第136話「呼び出し」
「申しわけない! だから自分の気持ちを見つめ直す為に……ステファニー様も含め、全員と少し冷却期間を置こうと思う」
ディーノはそう言うと、深々と頭を下げた。
『自分の行く末』を決めたディーノから発せられた、
衝撃的な『英雄亭宣言』から数日後の事、
朝の9時30分……
……ディーノは歩き慣れた王都の表通りを歩いていた。
目的の場所は冒険者ギルド王都支部……
ギルドマスターのミルヴァ・ラハティから『呼び出し』を受けたのである。
どのような用件なのか、ディーノには大体想像がついていた。
ポミエ村からの帰路、王都騎士隊隊長のクリストフ・シャレット伯爵から、
今回の戦いにおける重要な話があった。
以下は、そのディーノとクリストフの会話である。
「うむ、私は、ギルドマスターのミルヴァ・ラハティとは騎士隊長という職務上、普段いろいろとやりとりしている」
「へぇ、そうなんですか?」
「彼女とは、剣の鍛錬を通じ、しのぎを削るライバルというか、会えば皮肉を言い合う悪友という表現の方がピッタリくるが……今回の件は私からも良く話しておこう」
「え? 話すってどういう事ですか?」
「うむ、この事件はギルドの正式な依頼を完遂したものではない。だが、己の利害を考えず人々を救った崇高な行為だと私は思っている」
「いえ、そんな大した事は……」
「まあ、あまり期待はしないで欲しいが……私の口利きがあれば、お前のランクアップに少しは反映されるはずだ」
「あ、ありがとうございます」
というわけで、早速クリストフがミルヴァへ話してくれたに違いない。
そういえば……
と、ディーノは思う。
あれからステファニーからは、何の連絡もない。
クラン
同様に音沙汰なしだ。
ニーナとオレリアは懸命に、飛竜亭で給仕の仕事に取り組んでいる。
それで良い。
女子達は改めて自分の気持ちを考え直しているのだろう。
自分も改めて、彼女達への気持ちをしっかりと確かめたい。
そう思う。
そして、ステファニーから寄り親の、
シルヴァン・ベルリオーズ公爵への『お願い』は、
一体どうなったのだと気になる……
やはりステファニーと結婚する事は考えられない。
彼女と夫婦になるなど、上手く行くとはイメージ出来ない。
愛し愛し合う『想い人』と言うよりも……
百歩否!
一億歩譲って……『厳し過ぎる姉』としか思えない。
無事に願いが通り、ステファニーが後継者たる次期辺境伯となって、
ディーノとは完全に絶縁。
大人しくエモシオンへ帰ってくれる事を、ディーノは切に願っていた。
話は変わるが……
昨日は『ジャンの隠れ家』で、英雄亭での会と同じ趣旨、
戦友達との『打ち上げ慰労会』を行った。
ディーノの費用負担で飲み物や食料をたっぷりと買い込み、
ささやかな
宴は大いに盛り上がり、ディーノは気分が良くなって改めて聞けば……
ステファニーは、ジャンをえらく気に入ったという。
ポミエ村から帰る際、
「この猫をフォルスへ連れて帰り、ペットにし、じっくりとテイムする!」
と、はっきり告げたそうだ。
「おいおい、ジャン、猛獣女子がテイムだってよ、どうする?」
「いっそ南の地へお持ち帰りというのもありか?」
「牙と爪のある美少女にドナドナされるのも一興かい?」
ディーノやケルベロス、オルトロスが酒の
面白がって尋ねてみれば、
ジャンは断固拒否。
激しく首を横に振った。
「冗談じゃにゃいっ! あんな猛女のペットなんかゴメンだにゃ!! ディーノの二の舞は絶対嫌だにゃっ!!!」
やりとりを思い出し、苦笑したディーノ。
気が付けば……時間は10時少し前。
既にギルドの正門前である。
守衛の戦士に挨拶をし、ディーノはギルドの中へ入って行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
敷地を突っ切り、ディーノがギルドの本館へ入ると……
例によって『ラッシュ』の時間を過ぎた1階フロアは閑散とまでは行かなくとも
依頼を求める冒険者の数はまばらだった。
業務カウンター内のネリーは接客中だったので、ディーノは真っすぐ受け付けカウンターへ向かった。
ネリーの後任である担当の女性も、ランクBとなったディーノの顔をすっかり覚えていて、晴れやかな笑顔を向けて来た。
「いらっしゃいませ、ディーノ様」
「おはようございます! マスターと午前10時の約束なんですが」
「はい! 承っております。少々お待ちください」
少々と言われ、ディーノは以前1時間待たされた事を思い出した。
あの時、受付の担当はネリーだった。
無理言って迷惑かけたっけ……
月日が流れるのは早い。
既にあの時から、3か月近くが経っていた。
しかし
最初はランクCのディーノが速攻でランクBにアップ。
今日も「何らかの話があるか」と思えば……
通常に比べて、驚異的に短い昇格期間だと言えよう。
受け付けの女性が連絡してから、5分と経たず、魔導昇降機の扉が開いた。
開いた扉から、サブマスターのブランシュが降り立ち、
こちらへ向けて歩いて来る。
ディーノを迎えに来たに違いない。
いつもと違うのは、ひとりきりだという事だ。
だが、機嫌がよいらしく、爽やかな笑みを浮かべている。
「ディーノ君、おはよう!」
「おはようございます、ブランシュさん!」
「うふっ! マスターが今か今かとお待ちかねよ! さあ、行きましょう!」
今か今かとお待ちかね?
やはり呼ばれたのは……悪い話ではないらしい。
過度に期待するのはいけないと思う。
だが……
心の底から嬉しそうなブランシュの笑顔を見れば、
ディーノは大いに期待してしまう。
「了解ですっ!」
元気に返事を戻したディーノは、足取りも軽く、
ブランシュと共に、魔導昇降機へ乗り込んだのである。
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