第104話 ウチの、昔の話④

 あー、もうそろそろ外も暗くなってきましたね。お話、長くなっちゃってすみません。今関係ないところは、はしょりますね。


 まー、そこから数年の時が経ち何やかんやあってウチはギフトと一緒に仕事をすることになったわけです。


 え、省略しすぎ? い、いやいや、本当に今は関係ないところなんですよ、この部分は。ほ、本当ですってばぁ!


 あと、ライデンちゃんは特に妙な勘ぐりをなされてるようですから先に言っておきますが、ウチはギフトをそういう対象として見てません。これに関してはキッパリと申し上げておきます。年下なのはまだ良いですけど、性格までちょっと子どもっぽいのはウチの好みではないので。


 ……失礼、話がそれました。ともかくウチはそれから職場でまぁまぁ働いて、まぁまぁの地位に就くことができたわけです。意外と仕事との相性が良かったみたいで、何とかギリギリ一生分ぐらいは稼ぎました。


 ある日のことです。その日は珍しくギフトが別行動でウチがソロで仕事に行ってたんです。その帰り道で……。


『おや、これはまた懐かしい顔だ』


 一人の男に話しかけられたんです。黒いシルクハットとスーツ。片眼鏡。白い長髪。妙に特徴ばかりある男で、一度会ったら忘れるはずもない風貌でした。だからこそ、人違いではないかと思っていたのです。肩に止まった鳥を見るまでは──。


 その鳥は妙にカラフルで、頭は元々の皮膚なのかアクセサリーなのか、鎧を被っているように見えました。今でもありありと思い出せます。あの女が飼っていたのと同じ鳥でした。


 ウチは一瞬、思考が停止しました。それでも、ただ鳥の種類が同じなだけだと考えて『どちら様ですか?』と問うたんです。


『あれほどまでに残酷なことをされたにもかかわらず、お忘れとは! あなたは、なんと優しく! なんと薄情なのでしょうか!』


 それなら、こうしましょう。呟いた男の体から魔力が漏れ出します。ウチは反射的に嘔吐おうとしました。服装どころか性別まで変わっていますが、小さいころの、あの時のウチが間違いないと心の中で叫びます。


『ああそうか、姿が変わっていたからお気づきになられなかったのか。ふふふ、ちょっとイメチェンしてみたんですよ』


 ウチは男を睨みつけながら、腰に携えた刀を握りました。


 間合いです。いつでも斬れます。覚悟も決まっているはずです。しかし、手はなかなか動きません。


『おおっと! 早まってはいけません! やめたほうが良い! 今のあなたには立場も、幸せな生活もあるでしょうに!』


 奇しくも、男の命乞いをするような言葉で気づきました。今のウチには、仲間がいます。平穏な暮らしがあります。ここで男を殺せば、それらはきっと戻って来ない。場合によっては死刑もありえましたから、ならず者の集まりとのウワサが流れるドノカ村に逃亡することも視野に入れなくてはなりません。


 過去を忘れて、見なかったふりをし、この男と何事も無かったかのようにすれ違うだけでウチの今は、未来は守られます。


 しかし、できません。平穏と、お昼寝と、だらだらすることが何よりも好きなウチでも我慢ならないことは、あるんです。その時になるまでウチ自身でさえ気づいていませんでしたが、それらを天秤にかけてでも倒したい敵がいたのです。


 一つ深呼吸をします。もう、大丈夫。


『どうか賢明なご判断を! ワタクシは、あなたのためを思って──』


 一閃。


 確かな手ごたえがありました。男の首をはね、ウチは不謹慎ながらも何か呪縛から解放されたような気分で、ホッと一息吐いた──はずでした。


 しかし──喉からせり上がってくるのは安堵の息では無く大量の血でした。目を落とすと、ウチの胸のあたりが横一文字に裂けています。


『ああ──だから、やめたほうがいいと申し上げたのに』


 暗闇の中に男の薄ら笑いが浮かんでいます。でも、ウチの一撃を受けたにもかかわらず、その首と体は繋がっていました。


『ふっふーん♪』


 男は鼻歌交じりにウチの胸の裂け目から手を突っ込んで無遠慮に中身をかき回します。


『あぎっ、あがっ、いだいいだいいだいやべでやべでぐだざいおねがいしまず』


 何回……何回思い出してもダサ過ぎてホントしょーもないんですけど、殺そうと思ってた相手から反撃を受けて──痛いからやめて、なんて口走っちゃったわけです。


『んーふふー……あー、こういう構造になってるわけですねぇ。今のワタクシでは無理だな、これは。だからムカつくんですよぉ、ジールって』


 ──ま、覚えるだけ覚えておきますけど。


 そう言って、やっと──実際の時間は数十秒だったのかもしれませんが──男はウチの胸から手を引き抜きました。


『いだ……?』


 同時に胸の傷も痛みも、すっかり無くなっていました。


『傷は治しておきました。別にワタクシは、あなたに死んで欲しいわけではありませんのでね。お召し物のほうはサービスです。血やら何やらが色々漏れ出ていたようでしたので、綺麗にしておきました』


 最低なウチは、まず何より命が助かったことを喜びました。あまつさえ、その男に一瞬感謝しかけたぐらいです。


『オヤ、以前もありましたねぇ、こんなやり取り。……どうです? ワタクシ、いくつかお楽しみ企画を考えているのですけど、何かと人手が足りませんで……』


 男がウチに手を伸ばします。きっと、この人の味方でいるうちは安全だと、すっかり屈服してしまった小さいころのウチがささやきます。


 でも、その時のウチは──逃げました。そこまで堕ちたらどうなってしまうのだろう、という恐怖が、情けない話ですが最後の砦でした。


『どうかご健勝で! また興味が湧いたら──迎えに行くかもしれません』


 全速力以上で走るウチの背中に男の声が降りかかります。きっと、あの日と同じように口だけの笑みを浮かべていたに違いありません。


 それからウチは職場で使い物にならなくなりました。最初は刀も握れなかったんですが、そこは矯正してもらいました。


 ですが、いざという時に手が震えます。攻撃をしたら、またウチの胸が裂けるんじゃないか、って。


 ウチは、仕事をやめました。別の部署に席を用意してくれるなんてお話もいただいたりしちゃってたんですが、もともと怠け者でのんびり屋のウチに今まで以外の仕事が務まるとも思わなかったので辞退させていただきました。


 まぁ、本当は逃げたかったんだと思います。グランセントラルからずっと離れたドノカ村に来たのもそういう理由があったわけですから。


 とにかく──ウチはもう戦えません。戦いたくありません。痛かったのも、死にそうになったのもそうですけど──無様に負けることが、何より怖いです。


 本当に長くなってしまってすみません、これがウチが聞いて欲しかったことの全てです。

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