第48話 名? 探偵と……

「は……め、めい……?」


「だから、名探偵だよ。二度言わせるな……いや、何度言ってもいいな。いかにも、当方とうほうは名探偵エレガンス・ホーティネスだ」


 黒く長い髪を持つ幼女は、手に持つパイプをペン回しの要領で器用にもてあそびながら、誇らしげに言う。漆黒のような瞳のくらさに反して、仕草も表情も豊かなものだった。


「当方を呼んだからには、解明して欲しい謎があるのだろう?」


「え……あ、あの……?」


「さあ、当方が推理すべき謎はどこにある?」


「推理……というか、謎解き……と呼ぶにも稚拙ちせつな内容じゃが……それっぽいのは、ついさっきワシがやってしまって……」


 拓人は黒髪の幼女……エレガンスが放つ妙なプレッシャーさらされ、変な釈明をしてしまった。


 ちなみに、拓人の言う『それっぽいの』とは『アイスの真の目的、能力』と『魔術は心と連動している』という事実にたどり着いたことを指す。


 ──そういえばアンとレジーが言っていた……エレガンス・ホーティネス。通称エレン。確か、得意魔術は……。


「ああ、もう説明しなくていい。勝手に『見させてもらう』」


 エレガンス……エレンはおもむろに拓人の前で手をかざす。


「【当方見聞録プライベート・ファイリング】。タクト・レンドーの記録を閲覧する」


 エレンの手の先に現れたのは、光の膜だった。


 それは、神と二人きりだった世界で拓人が触れたものに似ていた。確か、使い勝手はタッチパネル付きの電子機器のようなものだった、と思い出す。


「ええっと……アン・フューリーもレジー・アイドルネスも戦闘不能。洗脳魔術の使い手アイスキャロル・ドライプライドとその臣下たちに囲まれ、絶体絶命こりゃもうダメだという状況で自信満々に当方を呼ぶ……って、おいおい、おいおいおいおいおい!」


 エレンの登場したばかりのクールな印象はだんだんと薄れ、その顔には冷や汗が浮かんでいた。


「貴君は、脳みそおバカなのか⁉︎ なぜ、こんなどうしようもない状況で呼びつけるのが当方なんだ⁉︎ ラブでも、ビンジでも、ジェラスでもよかったのになぜッ⁉︎」


 ラブ、ビンジ、ジェラスというのが、まだ見ぬほかの『女神ミューズ』であるということを文脈の流れから何とか察しつつ拓人は、しどろもどろになりながら返答した。


「そ、そんなこと言われても……」


「今からでもいい! 気合いで他の連中を呼び出したまえ! さもないと……」


「さもないと、どうなんだよ?」


 声がしたほうに拓人とエレンが顔を向けると、そこには余裕しゃくしゃくな態度のアイスキャロル・ドライプライドがいた。


「なんか計算違いがあったみてぇだなぁ。それも『超』がつくほど、どマヌケな!」


 冷静さを欠きつつあるエレンとは反対に、アイスのほうは先ほどの慌てぶりから一転して、すっかり落ち着いている。


「他人の記録を見る今の魔術……なかなか使えそうだが、どう考えても戦闘向きじゃねぇ! 少なくとも、他に攻撃役がいなきゃ意味ねぇんじゃねぇの⁉︎」


「え、嘘じゃろ……そんなはずないじゃろ?」


「いいや、彼の推理は当たっている」


 エレンは拓人だけに聞こえるように小声で言った。


 『小声で言った』という事実が拓人を絶望させた。今の発言が相手を油断させるための嘘、という可能性が見事に切り捨てられたからである。


「当方の魔術は、他人の経験や能力を文字に起こして閲覧する力。攻撃や防御を行う機能は、まっっっっっったく持ち合わせていない。つまり、当方を単身で呼ばれても困るのだよ」


「困ると言われても……」


 それは、拓人も同じだ。まさか、覚悟をもって呼び寄せたのが非戦闘員だとは。


 このピンチを乗り切れるという絶対的な自信があったはずなのに。あれは嘘だったのか、ただの慢心だったではないか、と一分前の自分を疑いたくなる。


「こうなってしまえば、残る手段は一つだ……」


 神妙な顔でエレンは、そう言った。持っていてくれ、と言わんばかりに握っていたパイプを拓人に差し出す。


「それは一体……?」


「決まっている」


 凛々りりしい表情のままエレンは続けた。






「助けをうしか、あるまいよ」






 パイプを受け取った拓人が「は?」と言う暇もなく、エレンは声を張り上げた。


「おねがいじまずうううううう!!!! 命だけは! いのぢだげばおだずげぐだざい!」


 最初に見せた探偵然としたおごそかな雰囲気は、とうとう雲散霧消した。


 今のエレンの顔は、涙に鼻水にそれはもう酷いもので、転んで泣いている時の幼稚園児と大差ないか、もしかするとそれより悲惨だった。


「作法がなってねぇ。平伏へいふくしやがれ」


「ははーッ!」


 エレンはアイスに言われるままに、彼に向かって土下座した。従順なること犬のごとし。


 ──お前さん、プライドというものはないのか!


