第65話「復讐③」

妖精猫ケット・シージャンの『隠れ家』における秘密の作戦会議から、

3日後の夕方……


ピオニエ王国貴族ウスターシュ・ロシュフォール伯爵の忠実な部下で、

衛兵隊隊長の騎士爵ギヨーム・アンペールは、自宅から出かけようとしていた。


あまり目立たぬよう、いつもはつける部下の護衛も伴わず、最近取り立てたばかりである騎士見習の若い従者と馬車の御者、都合3人きりの外出である。


屋敷の内外を警護する衛兵達もあるじに対して、特別に申し入れをしたりはしない。

主の『行き先』をちゃんと知っているからである。


そう……

彼等の主ギヨームは、

上席であるウスターシュ・ロシュフォール伯爵の下へ報告の為、出かけるのだ。


しかしギヨームは、まっすぐロシュフォール伯爵邸には直行はしなかった。


途中にある、ひなびた宿屋前に馬車を停めたのである。


ギョームはウスターシュの命令でいくつかの愚連隊との『つなぎ役』を務めていた。


だが、警察権を行使する衛兵隊長が、

ひと目のある屋敷や往来で、ダークサイドの住人、

愚連隊の首領ボスと堂々と会うわけにはいかない。


そこでいくつか目立たない宿屋を衛兵隊専用に貸し切り、

このような密会の日には他の隊員が来ないようにし、

愚連隊の首領と打合せ&連絡の為に密会していたのである。


この宿屋の店主及びスタッフにも多額の金を握らせ、

他言無用を貫いているのはいうまでもない。


また死を匂わせるような脅しもかけ、秘密保持を徹底していた。


さてさて!

この宿屋では階段を上がり、突き当りで広めの部屋がギヨームが使う『密会室』となっている。


老齢の御者を馬車に待たせ、

ギヨームは法衣ローブ姿の従者を連れ、きしむ階段を上がって行く。


そもそもギョームは衛兵隊の隊長を務めるだけあって、屈強な騎士である。


豊富な実戦経験を積み、肉食獣のように柔らかな身のこなしだ。

加えて、慎重で用心深いギョームは、新入りの従者に命じ、自分の代わりにノックさせる。


間を置かず、低い男の声で返事が戻って来る。


「はい……」


対してギヨームは、


「俺だ……合言葉を言うぞ」


「…………」


「アビール」


ギョームが発したアビールとは『騎士』という意味である。

つまりギョーム自身を意味する合言葉なのである。


一方、中に居る者が発したのは……


「ガナヴ」


こちらは『盗賊』という意味であり、鉄爪団の首領ブリアック・バズレールを意味していた。


短いやり取りの末、合言葉が合致し、『確認』は取れた。


「よしOKだ。入るぞ、扉を開けてくれ」


ガチャリ!

中から開錠され、古ぼけた扉がゆっくりと開けられた。


当然ながら……

部屋の中には鉄爪団の首領ブリアック・バズレールが立っていた。

何故か人生に疲れたような表情である。


怪訝な表情で思わず、ギョームが尋ねる。


「おい、ブリアック、どうした? 首尾は上々か?」


「いえね、首尾どころか、どうしたもこうしたもありませんや」


意味が分からない。

話が全く見えない。

ギョームは冷たい口調でブリアックへ命じる。


「おいおい、それじゃあ状況が全く分からん。具体的且つ簡潔に報告しろ」


「分かりやしたよ」


珍しく不貞腐れたような態度をとるブリアック。

顔をしかめながら、渓谷襲撃の顛末を話し始める。


ギヨームに命じられ、ブルダリアス侯爵邸を探索した標的である少年冒険者が旅だった事。

密かに少年を追跡し、渓谷で取り囲んで襲い、確保しようとした瞬間。

世にも怖ろしい獣の声が響き、気を失ったという。


気が付けば少年の姿は消えており、怯える部下達の統制も全くきかない事から、

やむなく撤退し、王都へ帰還したというのである。

 

ようは命令不履行。

任務放棄という事ではないか。


「何だ、そりゃ?」


全く意味が分からず、ギヨームは改めて聞いたが、

ブリアックは「もうこりごりだ」という雰囲気で首を横に振る。


「いや、ギョーム様。あれは単なる狼とか熊じゃねぇ。きっと怖ろしい人喰いの魔獣か何かですぜ」


「人喰いの魔獣? ブリアック、お前、白昼夢でも見てたんじゃねぇのか?」


「いや、俺達は12人も居たんですぜ。全員が魔獣の声を聞いてますから」


「う~む」


ギヨームは唸った。

確かにブリアックの言う事も一理ある。

12人全員が白昼夢を見たとは考えにくい。


と、その時。

ブリアックがギョームの傍らに控えた従者の少年を見た。

眉間に皺を寄せ、尋ねて来る。


「ギョーム様、その子は」


「ああ、新入りの従者だ。ロシュフォール伯爵閣下にはまだ対面していないから今日紹介する」


「……はは、ならば丁度良い」


丁度良い?

一体、ブリアックは何を言っているのか?

わけが分からない。


「何? どういう意味だ?」


重ねてギョームが聞けば、

何故か、ブリアックは鼻で笑う。


「ふん! 体格も近いし、丁度良いって言ったんだよ」


ブリアックはそう言うと、従者の少年に襲いかかり、あっという間に殴り倒してしまう。


「ぎゃう!」


悲鳴をあげ、少年従者は崩れ落ちた。

呆気なく意識を失ってしまう。

息をしているので、死んではいないようだ。


だが仰天したのはギョームである。


「ブリアック!? な、何をする!? お前、気でも狂ったのか!?」


「いいや、俺は正気さ。……ギョーム様、あんたにも少しの間、眠って頂こう」


ブリアックは呟くように言い捨てると、

同じく鋭い身のこなしでギョームの顔面に拳を打ち込んだ。


忠実なる配下のブリアックが、まさか反逆するとは思いもよらず……

隙だらけのギョームは、ブリアックのパンチを受け、昏倒してしまったのである。

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