第104話「私もお前に託そう」

オレリアに抱き締められながら、軽く息を吐いたディーノは……

改めて気合を入れ直していた。


と、その時。

 

『勇者よ……』


謎めいた声がディーノの心に響いた。

年かさの行った男性の声である。


「え?」


驚いたディーノは四方を見回すが、声の主らしき者は見当たらない。


ディーノが驚いた様子を見て、抱きついていたオレリアが訝し気な表情となる。


「あれ? ディーノさん、どうしたの?」


「いや……空耳かな……」


口ごもるディーノへ、謎の声は再び呼びかける。


『ありがとう! 良くぞ、我が子供達を救ってくれた』


『え?』


『若き勇者よ、感謝の気持ちに代え、お前に渡したいモノがある』


『渡したいモノ? 貴方はど、どなたですか?』


しかし……

謎めいた声は、ディーノの問いかけに答えなかった。


『村にある私の石像まで……来るが良い』


私の石像?

と聞き、ディーノにはピンと来た。


声の主は、流浪の騎士……名も無き英雄と呼ばれ、

ポミエ村の開祖として慕われる伝説の騎士、

クロヴィス・アシャールかもしれないと。


ロランに、グラシアン・ブルダリアス……

今やこの世に亡き者達と関わって来たディーノに怖れは全くなかった。


「オレリアさん」


「何?」


「ちょっと良いかな」


「何、ディーノさん」


「クロヴィス様の石像へ行こう。一緒に付いて来てくれないか?」


何故自分ひとりで行かず、オレリアを誘ったのか、

ディーノには分からなかった。

 

彼女を絶対一緒に……

連れて行かなくてはならない。

自然にそう思ったのである。


ディーノとクロヴィスの秘めた『やりとり』を知らぬオレリアは、

素直に喜んだ。


先ほど、ディーノはクロヴィスの石像に祈りを捧げていた。

勝利したお礼を告げに、ディーノが行くと考えたようだ。


「うん、いいよ! OK! ゴブリンどもに勝てたのは、ディーノさん達の力にクロヴィス様のご加護が加わったおかげだものねっ!」


「ああ! だな!」


「ディーノさん」


「ん?」


「手をつないでいかない」


「……いいよ」


ディーノが手を差し出すと……

オレリアは彼の手をしっかりと握った。


それを、めざとく見つけたのがステファニーである。


「あ~~~っ!!!」


ステファニーが叫んだ時。

既にディーノとオレリアは歩きだしていた。


ふたりの背中へ、ステファニーの強烈な怒声が飛んで来る。


「こらあっ! ディーノぉ! 浮気は全て、私への借りだからねぇ!!!」


思わず苦笑したディーノだったが、歩みを止めない。

オレリアと共に、クロヴィスの石像へと向かったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


南正門から、セザール宅へ行く途中にあるクロヴィスの石像は……

相変わらず鎮座していた。


遥か昔に造られたほぼ等身大らしき人間男性らしき石像……

苔むし風雨にさらされ、傷み朽ちている……


ディーノとオレリアは並んで跪き、祈りを捧げた。

すると……

またもや、あの謎めいた声が響いて来る。


『我が村を救いし、若き、勇者よ、良くぞ来た……』


何度も勇者と呼ばれたので、ディーノは否定する。


『いえ、俺は勇者などではありません。一介の冒険者、ディーノ、ディーノ・ジェラルディです』


『ふ、謙遜だな。お前から発する波動は凄まじい。勇者以外の何者でもないぞ』


『いえ、俺は……それより貴方様は、オレリアさんのいうクロヴィス様なのですか?』


『そうだ……私は、クロヴィス・アシャール……かつてこの村の為に戦い、勝利し、人生を全うしたものだ』


やはり謎の声はクロヴィスであった。


となれば、ディーノには告げるべき言葉がある。

誓わねばならぬ約束がある。


『成る程……クロヴィス様! ご安心ください。俺は仲間と共に、ゴブリンどもを討ち果たし、必ずこのポミエ村を守ってみせますっ!』


『ありがとう、感謝するぞ! 私には分かる……ディーノ、お前は【導き継ぐ者】だな』


『は、はい! 自分にそんな自覚は全く無いのですが、師匠からは確かにそう言われました』


いきなり、ロランから指摘された『ふたつ名』を再び告げられ……

ディーノは少し戸惑った。


そんなディーノをクロヴィスは笑い飛ばし、且つ励ました。


『ははははは! 大丈夫だ、ディーノよ、大いに自信を持て! 胸を張れ! お前は間違いなく【導き継ぐ者】なのだ!』


『は、はい。……頑張ります』


『お前は【導き継ぐ者】の名に恥じぬ者……既にこの世に亡き者ふたりと出会い、そのこころざしと力を受け継いだからだ』 


クロヴィスの言う、この世に亡き者ふたりとは……

兄のように思える師ロラン、そして亡き実の父にも等しい侯爵グラシアン・ブルダリアスであろう。


同じくこの世に、魂の残滓であろう存在のクロヴィスは、

見事にディーノの『遍歴』を見抜いたのである。


そして……


『先に邂逅したふたりと同じく! 私もお前に託そう……我が志と力を、そして叶わなかった夢も……』


今の言葉で『全て』が分かった。

伝説の流浪の騎士クロヴィス・アシャールが、ディーノへ渡したいモノとは……

ロラン、グラシアン・ブルダリアスと同じく、己の志と能力……

そして見果てぬ夢だったのである。

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