第31話「ネリーが先生①」
翌朝、午前10時少し前……
相変わらず美味い!
ガツガツとお代わりするくらい朝食をたっぷり摂ったディーノは、
支度をし、飛竜亭を出た。
今日も冒険者ギルドへ赴く為だ。
ちなみに、目立たぬようマドレーヌには、『ひと足先』に出て貰っている。
飛竜亭の出入り口にはニーナ達スタッフ女子軍団が立ち、盛大に見送ってくれた。
ここで首を傾げる方が居るかもしれない。
ディーノが何故午前10時という遅めの時間に出発したのか?
というシンプルな疑問が生まれるから。
答えは簡単だ。
『ラッシュ』を避ける為である。
イメージは何となく湧くかもしれないが……
元々、ラッシュとは突進、突撃という意味である。
または物事が一時に「どっ」と集中するという意味もある。
ちなみに冒険者ギルドにおけるラッシュとは……
割の良い依頼を求める、もしくは完遂報告し報奨金を受け取る、
そんな冒険者達でごった返す現象及び時間帯の事である。
また、具体的なラッシュ時間帯は、
朝がギルドのオープンする午前8時から10時までの2時間、
夕方は、午後4時から6時までの同じく2時間となっている。
閑話休題。
ディーノがギルドへ到着し、本館内へ入ると、何か様子が違っている。
様子の違いは、すぐに分かった。
受け付けカウンターにネリーが居ないのだ。
まさか!?
『良からぬ想像』をしたディーノは焦った。
もしや!
自分が原因で彼女が解雇された!?
それとも!
嫌気がさしてやめてしまった!?
慌てたディーノが受け付けカウンターへ突進し、別の担当女性へ聞くと……
意外にも、彼女は笑顔で教えてくれた。
ディーノの心配は全くの杞憂だった。
微笑む女性が指さした先、『業務カウンター席』に、
ネリーは笑顔で座っていたからだ。
受け受けの女性へ重ねて聞けば……
とても急ではあったが……ネリー自らが志願しての『異動』らしい。
しかし、何故?
とディーノは思う。
冒険者ギルドの受け付けカウンターは、ギルド幹部への取次ぎや館内案内など、
訪問者への対応が、主な業務である。
片や、業務カウンターは対冒険者の依頼発注、受注確認、完遂確認等が主な仕事であり、冒険者から相談を受けた場合、コンサルティング的な対応もする。
受け付けとは全く異なる業務を何故ネリーがいきなり志願したのか?
どちらにしても本日、ディーノは依頼探しの為にやって来た。
もしも適当な依頼が無くても「勝手が分かれば良し」くらいに思っている。
どうせ問い合わせや相談をするのであれば……
業務カウンター担当へ異動したネリーから、良きアドバイスをして貰うのがベストだと考えた。
ラッシュ時間帯を過ぎた事もあり……
ネリーが座るカウンターに、待ち人は居なかった。
「おはようございます!」
ディーノは声を張り上げて挨拶すると、
ネリーが座るカウンターへ近付いて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ネリーは歩み寄るディーノにすぐ気付いてくれた。
張りのある声で朝の挨拶をしてくれる。
「おはよう! ディーノ君!」
良かった……と、ディーノは安堵し思う。
ネリーは凄く元気だ。
実際彼女からは前向きな波動が強く強く伝わって来る。
しかしディーノは、何故急に異動したのかを聞かずにはいられなかった。
「ネリーさん、一体どうしたんですか? 何があったんですか?」
「一体どうしたって、ああ、異動の事?」
「そうです。受け付けより業務カウンターの方が、口うるさい冒険者と直接正対するじゃあないですか?」
「口うるさい冒険者って……ああ、君みたいな人の事ね?」
やはりネリーは昨日とは違う。
冗談まで言う余裕がある。
……ここは合わせておいた方が良いだろう。
「ま、まあ、そうです」
「うふふ、冗談よぉ。ディーノ君はけして口うるさくなんかないわ。ちょっと変わってるだけよ」
「俺が変わってる……ですか? 確かに自覚はしています」
「あはは、やだっ! だから冗談だってぇ!」
やっぱり彼女は大丈夫だ。
とディーノは改めて安堵した。
それに……
やはり今日のネリーは明るく、はつらつとしていて、昨日の不愛想さが全くない。
「さあ、仕事仕事! ディーノ君、今日はどういう御用件かしら?」
「ええっと、俺、依頼を受けるのが生まれて初めてなので、勝手が全く分からず……」
「成る程! 教えて欲しいのね? 私なんかで良いの?」
「はい! ネリーさんじゃないと絶対に嫌です」
「うわ! 嬉しい事言ってくれるじゃない。じゃあ知ってるかもしれないけど、最初からお姉さんが優しく教えてあげるね」
「や、優しく!? 初めてなんで、よ、宜しく、お、お願いします」
「お姉さんが優しく教える」とネリーから言われ、何故かどぎまぎしたディーノ。
という事で、ネリーが『先生』となり、冒険者ギルドのレクチャーをしてくれる事となった。
「ええっと、冒険者約定書は? 昨日マスターか、サブマスターから見せて貰った?」
「はい、ミルヴァさんから直接1部頂きました」
「え? ミルヴァさん? マスターを?」
「ええ、そう呼ぶように、彼女からは言われました」
「ふふふ、凄いよ。いろんな意味で君は特別なんだね」
ネリーはちょっと
またも明るく微笑む。
こうして……
『先生』となった冒険者ギルド職員ネリーの個人授業が始まった。
今迄は気が付かなかったが……
カウンター越しに、柑橘系らしい爽やかな香りがする。
どうやら……
ネリーから香ってくるようだ。
香水を身にまとっているらしい。
今の明るいネリーにはぴったりの香りであり、
ディーノは「どきどき」してしまう。
「ねぇ、ディーノ君」
「は、はい! ネリーさん、いえ、先生!」
「うむ、宜しい! じゃあ、ギルドが作成した『冒険者基本約定書』を基に説明するわね」
「よ、宜しくお願い致します」
「ええっと、書類自体は、昨日マスターから見せて貰ったのよね?」
「は、はい」
「内容を確認した上で冒険者登録したと思うけど、念の為、目を通してくれるかしら? 記載されている中で、質問があったら私へ尋ねてください」
「は、はい! わ、分かりました」
ネリーはカウンターの上に1枚の『ぺら紙』――簡易な書類を置いた。
ディーノは、そのぺら紙に見覚えがあった。
……そう、ぺら紙は昨日ミルヴァから受け取った冒険者基本約定書である。
よし、改めて念入りに読むか。
ディーノはぺら紙を取って、熱心に見始めたのであった。
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