第87話「恋敵? 登場!」

「おい、そこのお前」


と急に声がかかった。

「何だ?」と、ディーノが見やれば……


高価そうな革鎧を身に包んだひとりの少年、そして従者という雰囲気の

ふたりの男、都合3人の若い男性冒険者が立っていた。


声をかけたのは3人のうち、少年のようだ。

貴族らしく育ちのよさそうな雰囲気だが……何となく品がない。


「俺に何か用ですか?」


「そうだ! 用があるから声をかけた。……お前は、あの麗しき人と、どのような関係なのだ?」


少年はもどかしそうにそう言うと……

鋭い視線で、ディーノを睨んだ。


麗しき方?

ああ、ステファニー様の事か?


気付いたディーノは苦笑し、大袈裟に肩をすくめる。


「いきなり、何ですか?」


「問答無用! お前は私の聞いた事に対して、ただ素直に答えれば良いのだ」


「そう言われても……見ず知らずな方に答える義務も、話す義理もないと思いますけど」


ディーノが断ると、少年は驚き、目を丸くした。


「み、見ず知らずだと!」


続いて、従者らしきふたりの冒険者も追随する。


「お前! このお方をご存じないのかっ」

「高貴なこのお方をっ!」


しかしディーノは苦笑し、首を振った。


「いや、知りませんね。見た所、貴方も同じギルドの冒険者のようですが……全員など憶えきれませんよ」


「ぬぬぬぬ……私が? 下賤げせんなお前と同じ冒険者だとぉ? い、一緒にするなっ!」


ディーノの答えを聞き、過剰ともいえる反応をする少年。

下賤呼ばわりするなど、相当プライドが高いようだ。


しかし……ディーノにとってはこんな会話は無駄で、

少年の素性も、どうでも良い事である。

はっきり言って、やりとりするのは時間の無駄だ。  


「もうやめましょ……不毛ですって、こんな会話は。……俺、こう見えても結構忙しいんで……いいかげん勘弁して貰っても良いですか?」


「いや! 勘弁ならん! 無知で愚かなお前でも分かるように、二度と忘れないよう、私の名と身分をしっかりと教えてやろう」


少年は執拗しつようだった。

ディーノは苦笑し、首を横に振る。


「いや、不要ですから。じゃあ、少しだけ譲って最初の質問にだけ、答えてあげます。……彼女とは全くの無関係です、以上!」


「全く? む、無関係だと!?」


「ああ、そうだよ。これで貴方との不毛な会話は終わり、じゃあね、バイバイ」


ディーノはそう言い、手を振って去ろうとした。

しかし、少年はおいすがる。


「ま、待て! か、勝手に切り上げるな! 無礼だぞ!」


「無礼? 無礼はどっちだよ、坊ちゃん」


いきなりディーノの口調が変わった。

遂に限界に達したようだ。

怒りがこもった、凄みのある声で言い放つ。


「あんたの質問には、ちゃんと答えたんだ」


「な、何!」


「あまりしつこいと……潰すぞ」


「ななな、ななっ!?」


「いっそ、ぶっ飛ばしても良いが、後々面倒だ」


「むむむ……」


「……これ以上、俺にまとわりつくのなら、マスターに報告する」


「な、何? マスターだと?」


「ああ、ミルヴァさんへ通報する。いくらお貴族様とはいえ、ここは冒険者ギルド、強引なやり方は通じない。理不尽を続けるのなら、厳重注意の処分がくだるだろうぜ」


ディーノの言葉を聞き、従者ふたりが、


「お坊ちゃま」

「あ奴の言う通り、こちらが欲する情報は得られました。そろそろ引き際かと……」


と、言われ……

あるじの少年も渋々ながら、納得した様子である。


「う、うむ……では、お前、最後にひとつだけ言っておくぞ」


「何だ?」


「交際宣言だ! あの麗しき方を絶対、私の彼女にする。構わないな?」


やはり少年は、ステファニーが目当てだった。

自分が付き合いたいが為に、一緒に居たディーノへ探りを入れて来たのだろう。


しかし!

ディーノにとって、少年の宣言は却って「渡りに船」である。


純粋にステファニーの幸せを願うディーノは、彼女には素敵な相手と巡り会って欲しいと願っている。

当然、自分以外だ。


「おう! 存分にやってくれ。ガンガン口説いてみれば良いよ。却ってこっちからお願いしたいくらいだ」


「い、言ったな、下賤な平民が! 私はバルテ子爵家三男、セザールだ! この高貴な名をよっく憶えておけ!」


「ああ、憶えておく。俺はディーノ・ジェラルディだ。文句があるのなら、いつでも言って来い」


「分かった! ディーノだなっ! 憶えておくぞっ。月夜の晩ばかりだと思うなよっ」


貴族の少年――セザール・バルテは、憎々し気に吐き捨てると……

従者ふたりを伴い、踵を返して去って行った。


何か……どっと疲れた。

大きくため息を吐いたディーノは、業務カウンターを見た。


ディーノと少年が話している間に、依頼の申請に訪れていた冒険者はだいぶ減った。

ネリーの座るカウンターにも待ち人が数人居るくらいだ


再び、軽く息を吐いたディーノは、

ネリーから新たな依頼の情報を得ようと、きびすを返し、

カウンターへ足を向けようとした。

 

と、その時。


「お兄さん、私を買ってくれない?」


ディーノの背後から、聞き覚えのない少女の声が、

『信じられないセリフ』と共にかけられたのである。

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