 怒りと呆れの混じった感情で拓人は、自分のほうに向けられたエレンの尻を半ば軽蔑するように見下ろした。


 その無様さは、彼女を単身で呼び出したことに対する負い目を忘れかけさせるほどだった。


「てめぇ、さっきの魔術以外で何ができんだよ?」


「ま、魔術は先ほどお見せしたものだけですが……」


「そうじゃねぇよ。魔術以外の特技とか、なんかあんだろ」


「そ、速読なら、できます! 三百ページ程度の本なら十秒もかかりません」


 拓人はびへつらうようなエレンの声色と態度に対し、すでに嫌気が差していた。だが、その原因が自分に似ているからだとわかると、口を挟むのもなんだかはばかられた。


 ──レオ王に対して、戦えない、と言った時のワシもこんな風に見えていたのかもしれんな。


 恥知らず、と言いたくなる気持ちもわかる気がした。


「なるほどな。記録を読む魔術と速読……なかなか相性が良さそうだ。よッし、一足先に俺サマの世界に迎え入れてやるぜ。さぁ、握手を……」


 そう言いながら、アイスは例によってエレンに右手を差し出した。


「は、はい……」


 立ち上がり、すぐさま握手に応じようとするエレンを見て、拓人は今度こそ彼女を止めようと、声を上げるところだった。いくらなんでも洗脳されることだけは止めなくてはならない。


「待てッ……!」






 ……しかし、心配は不要だった。エレンが握手のために差し出されたアイスの手を思いっきり引っぱたいたからだ。


つうッ……! てん……めぇ!」


 反射的に繰り出されたアイスの蹴りをエレンは、ひらりとかわす。その顔には、涙も鼻水も貼りついたままだったが、元の落ち着いた雰囲気が戻っていた。


「きゅ、急にどうしたんじゃ? お前さんはヤツに魂を売ったのではなかったのか⁉︎」


「先入観だよ、それは。確かに当方は『助けを乞う』とは言ったが、


 戸惑う拓人に、エレンは怒り狂ったアイスの闇雲やみくもな攻撃をかわしつつ冷静に答える。


「熱烈な面接をしてくださっている王に対して、もう一つアピールポイントをば。当方の魔術【当方見聞録】は対象から読み取った記録を表示、保存、複製するだけのシロモノだ。術者であっても改竄かいざんは許されない……」


 口元にかすかな笑みをたたえながら彼女は続ける。


「だが、記録の『表示の仕方』にはなかなか融通ゆうずうが利いてね。辞書のように詳細にしたり、逆にロンドンタイムズの見出しのように簡潔な事実だけを表示させることもできる」


 それがなんだと言うのだ、拓人もアイスもそう思った。


「『彼』は空を飛ぶ能力を持っているんだろう?」


 事情がまだ飲み込めきれていない拓人には、脈絡のない質問に思えた。だが、エレンの言う『彼』という人物には一人だけ心当たりがある。


「と、どうしてそれを……」


「言ったはずさ。特技は速読。貴君がこの世界に来てからの記録は一通り読ませてもらった。のっけから災難だったね、同情するよ。だが『彼』と出会えたことは幸運だった」


 エレンはウンウン頷きながら、一人で納得している。その表情は真相をもったいぶって教えない探偵のそれだった。


「『彼』の仲間は言った。貴君が奪われれば自分たちの仕事は、更に達成困難になる、と。その発言を思えば『彼』とその仲間は突然いなくなった貴君を血眼になって探してくれている……そう思わないかい?」


「そうかもしれんが……」


「少なくとも、空を飛べる『彼』は上空から当方たちを捜索してくれているだろう。地上は他の二人に任せればいいんだからね」


「さっきから何をワケわかんねーことをごちゃごちゃと!」


 エレンは先ほど握手をしようとしていた手から繰り出されるパンチを紙一重でかわしながら、相変わらず落ち着いた様子で言った。


「だから、さ。記録の表示の仕方は融通が利くんだよ……今も表示させてもらっているんだ。この王宮の屋根の上に。ひどく簡潔で、ピッカピカに光る……『超』がつくほど、どデカイやつを、ね」


 そうして天井を指差す。


 見えるはずもないが、拓人とアイスは思わず視線を上に向けた。


 彼らの見る天井を隔てて、王宮の屋根の上。そこには、ゾウの寝床よりもずっと大きな光の膜が浮かんでいる。その膜のスペースをいっぱいに使って実に簡単なメッセージが、一字一字はっきりと記されていた。






『タクト・レンドーはここにいる!!! 超ピンチだ!!!』






 ──そのメッセージを一人の男が確かに受け取っていた。


 テンガロンハット風の帽子に、無精髭ぶしょうひげ、顔から下を薄衣のマントで包んだ『彼』の姿は、さながらカウボーイだった。そんな出で立ちの男がそのメッセージをにらみつけるように見下ろしている。


「空を飛べる『彼』なら、見えるはずだよ」


 エレンがそう言ったのと、天井に穴が空いたのはほとんど同時だった。もう次の瞬間には、拓人とエレンのそばにその男は立っていた。


りぃ。ずいぶん遅くなっちまった」


  『彼』の名は、ギフト・サンフレア。


 その名の通り太陽のように輝き、炎のように燃え盛る男である。

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