第2話 航路

 そうして私達南部家御当主南部伊万里と私遠い縁戚綾辻莉恩は、5月3日金曜に結納を済まし、5月4日土曜日に婚礼し夜通し朝方迄祝宴は続いた。二人になる時間も何も皆盃を合わせてばかりで、南部家中の7割は酒の海に沈む。私は杜氏なので所謂ウワバミで、終宴きっちり迄警備方に無事労をねぎらった。

 そして5月6日月曜の就任式の前に、八戸市役所南部出張所に二人揃って出向き結婚届け出して、私は南部莉恩として南部家の嫁入りし逃れられなくなった。


 逃れる機会は一度だけあった。即ちの5月7日火曜の新婚旅行、横浜港出発の日本名教会巡りの日本一周旅行の豪華客船喜望峰Ⅱに乗り込む為の新幹線途中で下車して逃走しようかだった。伊万里さんは未だ酒が入ったままで体を交わしてしない。

 そして随行員にして世話役が2名も付けられた。共に武者の30代女性歌川春登さんに20代やっとの吾妻惟任さんで、席を離れようものならその都度同伴され、ここはお先にと徹底確認されては、お役目ご苦労様ですの終始。


 そして、郵船総合商会の5万トン豪華客船喜望峰Ⅱは横浜港を出発し12日間いや八戸港下船で10日間の濃密日程に入った。この乗船し寛いだ時点で、逃げようとか、伊万里さんと先々とか、南部家の家格とはどうでも良くなっていた。充てがわれた部屋はスイートの存分の見晴らしで、デッキに都度出ては吹き合う潮風に酔いしれた。

 伊万里さんはロイヤルスイート申し出たが、撫子さんが上流階級フロアは何かと根疲れするからと、結局は4人分のスイート総額500万円を気前良く自腹で出してくれた。


 ただこの晴れがましい新婚旅行も、若さ故の障壁はあった。伊万里さんと私は、25才にして手ほどきが初めてだったからだ。実姉一純からは、若いからガシガシ行きなさいを本気にした。伊万里さんは女性周りは豊富かと思いきや、第二血統迄は修行怠らず純潔であるべしと厳しく育てられたと。初夜は何となくシーツが点々と赤くなっただけの気まずさが残り、その後何と無く唇に触れ体には触れるだけの日々になる。

 ここで御伽指南としても付けられた春登さんに、赤裸々に相談するも。


「まあガシガシも合ってるけど、結局ここ迄痛いでしょう、莉恩さんの脛それとなく痣になってるし。そう最初はかなり大切、男性は力づくでもそれは立つけど、そういうの30代後半になるとガクンと落ちて、側室が有ったとして御家存亡になるよね」

「それでは、どうすれば、そういうhow-to本有りますよね」

「無いわよ。そんなの5つトランクが何かの拍子でパンと開いて、大股びらきがちらなら、一流アテンダントでも照れて答えようが無いでしょう。兎に角、男性自身はそっと丁寧に反らせて、果てそうになったらその前に会話で持たせるものなの、回数では無く充足感よ。まあ私は私で惟任の床初めで、これでも悩ましい訳よ」


 私と春登さん、共にこの旅行で女性としての悩みは付きまとう。私はこの機会での待望される懐妊であろうし、春登さんは摂理ならではの修羅が付きまとう。

 玄鬼も虚像としては、色香がやたら立つ女はいる。日本国有史の中で、その罠にはまり多くが命を落とした。

 摂理はそれを避けるべく、20代初めの頃に床初めを行い、後顧の憂いを打ち払う。男子も女子も然るべき婚姻の無い世話人で色恋の深みを大いに学ぶ。現に同行した惟任さんは、腰の重心が自然と深くなり然るべき武者に近づいている。そして春登さんに聞いた。


「とことん深い所迄一緒に体を重ねても、時機を迎えてのお役目御免があるのは辛く有りませんか」

「そうかな、摂理は所以有って死に別れ多いから、それにも慣れないと。とは言え男女の交わりはとても得難い縁。私はこれ迄悪ガキ男子2人を頂いたけど、新たに子宝に恵まれたら、これまた何と無く結婚しちゃうのだけどね。都度思うよ、今度こそ死なないでねって」


 春登さんはただ微笑むも、その切なさは深く、ただ察するしかなかった。玄鬼の死闘で日々悼むのは、この日本国の安寧を願えば、それは後回しにせざる得ない。摂理の家系に生まれるとは、成すべきお役目が有っての事だから。



 喜望峰Ⅱは順調にクルーズし、特に長崎2日滞在の本土離島を含めた教会巡りは、ただ敬虔に服した。摂理の基盤はキリスト教来日で教義により仔細を極め、確固たる慈愛集団になった。歴史のキリスト教弾圧で、現在は摂理三家の南部家・里見家・鍋島家に集約されたが、昔はそれなりの摂理の拠点はあったらしい。



 そして、その凄惨な事件は、6日目の日本海クルーズ中の喜望峰Ⅱのスタンディング仕様のオペラホールのオールウェイズウェディングセレブレーションで起った。

 壇上には結構な数の新妻総勢30名が揃い、私だからこそのむせ返える程の色香に辛うじて二本足で立っていた。

 そして私にルーレット大会の弓矢が渡された時、髪の毛の焼ける臭いがホールに香り立ち始め、自然に鼻頭に触れた瞬間に、全照明が落ちた。

 幾つかの悲鳴と胃液を吐いた嗚咽音と鋭利に擦れる音が劈き、振り散った血液が私のシャンパン色のイブニングドレスにも着いた筈だった。


 その時間は3分程で、鮮烈に照明が戻ってきた。その光景はただ凄惨に尽きた。オペラホールの各所では華麗なイブニングドレスを引き裂かれ胸も露わになった女子が倒れ、一刀両断にされた下半身剥き出しのおっ立った玄鬼43人が息絶えていた。何よりは血しぶきを受けた伊万里さん・春登さん・惟任さんがいつの間にの日本刀を下ろし、私に役目を果たしたの視線を送る。

 私は溜め息混じりに全てを理解した。今回の撒き餌クルーズは執政南部撫子さん持ち込みの私達夫妻のお披露目に相違無い。この手筈の良さも摂理の応援組織純真の手際ならではだろう。現に壇上の玄鬼に華麗なイブニングドレスを引き裂かれた新妻は手際良く衣装を仮押さえして、壇上を全く意に介さず降りて部屋に戻って行った。そしてオペラホールは人が捌けて、客船スタッフが玄鬼を黒の遺体袋に慣れた手付きで投げ込んで行く。



 私達夫妻が合格かどうかは、その8日目の新潟港を出港した後に、オペラホールの全てが拭われ催し物が仕切り直しになった事で、及第点ではあったらしい。

 そして下船すべき八戸港に降り立った時に、乗員客員総出の勢いでデッキからそれは長く別れを惜しむ両手を振られた。

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