第61話「罠という名の旅⑤」

ブリアック・バズレールは不可思議な夢を見ていた。


人々が夢を見る時はいつもそうだ。

見ようと思っている夢は中々見る事が出来ない。

予想外の光景を見せられる。


今、ブリアックの周囲にある光景は……彼が見覚えのない屋敷の邸内である。

この屋敷を外観からしか知らないブリアックは、

場所がどこで、どこの誰が住んでいるのか知らなかった……

 

実は……

ディーノが創り出した幻であり、獄死したグラシアン・ブルダリアス侯爵が住んでいた屋敷なのだ。


そもそも、ブリアックはいわゆるカタギの男ではない。

王都にいくつかある愚連隊のひとつ『鉄爪団タロン』の首領ボスである。


鉄爪団は表向き普通の商会を装い、酒場、風俗店などを経営している。

だが、裏では売春、恐喝、強盗、誘拐、殺人などの犯罪&不法行為で利益シノギを得ている無法者の集団である。


王都において派手に荒事を行う鉄爪団が、衛兵隊に目をつけられ、犯罪行為を暴かれ、逮捕されないのはある理由があった。


日々のシノギから得た莫大な金をある貴族へ納めていたのだ。

その貴族とは、ロシュフォールという伯爵である。


衛兵を指揮下に持つロシュフォール伯爵は国王のお気に入りであるのを良い事に、衛兵隊に犯罪行為を目こぼしさせる事で莫大な金を手にしていた。

ブリアック率いる鉄爪団は目こぼしする愚連隊のひとつであった。


またロシュフォールは荒事を行う際、自分に足がつかないよう、無関係に見える者を介して、慎重に鉄爪団を使っていた。


今回ブリアックが、ロシュフォールから請けた仕事は楽なものだった。

冒険者をひとり尋問した上、始末するという仕事だ。


それも標的ターゲット年端としはも行かない少年である。

加えて、ひとりきりで王都を出て、ひと気のない方角へ向かうという情報をキャッチ。

少年が受けたギルドからの依頼の為だろうが、渡りに船という表現がぴったりの好都合だ。

こっちは10人以上の大人数で襲う。

誰が考えても大が付く楽勝である。


大人数の山賊を少年が倒したという噂を子分が聞いた話が、気にはなったが……

絶対に何かの間違いだとブリアックは思った。


多分どこかの有力クランと組んで、少年が端っこで形だけ戦ったのを、冒険者ギルドが誇大宣伝したのだとも考える。


もしも山賊退治の噂が本当なら少年は英雄視されるのは確実だ。

いつの世も人々は若き英雄を求めているのだから。


「つらつら」考えたブリアックは改めて周囲を見回した。


少年は山賊を倒した後、この屋敷の調査を受諾し、

何も起こらなかったと報告したらしい。


ブリアックは、改めて依頼を確認する。

尋問する内容は……少年がブルダリアス侯爵の屋敷で『何か』を発見したのなら、

聞き出し、没収しろというもの。

そして用が無くなった少年を『始末』する。


ロシュフォール伯爵によれば、子供が居ないブルダリアス侯爵には、

莫大な隠し財産があるという。


しかし投獄後、衛兵隊が屋敷を捜索したのだが、予想以上の金品は出なかった。


もしかしたら、その少年が隠し財産の件で何かを掴んだのでは……

とロシュフォールは考えたのだろう。

だから、この仕事が来たと、ブリアックは認識していた。


部屋から部屋へ、ブリアックは歩いてみた。

何もない……

一体ここはどこで、何の意味があって自分はこうして歩いているのだろう。


ブリアックがそう思った瞬間!


バタン!


開けて通って来た部屋に続く背後の扉が、

大きな音を立て、誰の手も借りずに勝手に閉まったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「な、何だ!?」


ブリアックはびっくりして叫んだ。

そして身体が強張る。

全身に悪寒が走る。


何か、怖ろしい奴が現れる。

そんな予感がした。

予感は確信へと変わって行く……


その時!


ブリアックの前に巨大な黒い影が現れた。


「うわあああああああっ!!」


驚き、叫ぶブリアックの前に黒い影は立ちはだかった。


「この愚か者!」


「ひいいいいいっ!」


「ブリアック・バズレール! 悪に心を染めし者よ! これ以上、罪を重ねるではない!」


「うわううう……」


何故!?

この黒い影は俺の名を知っている!?


影はそんなブリアックの不安を見抜くように言う。


「名前だけではないぞ! お前の事は全て分かっておる!」


「え?」


「お前は愚連隊鉄爪団の首領としてロシュフォール伯爵と組み、散々悪事を重ねて来た。そして今も罪なき少年を殺そうとしている」


「な、何故!?」


「ブリアック!」


「は、はいい~!」


「お前の事は! 全てお見通しだと言ったであろう!」


「ううううう……」


遂にブリアックは「ぺたん」と座り込み……

恐怖で頭を抱えてしまった。


ブリアックを見下ろす黒い影の表情は分からない。

だが実は……笑っていたのだ。

怯えるブリアックの心を読み切った、異形に扮したディーノが……


よっし!

これでブリアックの持つ情報は全て掴んだ!

……父上、黒幕のロシュフォールを必ず破滅させ、仇は取る!


ディーノは亡きグラシアン・ブルダリアス侯爵の無念を晴らすべく、固く誓っていたのである。

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