ユカリとミカ ~2人じゃなきゃダメなの~

はるにひかる

第1部/

プロローグ

第1話:ずっと、一緒に居た。


 ❤


「ミカ、降りてきて下さい! 私は木に登れないのです!」


 少し太めの枝に腰掛けた私に、幼馴染のユカリが、下から寂しそうに呼び掛けた。

 小学校から帰って、二人で近所の公園で待ち合わせた私とユカリ。

 先に着いた私は、得意の木登りでスルスルと座り易い真横に伸びた枝に移動して、遠くの空を眺めていた。

 この公園は少し高台に在るので、眺めが良くて、私はこの公園で遊ぶ度に一回はこの木に登った。

 男子たちは、「何とかと煙は」って言うけれど、そんなの関係無い。

 そんなのは、この木に登れない者の遠吠えだ。

 でも、少し、当たっている部分も有るかな。

 私が勉強を苦手としているのは確かだし、この場所の居心地は、私をバカにさせた。この景色が見られるのなら、私は馬鹿でも良い。

 風の通りも良く、一筋の風が、ショートボブの私の髪を弄んだ。


「ユカリも登って来ません? 気持ち良いですよ?」

「いつも言ってますが、怖くて登れないのですよ!」


 足元のユカリにいつも通りの声を掛けると、いつも通りの返事が返ってきた。


「私は、ユカリとこの景色を共有したいんですけどね?!」

「それは……、……私だって、そうですけど……」


 ちょっとだけ角度を変えて訊いてみると、ユカリはゴニョゴニョと口籠って、その返事はよく聞き取れなくなって行った。

 落ちない様に後ろ手に枝を上から掴んで、前のめりにユカリの姿を覗き込むと、ユカリはいつもと同じスカートスタイルだった。

 不意にこちらを見たユカリと目が合ったので、体を枝の下まで滑らせてから手を放し、回転しながら公園の砂地に着地する。

 ……根元だからか地面は少し硬くて足がジンジンするけれど、表情は変えない。

 負けるもんか、泣くもんか。……もう2度としないけれど。


「ミカ、格好良いのです……」


 狙い通り、ユカリの私を見る目は輝きに満ちた。


「私も、登ってみたい……」


 その心から絞り出した様な言葉に、心の中で、ガッツポーズを決める。


「登りましょ! 私が教えますから!」

「でも私、スカートしか持ってないので……」


 それは、言われなくても知っていた。

 流石にユカリがお母さんと買いに行った服まではチェック出来ないけれど、ユカリは私と遊ぶ時、ワンピースかツーピースかの違いは有れども、いつもスカートスタイルだった。

 一方の私はいつもパンツスタイル。


「じゃあ、私のを貸してあげますよ!」

「え? 良いのですか?」

「勿論ですよ! その代わり、次に一緒にお出掛けする時に、ユカリのスカートを貸して下さらない?」


 私の提案に遠慮気味に訊ねてきたユカリに、対価を提示する。


「分かったのです! 交換こします!」


 ユカリはそう言って、本当に嬉しそうに笑った。

 私は、この笑顔が好きだった。外連味の無い笑顔。


 ……そしてそれは勿論、今でも……。


「じゃあ、木登りを教えてくれる代わりに、私が勉強を教えてあげるのです」

「……それは、積極的にお断りしたいですわね……」


 たまに、こんなな所も。


 この日は結局、滑り台やジャングルジムで遊んで、砂場でユカリが好きなおままごとをした。

 私は結局、何をしていても良かったんだ。

 私の好きな事をユカリに教えてあげたかったし、ユカリの好きな事は知りたかった。

 ……そう、ただ、ユカリと一緒に居られさえすれば。


 お互いに無い物を持ち合わせていて、弱点を補い合う私とユカリ。

 二人で居れば、最強で無敵だった。男子なんて、怖くなかった。

 ユカリもそう思ってくれていると良いなと思っていたし、実際、今でもそうだったと思う。

 今はそう、何かがおかしくなってしまっただけ。

 そう、その筈。



 カナカナカナカナカナ……。

 日が暮れ始め、蜩の鳴き声が五月蠅くなってきたので、この日の遊びに満足した私たちは、一方で物足りなさを感じながら、翌日の事を話しながら家路に就いた。


「あら、ミカちゃんとユカリちゃん、今日も一緒に遊んでいたのかい?」

 帰り道の商店街を歩いている時に近所のおば様が声を掛けてくれたので、

「そうです! 私とユカリはいつも一緒なんです! ね、ユカリ!」

 と手を繋いだまま隣に立ち止まったユカリに声を掛けると、

「はい! 一緒なのです!」

 と楽しそうに笑った。

「あらあら、仲が良過ぎて、まるで双子みたいね。それじゃ、おばちゃんは行くけど、いつまでも仲良くね」



「……双子みたいだそうですよ?」


 元気に手を振っておば様の背中を見送ると、ユカリは何だかくすぐったそうに笑った。

 それはそうだろう。私も、擽ったかったのだから。


「おかしいですね。全然似てませんのに」


 ユカリが笑って、私が笑う。私の世界は、これだけで良かった。


「本当ですね、フフフ」

「アハハハ」


 顔を上げて笑ったその時、商店街の時計が目に入った。

 もう少しで、夕方の5時になる。


「あ、大変です、ユカリ。急がないと、門限が!」


 ……そう、箱入り一人娘のユカリは門限が5時に定められていた。

 小学校中学年としては普通の時間かも知れないけど、同じ一人娘でも放任されている私とは、えらい違いだ。

 いつだったか少しだけ遅れてしまった時、小父様に酷く怒られたらしい。

 ……それでもユカリは、時間を気にせずに、私と一緒に遊んでくれていた。


「……何とか、間に合ったのです。ふぅー」


 膝に手を突いて息を整えながら、ユカリは安堵の息を吐いた。


「ええ、良かった。じゃあ、また明日です!」

「はい、ミカ。また明日ですわ!」


 そう手を振り合ってミカが家に入って行った丁度その時、地域放送の5時の合図、『遠き山に日は落ちて』が流れ始めた。

 それに合わせて口遊くちずさみながら、私は、そう遠くない家への道をのんびりと歩いた。



 ……いつからだろう、私たちの関係が変わってしまったのは。

 そんなに私がいけなかったのかな。

 ユカリの隣に居てもおかしくない様に、口調も気を付けていたのに。

 出来る事なら、……切っ掛けが分かるのなら、その前からやり直したい。

 でも、そんな不思議な奇跡なんて有る筈が無いし、起こる筈も無い。


 私は今、何をしたら良いんだろう……。

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