第127話「黒幕」

悪魔をも倒す秘奥義『ゼロ迫撃』が、

ゴブリンシャーマンの魔法障壁を楽々と貫通し、

肉体はおろか、魂も消滅させていた。


「やったあああああああっ!!」


ディーノは思わず声が出た。

生の肉声である。

念話とはまた違う爽快感そうかいかんがあった。


そして……

ディーノは天を見上げる。


今日も快晴。

地上の激闘が嘘のような雲ひとつない晴れ渡った空である。


果たせなかったこころざしを、遥かな夢を……

託してくれた者達へ、ディーノは感謝し、心の中で礼を述べる。


クロヴィス様、約束をまずはひとつ果たしました!

改めてお礼を言います。

ありがとうございます。

今後も鍛錬たんれんし、貴方の魔法剣、

そして奥義『ゼロ迫撃』に磨きをかけて行きます!


そしてグラシアン父上!

貴方の遺してくれた地の究極魔法も、この国の難儀する人々を見事に救いましたよ!


ロランにぃ、クロティルドねぇも、本当にありがとうございます。

みんなの力で難敵に勝つ事が出来たんだ!


と、その時。

ケルベロスが、念話で警告を発する。


『お、おいっ! ディーノ! 気を抜くなっ! とんでもない奴が現れるぞっ!』


ケルベロスの言葉が終わらないうちに、

周囲の大気がみるみるうちに重くなった。


「ぴりぴり」と肌に鋭い痛みが突き刺さる。


ディーノはおぞましく巨大な魔力を感じる。


瞬間!


いきなりディーノの頭上、30mあたり、

空中に紫色に近い蒼き火球が現れた。


直径5mはあろうかという巨大な燃え盛る火球である。


先ほどゴブリンシャーマンが呼び出した攻撃用の魔法火球とは、

全く違う異質なものだ。


『な、何だ、あれはっ!?』


すかさずディーノの疑問に、ケルベロスが答える。


『い、異界門だっ!』


『え? 異界門?』


『うむ! 異界門とはな、転移魔法の一種だ。異界から現世をつなぐ出入り口といえよう。魔界より現世へ現れる際、上位悪魔が良く使う技なのだ』


質問に答えながら……

ケルベロスは急ぎ、ディーノの傍に駆け寄った。


火球とディーノの間に、身を挺して立ちふさがる。


『な!? あ、悪魔あ!? じょ、上位!?』


『ディーノ! あおき炎が消えたら、すぐに悪魔が現れるぞ! 注意しろ!』


ケルベロスの告げた通りである。


燃え盛っていた炎はどんどん小さくなり……

やがて完全に消えた。


と同時に、空間が異音を立てて不自然に割れ、ひとりの男が現れる。


ディーノの心に高笑いが響き渡る。

これは、念話だ!


『くくくくくっ! 私が加護を与えたゴブリンシャーマンをあっさり倒すとは……中々やりますね、少年よ』


私が加護を与えた?

と、いう事はこいつが『黒幕』か?


ディーノは改めて身構える。

剣のつかに手をかける。


念話で高らかに笑った長身痩躯の男は音もなく降下、地上に降り立った。


ディーノからは20mほど離れていた。


視覚が大幅に上昇したディーノには、男の服装は勿論、風貌も見て取れる。

 

男の年齢は一見、40代前半だ。


顔は細面で鷲鼻わしばな、漆黒のマントをひるかえし、

同色の法衣ローブ痩身そうしんにまとっていた。


悪魔らしき?男は、

ケルベロスがディーノを守るように立っているのを見て、感嘆する。


『ほう! なかなかどうして、……たいしたものですね、少年は。荒ぶる冥界の魔獣ケルベロスをそこまで手なずけているとは』


男はひと目で、第二形態のケルベロスの正体を見抜いた。

 

このような時、ディーノは無言だ。


相手に喋らせるだけ、喋らせてから言葉を戻せば良い。

そう思っている。


『…………』


『成る程、貴方の心に浮かんでいる』


『な、何?』


『おおっとぉ! そのケルベロスだけではなく、オルトロス、そしてファザーガットまで従えているのですか? さすがの私も感服しましたよ』


『何? ファザーガット?』


聞き慣れない名にディーノが思わず反応すれば、

妖しき男に代わり、ケルベロスが答える。


『ふん! ファザーガットとはあの馬鹿ネコ、ジャンの称号だ。奴はケット・シーの王だからな』


王が馬鹿ネコって……


ケルベロスの相変わらずな毒舌を聞き、ディーノは少し緊張がゆるんだ。


落ち着きを取り戻し、状況判断と対策立案にかかる。


一旦、褒めておきながら……

謎めいた男――悪魔は、ディーノの力を軽視しているようだ。


いきなり、とんでもない事を告げて来る。


『少年よ、死にたくないのなら、この私と取り引きをしましょうか?』


『な、取り引きだと?』


ここで、ケルベロスが再び警告を発する。


『ディーノ、気を付けろよ。一見好条件の取り引きや契約を持ちかけ、脅しながら、最後に魂を奪うのが奴ら悪魔の常とう手段だ』


しかし、悪魔は首を横に振った。


『いえいえ、本当に好条件です。私の魂集めの邪魔をした大罪を許した上、破格の見返りも差し上げます。それに逆らえば殺しますよ、少年。貴方には他に選択肢はない、一択なのです』


『…………』


『貴方が装着しているルイ・サレオンの指輪とペンタグラム……それを私に譲って頂ければ、今回のおいたを見逃した上、望みのモノを差し上げましょう!』


何と!

男は、ディーノがルイ・サレオンの魔法指輪、

及びロランの形見であるペンタグラムを所持している事を知っていた。


『くくく、いかがです? 命と引き換えならば、そう悪くない取り引きでしょう?』


謎めいた男は悪戯っぽく笑い、ディーノに対し、魔道具譲渡の可否を尋ねて来たのである。

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