女子高生と地球最後の夜
椎菜田くと
前編
突然ですが、あと数時間で人類は滅亡します。
太陽系の外でどこかの恒星が大爆発、その膨大なエネルギーだかすさまじい衝撃波だかが太陽系を襲い、なす術のない人類は太陽や地球といっしょに大宇宙の藻屑となります。火星にだってろくに行けない地球人類の科学力では、太陽系を離れて安全で居住可能な新天地に全人口を移住させるなんてまねはできないのだよ。
え、いきなりすぎるって? それは仕方のないことさ。ギリギリになるまで情報統制がなされたようだからね。パニックになって暴動や犯罪行為に走らないように、とのことらしいけど、実際のところはどうかわからないな。お偉いさんやいわゆる上級国民だけをなんとか逃がすための計画がされてたんじゃないか、というウワサもある。もし一隻でも宇宙船が完成していたのなら、われわれ下々の者を置き去りにして安全圏まで逃げていったのかしら。どちらにせよ、一般人は座して死を待つことしかできないから関係ないのだけれど。
さて、地球滅亡の瞬間がいつ訪れるかというと、日本時間では午前二時すぎになるらしい。草木も眠る丑三つ時とは……いかにもなにかが起こりそうな時間ではないか。これにはオカルトファンも喜んでいることだろう。なかなかわかっているね、グッジョブだよ。いまは九時過ぎだから……地球滅亡まであと五時間切ったというところか。
まだ時間もあることだし、俗世間の様子でも覗いてみるとしますかね。SNSで話題になってるのはなにかなーっと────『最後の晩餐なに食べる』か、わりとよくあるやつだな。『無人島にひとつだけ持っていくとしたら』ほどではないけど、ありきたりな質問だ。まったく、地球滅亡を前にして緊張感というものが足りてないんじゃないのかね。これが人生最後の問答となるかもしれないというのに、定番のものしか出てこないとは……じつに嘆かわしいことだ。
そんな偉そうに言うならおまえが考えてみろって? よかろう、ちょっと考える時間をおくれ。うーん、そうだなあ…………『死ぬまでにやりたい十のこと』……いやいや、定番なうえに時間もないし。あーでもない、こーでもない…………すみませんでした! 偉そうな口を叩いたくせになんにも思いつきませんでした! 許してくださいよぉ、土下座しますからぁ、なにとぞご容赦をぉ…………よし、許されたかな。
まあ小説は文字だけだから実際に土下座してなくてもバレないんだけどねー、なんてことは心の内にしまっておくとしよう。言わぬが花というやつだな────え? 聞こえてるって? ……ナ、ナンノコトカナー。ワタシ、めたハツゲンナンテシラナイヨー……よし、ごまかせたことにしよう。露骨な話題転換のためにほかのトレンドをさがすとするかな────お、これはおもしろそうだ。
『異世界転生教なる集団があらわれ、日本各地で布教活動をはじめた』だってさ。『神に祈りを捧げれば必ずや異世界に転生し救われることだろう』というのが主な、というか唯一の教義らしい。投稿された画像には、駅前の広場やビルの屋上で天を仰いで祈りをささげる人たち──主にいい歳したおっさん──が写っている。
うーむ、信じるのは自由だけどちょっと無責任すぎやしないかね。もしも地球人みんなが入信して、全員がいっせいに転生したらどうなると思う? 七十億人の難民が押しよせることになれば、突然の食糧危機、治安の悪化や紛争の勃発、もうメチャクチャだよ。それに七十億人がひしめくさまはウジャウジャと虫がわいている様子を連想させる……うえぇ、想像したら気持ちわるくなってきた……。
『異世界転生教とUFO愛好家の間で縄張り争いが繰り広げられる』というのもあるな。異星人にSOSを送ろうとするUFO愛好家たちと、祈りを捧げようとする異世界転生教の信者たちが、絶好のポジションをめぐって殴り合いの喧嘩になるが、通報に駆け付けた警察官によって事態はおさまった。最終的に勝ったのは国家権力ということか。
お次はもっと身近なところに目を向けて、わたしの友人たちの動向でもさぐってみましょうかねえ。
『意中の彼に思いきって告白したらオーケーもらった!』だとさ。あーそれ、地球滅亡効果ってやつだから。地球滅亡の危機に直面したときのドキドキ感を恋と勘違いしてしまうというあれな。吊り橋なんぞの比じゃないくらい強力なやつだから、万が一地球が無事だったときに反動であっという間に破局が訪れるという、あの地球滅亡効果な。残念ながら、滅亡か破局かの二択しかありません。ご愁傷様です。
もうひとりは──『最後の時まで泳ぎ続ける』か、水泳が生きがいとか言ってたからな、納得だ……ん? 滅亡までまだ四時間以上あるんだよな。いつから泳いでるのか知らないけど、いったい何時間泳ぎ続ける気だよ! マグロか、マグロなのか? 泳ぎをやめたら生きていられないのか? いやいや、少なくともわたしの知る限りはヒトのはずだ。だったら来世はマグロで決まりだよ! いやまてよ、地球がなくなれば来世もへったくれもないか……じゃあ前世がマグロってことでいいよ!
まあ、なんにせよ、みんな青春していてすばらしいことだ。大いに結構──え? 他の友達はいないのかって? …………わかっていないなあ、きみは。友人は多ければいいってものじゃあない。少なくてもいい、心から信頼できる親友がいることが大事なんだよ──うん、いいこと言ったな。ありきたりなセリフだなんて思ってはいけないぞ。
そういうおまえはなにをしているのか、さっきからなにも描写されてないからちっともわからないって? しょうがない、教えてあげよう。夜の自室でひとり、ベッドに寝転んでポテチをつまみながらスマホをいじっているのだ。若人のみに許された甘酸っぱい青春の日々とは無縁なのさ。
ポテチをつまんだ指でスマホにさわるな? 潔癖症の人が卒倒するだろって? ご安心ください、潔癖症のみなさん。直接触れずにポテチを食べられる便利グッズがあるのでね。トングみたいなものでつかんで食べるから、脂ぎった指で画面がギトギトになることはないのだよ。
しかも寝る前にもかかわらず、カロリーを気にする必要がないから好きなだけ食べ放題ときた。なんて幸せなんだ。これでは手が止まらなくなるのも無理はない。地球滅亡も、たまにはわるくないかもな。
さて、時計の短針はもうすぐ十を指そうとしている。そろそろ寝るとしようか。わたしは早寝をモットーとしているのだ。そこは早寝早起きじゃないのかって? 痛いところをついてくるな。だが早起きはわたしの専門外なのさ。それに今回ばかりは明日の朝日を拝めそうにないしな。
──歯磨きも終わったことだし、寝るとしますかな。おっと、まだやり残したことがあったんだ。あやうく忘れるところであった。地球に感謝の言葉を伝えようと思っていたんだった。
地球さん、人類が長いあいだお世話になりました。いや、地球四十六億年だかの長い歴史から見れば、人類の歴史などゴミみたいなものか。それではあらためまして、短いあいだではありましたが、人類がお世話になりました。というかご迷惑をおかけしましたと言うべきか。わたしたちが生きてこられたのは地球さんのおかげです。そして太陽さんにも感謝しています。太陽さんがいなければあらゆる生物は生まれなかったことでしょう。本当にありがとう。
これで心残りはなにもないな。今度こそ寝るとしよう。おやすみ、よい夢を……。
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