第13話 遁走

 場内の視線を一身に受けていた魔法使いは、突如として空気が変わったことを察知していたが、思考はそれ以外のところへ向けられていた。


 コイツ……何でそれを知っている……?


 勇者を下して安堵したのも束の間、俺は事実をバラされたショックを受ける間もなく疑問を抱いていた。


 もしや、勇者とレアルは手を組んでいるのではないか?


「どうしました?それが間違いだと証明するのであれば、攻撃魔法の一つでも唱えてみてはいかがでしょう?それが難しいなら、『灯の魔法』でもいいのですよ?」


 この物言い、学長は勇者と手を組んだことは確実だ。どうする?どう誤魔化す!?


 何も言わず、かといって何もしない俺にしびれをきらしたのか、俺の思考を遮るように観客席のどこかから言葉が投げ掛けられた。


「攻撃魔法使えないとか、魔法使い名乗るの止めちまえよ」


 呟くような、小さい声だった。


 だが、『稀代の魔法使いが魔法使いの象徴である攻撃魔法や、赤子ですら使える魔法を行使できない』という衝撃の事実を聞き静寂に包まれた場内にはよく響く。


 結果的に、その呟きが引き金となって俺への罵倒はさらに加熱していった。


「今までずっと騙してたのか!?」

「そうだ!やめちまえこの無能!」

「どれだけ魔力があっても攻撃に使えないんじゃねぇ……」

「攻撃魔法使えるだけ落ちこぼれの俺の方がマシだな」


 嘲笑され、侮蔑を受け、見下され……今までそれらを受けて来なかった俺の心は次第に耐えきれなくなっていった。


「稀代の魔法使いとか言われてたけど、蓋を開けたらどうってこと無かったな」

「攻撃魔法使えなくても名乗れるなら、俺も名乗れるわー」


 耳を塞ぎ、しゃがみこむも効果は無い。呼吸は次第に浅く速くなり、吸えども吸えども息苦しい。


 そして、限界を超えたのか俺の視界は真っ黒に塗りつぶされ、意識は途切れていった。


 ――――――――


 しゃがんでいた魔法使いが力無く横に倒れると同時に、その体を包み込むように転移魔法陣が形成され、彼をどこかへと運んでいった。


 本人が去ったコロシアムでは、当人がその場に居ないにも関わらず剣士たちと魔法使いたちの間で大規模な口論が始まっていた。


「強さに理由なんざ要らん!さっき見たような腕前を持つのであれば代表的な魔法を使えないなど些細な娘とじゃないか!」

「剣振るしか頭にない奴等はこれだから……!貴様らにも分かりやすく説明してやろう!あいつは足し算も出来ない数学者のようなものだぞ!?」


 剣士たちの言い分は、魔法が使えなくとも十分強いんだから良いだろ、という物だ。


 対して魔法使いたちは、赤子でも使える魔法を使えないなんてあり得ない、攻撃魔法を使えない魔法使いなどクズ同然だ、とまで言い張っていた。


 実のところ、ここにいる魔法使いたちはレアルが用意した「攻撃魔法が使えない魔法使いは認めない」という、いわゆる過激派だった。


 彼らの大半は類い稀なる才能を持つカテラに嫉妬し、隙あらば貶めようとする者たちで、今回の件が好機と見てあのような暴論を振りかざしたのだ。


 彼らを呼び魔法使いを貶める準備を進めていたレアルはその言い争いを見て、自然と上がってしまう口角を抑えることが出来なかった為、肘をつきつつ組んだ両手を額に当てて俯いていた。


 彼は勇者から受けた提案を受けはしたが、その目的は金では無かった。ただ、稀代の魔法使いと呼ばれる男を引きずり下ろせれば良かったのだ。


 だから勇者の都合等気にすることもなく、彼が一番傷付くであろうこの場で事実を暴露したのだった。



 一方、意識を失ったカテラは、気を失いつつもリィンの転移魔法で安全な魔王城へと避難していた。転移させた本人は最初こそ狼狽えていたものの、今はベッドに寝ている彼の側で目を覚ますのを待っていた。


