第23話 ホテル・ドミネイター④ Guest room 203

「なァんか、落ち着かねえなあ」


 落ち着きのない男、ギフト・サンフレアはせわしく自室を歩き回っていた。


「ルナもビットも、もう一チームのヤツらも帰ってこねぇ。なに手こずってんだか……」


 寂しい男のお供は蚊一匹だけである。ビットの魔術【軍蚊静勝インペリアル・モスキート】によって作り出されたものだ。


 大きさも、魔力も、羽音も微小であるために、相手に気づかれないまま蓄えた薬や毒を打ち込むことができる。ゆえに『静勝』。静かに勝つ……なのだが、今はリラックスタイムであるのか、ギフトの顔の周りをプンプンと小うるさく飛び回っている。


「ったく、いくらオレ様を止めるためとはいえ、毒打ち込むか、フツー?」


 拓人たちとの戦いの途中で、ギフトを気絶させ真っ逆さまに落としたのも、この蚊である。


「お前のせいで、オレ様は痛い思いをしたんだぞ……っと」


 ギフトは蚊をデコピンの要領で弾こうとしたが、軽やかに避けられる。ついでに血を吸われた。


「やーめーろー!」


 この蚊は吸った血を毒に変質させ、攻撃手段とする。だから、血を吸う理由はわかる。だが、吸われた箇所がかゆくなるところまで再現しなくていいだろう……ギフトは、そう思いながら吸われたばかりの頰を少しかいた。


「もー、タクトさんたちの部屋に遊びに行くかなー。うん、それがいい。護衛的な意味でも、暇を紛らわす意味でも、そっちのほうが良いに決まってらぁ。この部屋はルナが作った魔力障壁に包まれてるわけだし、オレ様が番をせずとも盗人が入ってくる心配なんて、ない。ないよな?」


 ギフトは自分に言い聞かせるように呟いた。


 魔力障壁は、込められた魔力以下の他の魔術に干渉された時、それを減衰、もしくは無効化する力を持つ。この世界での『盾』や『鍵』の役割を果たす存在だ。ギフトはド下手くそだが、ルナはこれを作るのが抜群バツグンに上手い。


「ルナの魔力障壁は、なかなかの強度だからな。そんじょそこらの壁抜け魔術師にゃ、逆立ちしたって破れねえ」


 ギフトは一つ一つ拓人の部屋へ遊びに行くための言い訳を並べていく。すでに心は決まっているのだけれど。


「捜査の報告書……ぐらいは貴重品だし、持っていくか」


 机に無造作に置いてあった自分の報告書を束ね、職場で支給された黒く頑丈なカバンに詰め込む。自分のファッションセンスには合っていないと感じつつも、使い勝手がいいのでギフトはこのカバンがなかなか気に入っていた。


「よっし、準備オッケー。さーて、タクトさんたちと何するかなー? 前にいた世界の話とか聞きたいなぁ。それと、神様のことについてもっと詳しく教えて欲しいね。なんたって……」


 カバンを肩にかけたギフトは、期待を膨らませながら呟いた。


「転生者が来た、なんて話は聞いたからな!」

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