第3話 シスター・セリカの寝息
春眠暁を覚えずとは言いますが、秋も眠気が充満する季節です。二度寝は遅刻の原因だと分かっているはずなのに、お布団の中では正常な判断ができなくなります。悪魔よりも恐ろしい存在です。
ふわあ、お勤め中にあくびが出てしまいました。お祈りのときは真剣でしたのに。
たるんでいますわ、シスター・セリカ! 花壇の草むしりも立派な行いです。雑用などではありません。もしかしたら、四つ葉のクローバーが見つかるかもしれないでしょう。神様からいただいた幸運の証を、あなた以外の誰が探せると言うのですか。いいえ、誰にも。
やる気を出して作業を続けようとしましたが、一度あくびが出ると止まらなくなるのですよね。目尻に涙が浮かぶほど連続するなんて。はしたない姿を信者に晒す訳にはいきませんのに。
「わー! 大変ではありませんか。シスター・セリカ」
講演から戻った神父が駆け寄ってきました。「夜道の側溝に足を取られてコケちゃった、あはは」なんて笑えない実話を聞いたばかりです。七十を過ぎているのですから、骨折にはお気を付けてくださいまし。
「おかえりなさい。神父様」
「花粉症かね? 涙が出るほど辛いなら、今日はもう草木の手入れをやめなさい。中で休んではいかがかな。お裾分けしてもらったバナナブレッドに合うのは、シンプルなコーヒーか甘いミルクティーか。はたまた緑茶かな」
「え……と。カフェオレでお願いします」
盛大な誤解をさせてしまって申し訳ありません。スギ花粉でもヒノキ花粉でもなく、ただ温かな日差しに負けただけなのです。三時過ぎでも、お昼寝がしたいです。
いらぬ心配をおかけして、すみま……って歩くの早いです。革靴も耐えきれなくて、悲鳴のような音を立ていますよ。そんなに急いで歩くから、ながら歩きしなくても罠に引っ掛かるのでは。神父様、神父さまああああーーーーーー!
むー、人の話も聞かないで。一度決めたら突っ走るところは相変わらずです。
それでも、神父様の笑顔を見れば不満なんて忘れてしまいます。お耳の遠い頑固さんのはずなのに、好青年に思えてしまうのはなぜでしょうか。
別にヨイショするつもりはありませんよ。見とれるのは一瞬だけですもの。学生帽を被った古き良き制服姿。シワの奥の少年のような心に。
「経験を重ねながらもピュアなところもあるの。しゅき」と溜息をつきそうになった貴方。彼を調子に乗らせてはいけませんよ。嬉しさのあまりギックリ腰になりかねませんから。
私は庭のホースで手を洗い、教会に入りました。
礼拝が終わった後、残った方とお茶をすることがあります。庭で採れたミントでフレッシュハーブティーを淹れると喜ばれますが、神父のコーヒーも好評でした。
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの
マタイによる福音書十一章二十八節から三十節までを口ずさみ、手際よくカップに注ぐのでした。
一杯を飲み干す時間だけでも癒しになりますように。そんな気遣いも隠れているのです。ストレスを無理に下ろさなくてもいい、ただ思い詰める必要はないのだと知ってほしいと。
「ティータイムの支度ができましたよ。シスター・セリカ」
コスモスの花が描かれた皿に、バナナブレッドがどっしりと載っていました。バターをあえて焦がした焼き目が美しい。
「ん~! おいひい~!」
粗く潰したバナナが生地に馴染んでいますね。そして、素朴な味わいを引き立てるのは、ミルク多めのカフェオレ。
主よ、素晴らしいお裾分けに感謝いたします。満ち足りた気分です。お腹がいっぱいで、なんだか眠く……。いいえ、何でもありません。起きている証拠に、目はこんなにも開いているはず。たぶん。
スヤァ。
「おや、私は掃除機をかけたまま外出したのでしょうか。少し席を外しますよ。シスター・セリカ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます