この花咲くや -twists and turns-
判家悠久
第1話 儀事
2002年、この年を以って平安が漸く明けた1202年の玄鬼滅亡から800年の大節目に当たる。
玄鬼とは人間の成りに近い俗物で、伝承に漏れ聞く鬼の大派閥を形成する。私達は幼い頃より学び舎でその忌むべき鬼の教育を、徹底的に詰め込まれた。
現在も何故か。玄鬼は編纂紙では滅亡した事になっているが、時の政権平家の陰日向となり暗闘しており、平家没落と共に単に京及び畿内から離散しただけだからだ。
長らく続く源家が何故に玄鬼根絶やしに出来ないかは、政権慣れしていない武者の源家が朝廷対策に掛かりきりで、固い口留しか術が無いからだ。これが慣習となり引き継がれ今日の日本国には、玄鬼がいない由々しき事態だ。
由々しきは、鬼は鬼の宿業を持って民衆の人食及び拐かしで、大きな害を齎し、生活の多くを苛ませている。その不幸の多くは、玄鬼の存在がただ不在で、何故こうも残忍な関連事件と憤らせている。
それならば、玄鬼の存在を明らかにし追討すべきも、世界中の警察機構を駆使しても、誰彼が玄鬼で倒すべき相手かさえも見失っている。これは古の事からで有り、今更是正は出来ない。
ただ、たった一つの術は有る。玄鬼討伐三家による残党狩りで駆逐して行く生業だ。手記上、それは摂理と付記され、その一家がこの南部家家中にあたり、節目節目で一切の情け無用と手解きを受ける。
私が初めて幼く決意をしたのは、1992年の南部所領南部八戸御宿公儀場での大徳会での事だった。南部家家中総出で、玄鬼討伐すべしの勅命が下された。
この時点で南部家中の武者勢力は日々の討伐で1/3が天に召され、私の父も遺灰でやっと帰って来た。涙が出なかったのは、まだ死に対する認識が薄く、家族も公儀が全てで何れ怨敵を葬るで涙が出る事もただ憚られた。
それから2002年5月1日の春たけなわに摂理大結束会は執り行われる。
この頃には私は25歳を迎え、特にこれと言った奥義を持つ訳では無いので酒蔵の南部杜氏所に励んでいる。時代の変遷有りきで、杜氏所は女人禁制の時代もあったが、多様性の試し作りから南部上家の試飲会でより芳醇から、男女の隔ては無く認可された。その分容赦の無い徒弟制度が組まれ、私達直属の育成組は嫌が応にも成長を促された。今更玄鬼何れと本末転倒の有様だが、それはいざの摂理大結束会で凍える程の冷水を浴びる事になる。
摂理南部家の執政役長女南部撫子様が得々と語る。
「未だ以って、玄鬼と摂理は一進一退の極みです。即ちこれは組織膠着を指し大いに省みないといけません。まずは南部家当主南部伊万里の佇まいを整えるべく、明後日5月3日金曜に結納を済まし、5月4日土曜日に婚礼を行います。その肝心のお相手とは第五血統の綾辻家の綾辻莉恩を迎え入れます。ここで一切の断りは一切許しません」
ここで、公儀場がざわめき有り無しが暫し続いた。そうか私が嫁入りなのかも、空気を一気に吸い込んだ、私が。そう第五血統の綾辻家ともなれば結納候補の30数番目で、血縁の濃度は未だ的頃だ。
それならば、姉の綾辻一純が順番なのだが、先日討伐行脚から戻ったと思えば、名うての曽我部直興の子を身に宿していた。ここは早くも調査済みで、私に順番が回って来たのかで、ややの得心はした。とは言え、私はしげしげと立ち上がり慇懃にも。
「執政撫子様、恐れながら、この節目の年に第五血統からの嫁入りは無謀にございます。ここは摂理三家の連携を深める為にも、里見家と鍋島家とより膝を詰めるべきでございます」
「義妹莉恩さん、筋はごもっともです。ですがそなたの母親は殿の雷鳥で大きく名を残しており家格に不相応は有りません。如何ですか」
「存命の母雷鳥も姉一純も確かな武者ですが、私はただ凡庸です。そもそもを申しますと、冬に向けての純米酒海翔の準備が有ります。田畠を日々見渡して、11月の蔵入りには万全を来したく思います。摂理南部家は、南部杜氏所の財政基盤があればこそと謹んで申し上げます。ここはどうか華やかな花嫁をと願って止みません」
「実に他愛の無い。南部家に嫁入りする以上、行政の右翼は勤めて貰います。義妹莉恩さんも生涯杜氏の役割に満足ではあるまいと存じます。ここ迄の利発な発言は大いに買いましょう、ならば申しなさい、一生に一度の結納と婚礼で何を所望しますか」
「そう、強いて挙げれば、角隠しでの披露になりましょうが、純白のウェディングドレスも着たいような…ああ、そうではなくて御当主伊万里様は、こんな私でも受け入れて貰えるのでしょうか」
「積極的な発言大いに感じ入りましょう。打ち掛けもウェディングドレスも南部家の蔵から存分に選びなさい。そして御当主様、ここで男子の本懐を見せるべきでしょう。ビシッとね」
「執政、いや姉上がここで即決すれば良いものを、手順を踏むのがいつもの姉上らしく無いですよ。とは言え、莉恩さんとは学び舎と同組でしたので、幼馴染をから生じて、長き人生を共にするのならば、この結束は誰よりも深く揺るぎないものなるでしょう。雷鳴に打たれる恋よりは、心身共に優しい良縁かと思うので、どうか共に長い道のりを歩んで貰いたい」
私はそのまま御当主伊万里様の真心に打たれて、立ち尽くしたままだ。ここで公儀場をどっと湧かせるか、最大限の落涙を畳に吸い取らせるか、どうにも言葉が浮かんで来ない。それを見かねてか傍の姉一純が立ち上がっての一声を。
「御当主伊万里様に執政撫子様も、実にお目が高いです。莉恩にはまだ全開になっていない暗部が有り、行く行く重職で大いに捗る事かと思います。摂理は押し並べて世代交代に入っています。多様性を求めるその姿勢に大いに感服致します。綾辻家は謹んで莉恩を送り出しますので、不作法が有りましたら、存分に御庭園の藍藻池に放り込んでやって下さい」
ここで公儀場は爆笑に包まれたが、御庭園の藍藻池はとても庭園に似つかわしくない深度で、やれ落し物が上がって来た事のない底無しなのだ。ここで今は抑え気味の明後日には義姉撫子様の逆鱗に触れようものなら、本当に放り込まれる。
天国と地獄と煉獄と、複雑な思いのまま、姉一純に背中をぎゅっと押し込まれ共に深いお辞儀で、公儀場は喝采に沸く。そう青天の霹靂で婚儀を承諾せざる得なかった。
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