきりと分かったのじゃよ。それはたゆまぬ努力の証であり、強い強い欲望の現れじゃ。我が直々に指導したらどんな傑物になるのか楽しみじゃな」


 くふふ、と笑うその顔は、実に楽しそうなものでした。

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