幼女7人と異世界で無双するはずだったワシ(元79歳オタク)、神の手違いで弱体化されてしまう。じゃが、色んな意味でもう遅い〜ワシも幼女になっとるし何コレ〜

犬鳴つかさ

序章 老人と全知全能ではない神

第1話 老人と全知全能ではない神 前編

 老人は、幼女になっていた。


 すっかり脱力した体を大柄な二人の男のうちの一人に荒っぽく担がれながら、どこへともわからない場所に連れていかれようとしている。


 ──どうして、こうなってしまったんじゃ。ワシが望んだ異世界転生は、こんなものではなかったはずなのに──。






  20XX年。一人のさびしい男の人生が、幕を閉じようとしていた。


 男の名は連堂 拓人れんどう たくと。歳は79。がんおかされた体は、すでに宣告された余命を過ぎた。


 ──がんばったほうだ。


 自分に言い聞かせながら、力なくまばたきした。ぼやける視界が迎えの近さを感じさせる。


 人畜無害じんちくむがいな生涯を送った。喜んだふりをしながら働き、陰で泣き、人並みに弱音を吐いたが、人並みに幸せだったかは、わからない。結婚はしなかった。


 意外にも唯一生涯続けたのは中学時代から始まった『趣味』だった。昔は「好きな娯楽ごらく」なんて年をれば自然と変わるものだと考えていた。自分も老後は祖父母と同じように将棋を指し、盆栽ぼんさいでも育てるのだろう、と。


 だが、死ぬ間際まぎわになってみると自分と祖父母の娯楽が違ったのは、単なる世代の違いが原因かもしれないとも思えてくる。


 悔いはない。ライトノベル、マンガ、アニメ、ゲーム、フィギュア、ポスター……数々の生きた証達に囲まれた部屋で拓人は、肺を痛めながら嘆息たんそくした。基本的に貧しい生活をしていたので、みな中古品だが買って後悔したものは一つもない。


 薄れゆく意識の中、よぎる願いは一つだけ。


 そのジャンルを好む者なら、一度は体験したいシチュエーション。もし、第二の生があるのなら──。


「異……せかい……転せ……い、したい……のう」


 連堂 拓人、末期まつごの言葉であった。










 拓人は気がつくと真っ白な世界にいた。


 遠近感も、今が昼か夜かさえわからない。平時であれば気がおかしくなりそうな空間だが、不思議と心は落ち着いていた。


「ここは……」


「やあやあ、ようこそおいでなすったね。連堂 拓人くん。立ったままでの話はなんだから、どうぞ座ってくれ。あぐらをかいてもいいし、なんなら寝そべったっていいんだぜ?」


 背後から声がする。振り返った彼は思わず「ほう」とため息を吐いた。


 そこにいたのは、可憐かれんな少女だった。豪奢ごうしゃな椅子の肘掛ひじかけに頬杖ほおづえをつきながら、足を組んで座っている。


 驚くべきは、その少女がイラストやアニメーションの世界から、そのまま出てきたような姿形をしていたことだ。


 三次元の女性ではないその人は、不気味の谷を越えて少しの違和感もなく、拓人の目の前に現実のものとして鎮座ちんざしている。


「驚いたかい? この容姿、声質、口調はキミの好みにピッタリだろう? 僕は相対あいたいする人間の嗜好しこうを読み取り、姿を変質させる……まあ、サービスみたいなもんだね」


「えっ、ワシの嗜好ですか?」


「そうだよ。もっとあからさまに性癖せいへきと言ってあげようか? 時間なら掃いて捨てても、まだ有り余る。肢体したいのすみずみまで、じっくりごらんになってはいかがかな?」


 その言葉に促されたわけではないが、拓人は少女の様子を観察した。


 裾の短いネグリジェ風の服から伸びているのは、ほとんど生脚だ。組まれたそれは長くはないが、同時に太くも細くもない。からすの羽のように黒い髪は、今まさに風呂から上がってきたかのようにつやめいている。


 目は……とそこで拓人は観察をやめた。見れば見るほど、自分の心をのぞき見ているようで羞恥しゅうちの念が押し寄せてくる。


 しかし、嗜好を反映していると言っても幼すぎないだろうか。ワシはロリコンではないんじゃが……と、拓人は少し気分を害した。


「鑑賞タイムはもう終わりかい? つれないねえ。まあ、それなら事務的な話に移ろうか。事務的なの、嫌いじゃないだろ?」


「と、言いますと」


「君は死んだ。まず、そのことから思い出そうか」


 その言葉を皮切りに、拓人は自分の死を思い出した。そして自身の置かれた状況を少しずつではあるが理解し始める。


「では、ここは……」


「ここは神の世界だよ。君の目の前にいる僕こそが神だ」


 その言葉は違和感なく、拓人の心にすべり込んだ。驚くべきこと、もしくはひどく胡散臭うさんくさいことなのに、平然と受け入れられる。


「いちいち驚かれたり、疑われたりしちゃ文字通り『話にならない』からね。『この世界に来た者は精神が落ち着き、かつ僕の言葉を疑わないようになる』と僕が設定して、この世界を作ったのさ」