 魔王さまの操る、勇者の周りを写し出す水晶玉で気絶しているお兄さんを運良く捉えられたので、避難させる為に転移魔法を使いました。


 イグニスさんにお兄さんを自室のベッドまで運んでもらい、あたしは付きっきりでお兄さんの様子を見ることにしました。


 時おりうんうんと唸り、汗をかき、涙を流しながら身をよじるお兄さん。どんな夢を見ているのか覗こうとも思いましたが、見られたくないものもあると判断し、すんでの所で止めました。


 そして、唸って泣いて落ち着いてを何度か繰り返し、半日経って、夜ご飯にする頃になってもお兄さんは目を覚ましませんでした。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 普段の口調とは違う言葉で、誰に謝っているのか分からないうわごとを繰り返しながら、時おりなにかを掴むように手を天井へと伸ばすお兄さん。


 その手を驚かせないように優しく掴み、そばにいますと伝えるために胸元へ持っていくと、お兄さんは突然勢い良く起き上がりました。


「……ッ!はあっはあっ……」

「お兄さん!よかった……」

「リィン……?ここは……?」

「魔王城の一室です」

「そう…か。ありがとうな、リィン」


 心の中で安堵しつつも、お兄さんの精神が安定しているかどうか確認するために覗くと、荒れ果てた心が飛び込んできました。


 何もない荒野を一人で歩き続けるような、頼りない旅路。時折外敵に襲われては「自分はお前を指一本で屈服させる力を持っている、だから襲わないほうがいい」と去勢を張り続けてなんとか歩き続けてきた心。


 それが今、先ほどまで語ってきた力が全て嘘だと知られ、今まで嘘の力で追い払ってきた外敵が一斉に襲いかかってきたとして、だましだまし凌いできたお兄さんにそれらを追い払う力が有るかというと、答えはノーでした。


 今までのやりとりから総合して、心が読めるあたしでなくとも勘の鋭い人なら「この人は放っておけば自死を選ぶ」と分かるような心境でした。


 だからこそ、あたしは傷ついたお兄さんを優しく抱きしめて、弱音を吐いても良いのですと語りかけます。


「お兄さん?何か言いたいことはありますか?例えば、今まで言えなかったこととか言ってもいいんですよ?」


 すると、お兄さんはたどたどしく、言って良いものなのかと悩んだ末に話してくれました。


「俺…俺は…自分以外にずっと嘘を吐いて生きてきたんだ。基本的な魔法すら使えない俺が、魔法使いの頂点に立つためには嘘をつき続けるしかなかったんだ……」


「自業自得だって、身から出た錆だっていうのは分かっていたさ。何度もこの事実を公表しようかと迷った。だが、それをさらけ出せるほどに俺の心は強く無かったんだ……」


 子供の頃から大人を圧倒するほどの能力まりょくが身に付いていたからこそ、周囲に期待されそれに応じてきたお兄さん。


 本来なら頼れるはずの家族もなく、周囲に事情を話して期待を裏切る訳にも行かない彼は、長年抱え込んでいた問題を解決出来ずについに折れてしまいました。


 今必要なのは、叱るでもなく同情するでもなく、慰めと労いの言葉。だから、あたしはそれらを優しく投げ掛けます。


「ええ。今まで良く頑張ってきましたね。だから今は、取り繕わずにありのままをさらけ出してください」


 体ごと抱きしめて、子供をあやすように投げ掛けると、お兄さんは鼻をすすっては涙声で話し始めました。


「俺……俺、怖かったんだ………。皆の期待に応えられない、どうしようもない奴だって知られるのが怖くて……今まで嘘をついて……」

「大丈夫ですよ。少なくとも私たちはお兄さんのことを軽蔑なんてしませんから……」


 あたしの言葉を聞いて、声をあげて泣き出してしまったお兄さんを抱き寄せて、落ち着くまでその頭を撫で続けるのでした。

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