第7話 『魔法を使える』という基準

「お、お主、魔法が、つ、使えないのか!?」


 ぷ、ぷぷと笑いを堪えながらレリフが問いかけてきた。癪に障るので先ほどよりも激しく魔力を膨張させる。


 すると彼女は体をびくりと震わせイグニスの陰に隠れてしまった。


「イ、イグニス!!カテラが我をいじめるのじゃぁああああ!!!!」

 

 レリフはイグニスの後ろに隠れ、震える声で彼女に助けを求めていた。そこには魔王の威厳など微塵も無い。


 対してイグニスは俺の事を真っすぐと見据え、先ほどの言葉の意味を問いかける。


「カテラ殿?魔法が使えないとはどういうことですか?」

「俺も分からない。生まれた時から魔力はあるのに魔法は使えないんだ」

「魔力はあるのに魔法が使えないとな?そりゃ考えられる原因は一つだけじゃ」


 おずおずと姿を現したレリフが口を開く。


「お主も分かっていると思うが、魔法を使うときに必要なものは二つある。一つは魔力。もう一つがマナじゃ。マナに魔力を注ぐことで反応が起き、魔法という現象が発生するのじゃ」


 右手でピースのジェスチャーをするレリフは、中指を折り畳み続ける。


「お主の場合じゃと恐らくその高すぎる魔力にマナが耐え切れないために自壊するのじゃろ。して結果的に魔法が不発に終わるのじゃ」

「つまり膨大な魔力に耐えられる程のマナを備えた物質、いわゆる触媒を用いれば俺でも魔法が使えるってことか?」


 マナとはこの世界のほぼ全ての物質に含まれているもので、これが魔力と反応して魔法が起きる。


 そのマナを他の物質と比べて大量に含んだ物を触媒と言い、世の中の魔法使い達は威力の底上げなどを目的にそれを使うのだ。


 例えば魔法使いが使う杖には使われている宝玉などがそれだ。


 俺の魔力が強すぎる為、それに耐えられる触媒を用意すれば解決するのか。右の人差し指だけ立てたレリフはそれを左右に振って答えた。


「お主の魔力量は正直言って規格外じゃ。そんな量の魔力に耐えられる触媒なぞ我も聞いたことないわ」


 やはり俺は魔法が使えない運命なのか――と諦めかけたその時だった。


「あの、拙から一つご提案が」


 恐る恐る、と言った様子で小さく手を挙げる、一番魔法に馴染みのなさそうなイグニスの口から妙案が飛び出してきた。


「カテラの肉体そのものを触媒にする?」

「えぇ。膨大な魔力がその身に宿っているのであれば、触媒としても利用できるのではないでしょうか」

「試してみる価値はあるな。その仮説が正しいなら攻撃魔法と空間魔法は使えないってことになるか……」


 魔法は五種類に分けられる。


 攻撃魔法。空気中のマナを利用して発動する。火球などを生成し、相手にぶつけるなどして殺傷を行う魔法使いの花形だ。


 それだけあって、攻撃魔法が使えない奴は魔法使いを名乗る資格は無いと主張する一派もいる。


 空間魔法。こちらも空気中のマナを利用する。先ほどリィンが行使した転移魔法等、空間の歪曲などを行う魔法群の事だ。『灯の魔法』はこれに分類される。


 また、召喚魔法の類もこれに分類される。異界への扉を開ける際に空気中の触媒を利用するからだ。


 回復魔法。対象のマナを利用する。説明するまでも無いが、効果は対象の回復能力の活性化。


 意外な事に、『解毒』は回復魔法に含まれない。毒に直接作用して無毒化する為後述する変身魔法に含まれる。


 変身魔法。行使対象のマナを利用する。効果は対象の姿形、硬度や温度などを変えるもので、その中で対象を透明にするものが先ほどレリフが使用していた『透明化』だ。


 姿に硬度、温度と操る物が多いうえ、魔力の供給を止めると即座に解除される為消耗が最も激しい魔法だ。


 支援魔法。行使対象のマナを利用する。能力の底上げを行う魔法群なのだが、いまいちパッとしない悲しい奴らである。……俺も説明する事ほとんどないし。


 上記5つの内、俺自身を対象に取れる魔法は回復、変身、支援の三つ。


 サポート特化の構成である。魔王を名乗るなら攻撃魔法の一つは唱えられないとイメージ的にマズイ。


『我が奥義を見せてやろう……』とか言って自分の体力を回復しだす魔王なんてどこにもいないだろう。


「まあ物は試しじゃ。何か唱えてみぃ」

「そうだな……変身魔法シェイプシフト


 万全の状態で回復を掛けても効果が分からない。支援は先ほど言った通りパッとしない。


 ならば形を変えられる変身魔法シェイプシフトだろう。効果も目に見えて分かりやすい。三つ四つ、短いセンテンスを唱えながら、変身後の姿を想像しつつ全身に魔力を滾らせる。


 そして出来上がったのが、6本目の指である。右手の親指と人差し指の間に、二つの指の中間程の長さの指を生やしたのだ。


 握りこぶしを作ると、親指以外の4本で握りこまれるような形になった。


「う、うむ……」

「な、中々独創的な考え方をされておりますね……」

「本気で引かないでくれないか……?結構傷つくぞ……」


 二人に少し引かれたが、結果はレリフの推測通り、魔法であれば使えることが判明した。


 なんだよ……魔法、使えるじゃないか。


 思えば、この10年間は『灯の魔法』や攻撃魔法と言った魔法しか練習してこなかった。


 赤子ですら使える魔法を何としても習得しようとする意地と、魔法使いと言えば攻撃魔法だろうと言ったイメージで凝り固まった視界は、どこか攻撃魔法と空間魔法以外の魔法を蔑ろにしていたのだろう。


 回復と支援を専門にする人物アリシアがすぐ傍にいたと言うのに。


 いや、むしろ彼女と比較されるのを恐れて無意識的に避けていたのかもしれない。


 本気でぶつかって、彼女の方が優れていると分かったら自分の立場が無くなるから。


 本当に、自分の抱えている臆病で尊大な自尊心はどうしようも無いな。知られたくない事を隠し通そうとして数えきれないほどの嘘を吐いた。


 自分が何も出来ないことを知られないように、何でも出来るかのように振舞った。


 そのツケが今の状況だ。バレそうになったから何とかして取り繕うとやっきになっている。本当に俺はどうしようも無い馬鹿なんだな、そう再確認する。


 だが、これで一歩踏み出せた。


 サポート特化とはいえ魔法を使うことが出来たということは、広義的には俺は魔法が使えるようになったという事だ。


 しかし、俺に求められているのは「全ての魔法が使えること」である。


 史上最大と評される膨大な魔力、人間界では追随する者が居ない魔法に対する知識量。


 これで限られた魔法しか使えませんと公表したらそこらにいる魔法使いからは「アイツ俺よりも魔力量多いのに攻撃魔法使えないんだぜ、プークスクス」と後ろ指を指されるに違いない。


 そんなことになったら耐えられない。発狂して自殺する自信がある。


 そうならないためにも何とかして俺が攻撃、空間魔法を使えるようにカモフラージュする手段を考えなければ。

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