 理屈はよくわからなかったが『世界を作った』という少女の言葉には不思議な説得力がある。拓人はすでに少女のことを神だと信じ始めていた。


「それに、ほうら見てごらん。今のキミの姿を」


 そう言って神は、拓人の目の前に一枚の鏡を出現させた。


「お、おお……」


 見ると、拓人の姿は高校生ほどに若返っていた。それも実際の高校時代より血色が良く、ルックスも心なしか美化されているような気がした。


「死の直前の年齢だと、しゃべるのも苦しいだろうと思って。勝手にゴメンね?」


 片目をつぶり、片手で謝る神に拓人は恐縮きょうしゅくする。


「い、いえいえ、むしろお礼を申し上げたいぐらいです……しかし、神様が全知全能だというお話は本当だったのですな」


「ああ、やめてくれよ。よくある勘違いなんだ、それ」


 神は鏡を消してから、ひたいに手を当ててため息をいた。もしかすると、こういう一挙一動にも自分の好みが反映されているのだろうか、と拓人は途方とほうもないことを思う。


ぼくは世界を作ったり、壊したりするのは容易たやすくできるんだ。悲しくなるぐらいにね。逆にちょっぴりだけ介入することは、とても難しい。例えば──


 冷徹傲慢れいてつごうまんな王をらしめたり、


 眠れる獅子ししを起こしたり、


 なやましき修道女を介助してあげたり、


 嫉妬しっとに苦しむ審判者を呪縛から解き放ってあげたり、


 食欲を必死に抑えているあの娘を幸せにしてあげたり、


 今はどこにいるかもわからない醜悪しゅうあくしたたかな欲のかたまりを打ち倒したり、


 自分を含めた世界全てに怒りを向けるあの人を救ってあげたり、


 ──とかね。そうやって、ちょっとした危機から世界を救うことは難しい。僕にしてみれば、世界は『石けんの泡』だね。こすれば生み出され、つつけば消える」


 なるほど、と拓人はうなずくが、やっぱりわかったような、わからないような感覚におそわれる。


「前置きが長くて申し訳ないね。本題に入ろう。君には3つの選択肢がある。


 ①天国に昇る。


 ②天使となって異世界に転生し、生活する。


 ③地獄にちる。


 君の人生はこの贅沢ぜいたくな三択を選べるほどに立派なものだった。誇っていいと思うよ」


「天国や地獄……そ、そして異世界というものは本当にあるものなのですか」


 拓人は素直な疑問をそのまま口にする。異世界、その言葉を神から聞くだけで心が震えた。


「あるある。オススメは断然ダンゼン①だね。これを選べるのは、君が善人だった証拠だ。平和な世界で悠久ゆうきゅうの時を過ごすことができる。③は、たまに天国に行ける境遇でも地獄に堕ちたいって言う真面目すぎる人がいるから、一応提示するだけさ。気にしないほうが良い」


 どうやら、この神にはもったいぶって楽しむくせがあるようだ。拓人はそう確信した。


「で、では、②番は」


「ここではないどこか、みんなのあこがれる剣と魔法のファンタジーな異世界へご招待。そこで新たな生を受け、死ぬまで過ごす。そして、死んだ後はこの世界に舞い戻る。ただし、その時にまた①と②が選べるかは、転生後の世界での行い次第だね」


「天使として、というのは?」


「②を選んで異世界につかわされた者を便宜上べんぎじょうそう呼んでいるだけだよ。深い意味はない。それと、死んだらこの世界に戻るとは言ったけど、よほどの間違いがなければ寿命以外で死ぬことはないから安心したまえ」


「それはつまり……」


「話が早いね。転生が決定すれば、お待ちかねの能力スキル選択タイムだ。不幸な事件や事故で死なないようバリバリに強くなってくれたまえ。では、まず君の生前の行いに応じて神ポイントを付与しよう」


「ポイント制⁉︎」


「それで購入できるスキルを好きなだけ持っていくといいよ」


 この世界は人間を落ち着ける作用がある、と神は言った。それでも、き上がる。満ちあふれる。精神まで若返ったかのような心の躍動やくどう、そして感動。


「ありがとうございます。ワシを生まれ変わらせてくださって」


「よし、②番で決まりだ。……というか気が早いね。生まれ変わるのはこれからだよ」


 神は優雅ゆうが仕草しぐさで脚を組み替えた。


「さあ、君の第二の生をデザインしよう」

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