第90話「戻って来た大嵐」

「……ディーノさんが私の依頼を引き受けて、ゴブリンどもと戦ってくれたら、金貨30枚に加えて、『私』をあげる。『結婚』して、ディーノさん……貴方の『奥さん』になってあげるわ」


「おいおいおいっ! け、結婚!? お、奥さん!? な、な、何、それえ!!!」

「ええっ!? な、な、何ですってぇ!!!」


オレリアから発せられた衝撃の発言。


開店前の飛竜亭には、ディーノとニーナ、ふたりの大声が店内中に、響き渡った。


もしもディーノが引き受けてくれないと……村はおしまい……

そんな悲壮な雰囲気を漂わせながら、オレリアは思い切り身を乗り出した。


「ディーノさん! お、お願いっ! 依頼を引き受けてっ! 私とポミエ村を救ってっ!!!」


「ううう、ディーノさんっ! ど、ど、どうするの!?」


オレリアの絶体絶命的な困窮、そして、ポミエ村の危機。

でもその報酬が……オレリアとの結婚!?


ニーナは混乱していた。

 

ふたつの気持ちが揺れ動いているのだ。


存亡の危機に陥った楓村を救う為、

何とかディーノさんが依頼を引き受けて欲しい。


でも、引き受けたら……

ディーノさんとオレリアさんが結婚してしまう!?


そもそもゴブリン1,000体って何!?

とんでもない数……だわ!

まさに、多勢に無勢!!

ディーノさん単独では、全く勝ち目自体がないのではっ!

 

万が一……ディーノさんが死ぬかも……しれないっ!!!

死んだら……もう二度と会えないっ!

というか!

死んだら嫌だ!!

死ぬなんて、絶対にダメ~~っ!!!


「うううう~……」


どうしたら!

どうしたら、良いのっ!?


思い悩むニーナが、唸り続けていたその時。


「ごらああああ~~!! 何で勝手に帰ったぁ、ディーノぉ~~!!!」


ディーノの心と身体へ散々刻み込まれた……

聞き覚えのある、怖ろしい声が、またも飛竜亭中に響き渡ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


約1時間後……

開店の時刻が来てオープン、ランチタイムへ突入した飛竜亭で……


テーブルに陣取っていたのは……

ディーノ、エミリー、戻って来たステファニー、ロクサーヌ。


そして……

ロクサーヌに緊急集合をかけられたクラン鋼鉄の処女団アイアンメイデンのメンバー3人である。


……既にディーノは「オレリアの依頼を受諾する」決断をし、その旨を伝えていた。

ギルドを介さない為、依頼主から直接という発注となる。


そしてクラン鋼鉄の処女団アイアンメイデンも、ディーノに助力し、

ポミエ村へ赴く事が、新リーダーとなったステファニーから命じられていた。

 

戦い、討伐する相手がゴブリン1,000体の大群と聞いても……

ステファニーとロクサーヌは全く動じていない。


しかし……

さすがにマドレーヌ、ジョルジエット、タバサは緊張気味である。


ちなみに……

ディーノへの想いから『大混乱』に陥ったニーナは、給仕の仕事へ戻っていた。

忸怩じくじたる思いを胸に、複雑な表情で、

店の片隅から一同を見守っている。


閑話休題。


ざっくりと事情を聞いたステファニーではあったが……

彼女にとって今、一番の関心事は、ディーノが勝手に?帰った事。

当然、怒り心頭である。


「がみがみ」と10分ほどのきつい説教の後……

ステファニーが一喝。


「ディーノっ!」


「はい、ステファニー様」


「もう二度と、私との約束の不履行は許さないわよ」


眉間に深くしわを寄せ、迫るステファニーであったが……


「ええっと……一応、心には留めておきます」


しれっと言う、ディーノはまるで柳に風である。


「何よ! 一応って!」


ステファニーは怒りのあまり、ダン!とテーブルを叩いた。

頑丈な樫のデーブルに「みしっ!」とひびが入った……


しかし、ディーノに臆した様子は全く無い。


「はい、『まさかの例外がある』って事です。条文的に言うのなら、『但し、緊急事態の場合はこの限りでない』って事ですかね」


「ふざけないで!」


「いえ、全然ふざけていませんから」


と、ここでオレリアが手を挙げる。

自己紹介は終わっているので、各自の名前と顔、立ち位置は把握している。


「すみません、ひとつお聞きしても良いですか、ステファニー様」


「何よ、オレリア」


「私、良く理解出来ていなくて……ステファニー様とディーノさんの間柄って何なんですか?」


「れっきとした婚約者「違いますっ!」よっ!」


ディーノ、ステファニー両名の声が完全に重なり、

オレリアは大いに戸惑い、混乱する。


「ど、どっちなんですか? 私、ディーノさんの奥さんになって構わないのですか?」


そんなオレリアの疑問に先手を打って答えたのは、ステファニーである。


「大丈夫!! ノープロブレム!! 我がピオニエ王国は一夫多妻制がOKなのよ。オレリア! あんたを正妻である私の次、第二夫人にしてあげる!」


「おいおい……ちょっと待ってください。正妻、第二夫人って何なんだ?」


という、蚊帳の外へ置かれたディーノの制止と疑問は完全にスルーされた。


と、ここへ!


「ちょっと、待ったぁ!!」

「その話、ペンディングゥ!」

「妻の順位は要調整です!」


ニーナ、マドレーヌ、そしてタバサも乱入。

テーブル席は大混乱に陥ってしまった。


「うわ、参ったなあ……」


困惑するディーノを他所よそに……

周囲の男性客からは、


「けえっ! 大爆発しろやっ!!」

「くっそ! 粉々になれっ!!」

「あいつ! ぶっ潰してやる!」

「あの野郎! 永遠に出禁にしろ!」


ディーノに対する、とてつもない怨嗟えんさの声が、熱く激しく渦巻いていたのである。

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