第88話「想定外の依頼」

「お兄さん、私を買ってくれない?」


ディーノの背後から、いきなり聞き覚えのない少女の声が、

『信じられないセリフ』と共にかけられた。


「は?」


思わず声が出た。

改めて、ここはどこ?

と、辺りを見回した。

冒険者登録をするステファニーと共にやって来たのに。


そう、改めて見回しても……

ここは冒険者ギルド、加えて朝早くである。

そんな妖しい「お誘い」の声がかかる場所ではないし、時間でもない。


王都育ちのディーノは、この街の『裏側』も知っていた。

裏側とは非合法な違法行為……すなわち犯罪がはびこる場所、

文字通り裏通りの歓楽街だ。

それも夜の遅い時間なのである。


15歳は微妙な年頃である。

ピオニエ王国の法律では16歳から、結婚する事が可能である。


だからステファニーも強引に寝技へ持ち込もうとした。


そもそもディーノは女子に対してあまりガツガツしていない。


ステファニーの影響かもしれないが、モノにしようという、

本能的な欲求が希薄なのだ。


だからというわけではないが、王都の歓楽街には今のところ全く興味がない。

それ故、ディーノは足を歓楽街へ足を踏み入れた事は一度もない。

だが少女とはいえ、先ほどのセリフは暗に『売春』を誘うものである。


まさか!

と思い振り返ると……

鎧や法衣ローブをまとった冒険者だらけのこのフロアには、

不似合いというか、場違いな古びた農民服を着た、『真面目そうな少女』がひとり立っていた。


パッと見、歓楽街で仕事をする、プロの女性っぽくはない。


改めてディーノが見やれば……

少女は栗毛の長い髪をポニーテールにし、後ろでまとめていた。


年齢は……ディーノより少しだけ年下だろう。

こちらをじっと見ている。


無視して、そのまま立ち去っても良かった。


しかし、ディーノは何故か、少女の真剣な眼差しが気になった。

だから、応じて声をかけてみる事にした。


「なあ、俺を呼んだのは君かい?」


「ええ、そうよ。貴方、さっき掲示板を見てたわよね? 依頼を探している冒険者でしょ?」


「……ああ、確かに俺は依頼を探す冒険者だが」


「だったら! ……貴方にぴったりの仕事があるわ」


「そうかい……」


「成功したら、素敵な報酬をあげる」


「素敵な報酬?」


「ええ、素敵な報酬……こ、こ、こ、この私を!……あ、あげるわっ!」


「はあ!? き、君をっ!?」


依頼の報酬。

それがこの少女自身。


「自分を買ってくれ」とはそう言う意味か。


「私が報酬って……何か、理由がありそうだね、話してくれないか?」


と、ディーノが尋ねると、


「わ、私の村が! ま、魔物に襲われてピンチなのっ! た、助けて欲しいのよっ!」


「成る程……そうなのか。でもギルドに依頼はしないのかい?」


「そ、それは……ダメなのよ!」


少女の言葉を聞き、ようやくディーノは理解した。 

何か事情があって、ギルドにはまともに依頼が出来ないのだと。


ディーノは再び少女を見た。


彼女の眼差しは相変わらず真剣である。

依頼の内容も含め、何か特別な理由がありそうだ。


と、ここで、


ぐ~……


空腹を報せる音がした。


ディーノは朝食を摂っていたし、腹が空いてはいない。

と、すれば腹を鳴らした『犯人』は……


ピンと来たディーノが見れば……

『犯人』である少女は顔を真っ赤にし、

無言で俯いていた。


思わず微笑んだディーノは、


「なあ、俺の馴染なじみで、美味い飯を食わせる店がある。これから行かないかい?」


と誘ったが、


「…………」


少女は返事をせず無言であった。

ディーノは構わず、促した。


「その上で、君からもう少し詳しく話を聞くよ」


ディーノは促したが、少女は口ごもる。


「……私、お金が……」


少女が、食事の誘いにためらった理由が明らかになった。

食事をする為の「持ち合わせがない」という事だ


既に女子とのデートをクリアしたディーノにとっては些細な事である。

全く問題ない。


「ノープロブレム。大丈夫さ、飯代くらいは俺が出すよ」


「…………」


「さあ、行こう」


「あ!」


少女が小さな悲鳴をあげたのは、ディーノが逡巡しゅんじゅんする彼女の腕を掴んだ為である。


待つ約束をしたが、仕方がない。

ある意味、イレギュラーな事態であり、すぐ対処した方が良いと、

ディーノの心の内なる声がささやいていた。


こうして……

受け付けの女性に、ステファニー宛の言伝ことづてを頼み、

ディーノは少女の手を曳きながら、朝の冒険者ギルドを後にしたのである。

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