第37話 天空の女子会
「やっぱり星夜のお茶はうまいな」
「ありがとうごさいます」
場所は天空のお茶会会場。褒められて満更でもない星夜がいた。
「って、和んでいる場合ではありません。義兄さんはどうなってます?」
キョロキョロ、と星夜は辺りを見回すが、戦闘が行われている地域を発見できない。
「ほら、あっちだ」
「どこですか? 全く見えません」
「しかたない。ほらっ、これでいいだろ」
エマはテーブルの近くに複数の映像を表示させる。スポーツ観戦さながらに複数の視点で天下と鋏の状況が写し出される。
映像は生で見るより綺麗で、音声つきである。そんじょそこらのテレビでは太刀打ちできないハイクオリティの映像でお送りしている。
『マジカルキメラ暴走事件を忘れたとは言わせませんよ。〈超振動〉』
「マジカルキメラってなんですか?」
映像を見ると天下が鋏に向かってマジカルキメラの悲劇について語りかけていた。
「マジカルキメラは一言で言うと、魔法に適した生物を作る実験だ。結局、失敗して、いや、ある意味成功して、魔法適正抜群の生物を生み出した。だが、制御することができず、マジカルキメラは暴れまわった」
「そんな事件があったんですね」
「最終的にはあたしが討伐したがな。現場にいた魔法使い総出で防御魔法を張って貰ったな。あたしもあの時は未熟で、被害を出さずに倒す方法がなかった。かの伝説のエマちゃんパンチが初お披露目された事件だな」
当時のエマは今以上に力押ししかできなかった。マジカルキメラを討伐するのも力押し。本気でエマが殴れば被害は甚大である。被害を抑えるためにも魔法使いは全力で防御魔法で行使した。
エマの攻撃による大きな被害は防げたが、マジカルキメラが暴れた被害は甚大であった。
「あいつが暴れたせいで世間に魔法が……いや、なんでもない」
「なんですか、途中で止めて。言うなら最後まで言ってください」
「まあ、なんだ。マジカルキメラの一件で目敏い奴等に魔法の存在がバレてな、どこぞの製薬会社も魔法に興味を持ったという話だよ」
マジカルキメラは極一部しか知らなかった魔法という技術を目敏い連中に知らしめてしまった。マジカルキメラが暴れた範囲は広大で全てを隠しきることができなかった。
魔法に興味を持った個人や企業がこぞって魔法を使おうと研究した。星夜が捕らわれた企業もその一つだ。
「なんだ、そんなことですか。確かに当時は辛くて苦しかったです。でも、今の私は幸せです。義兄さんやエマさんに会うためだと思えばなんてことはありません」
「そっか、ありがとな」
マジカルキメラ暴走事件で何人もの犠牲者が出た。直接的な被害のほとんどは魔法使いだが、魔法の存在によって無辜の民が犠牲になった。
一人でも救われた人がいるならエマを含むマジカルキメラ討伐に参加した魔法使いも報われる。
「さ、さぁーて、天下はどうなっているのかな? 気になるなぁ」
むず痒くなったエマは分かりやすく話題を変える。エマは天下の動向を逐一探っているので、全てお見通しである。気になる部分などありはしない。
「おっ、天下が追い詰めてるな。このまま決着か?」
「本当ですね。鋏さんが手に捕まってます」
テーブル近くの空中に投影された映像には天下の魔法が鋏を掴んでいる場面が写し出されている。
『先生、降参しますか?』
「復讐を誓う相手は降参しないだろ」
「ですね。義兄さんは甘いんですよ、いろいろと」
星夜を引き取ったことしかり、ドラゴンを引き取ったことしかり、天下は非情に徹することができない。
『これしきのことで諦めるほど、覚悟は甘くない。ここから抜け出せないとでも思っているのか。だとしたら、傲慢だぞ』
「ははっ、言われてるな天下」
『〈縛手〉〈巻糸〉〈纏岩石〉』
「全く、油断しおってからに。止めを刺すチャンスはあったのに。命取りだぞ」
映像に写る天下の行動は遅きに失していた。
『遅い、〈生命炸裂〉』
「義兄さんっ!?」
「ははっ、やられてやんの」
鋏の魔法をまとも食らう天下を見て、星夜は心配するが、エマは笑い飛ばす。魔法の威力と天下の実力を正確に見定めることができるエマは天下の命に支障がないことを確信している。
星夜には魔法も天下の実力もさっぱりわからない。攻撃を食らっている様子に気が気ではない。
星夜は天下が戦う姿を観戦するのは初めて。切った張ったの世界にただただ悲鳴を上げる。
「なんだか、やられてますよ。大丈夫なんですか? 義兄さんは死なないですよね?」
「あれくらいなら、よくある。急所は外してる。死にはしないさ」
エマは至って冷静に告げる。天下の観察が趣味なエマからすると、もっと危険な状態に陥った過去は無数にある。鋏の魔法を受けた程度では焦る必要性はない。
あらゆる魔法を受けるのは怪我の内に入らない。
「事態が変わりそうだぞ」
「えっ、義兄さんっ!?」
〈生命炸裂〉魔法から逃れられなくなった天下が吹き飛ばされる。エマには致命傷を避ける動きが見えていたので、大事には至らないと理解している。
戦闘を一切知らない星夜には魔法にやられて死ぬのではないか、と戦々恐々である。
「安心しろ。致命傷は避けてる。全身打撲、といった感じか。それより紅茶のおかわりを」
「紅茶はそこにあります。勝手に淹れてください。本当に義兄さんは大丈夫なんですよね? 死にませんよね?」
大丈夫大丈夫、とエマは晴々しい表情で告げて、仕方なく自分で紅茶のおかわりを注ぐ。明るく言われてしまえば星夜の不安も少しは軽減される。
映像の天下は動かないが出血している様子もないことから、実は大した怪我ではないとも思える。
「とにかくよかったです。義兄さんは無事のようです」
「だから言っただろ、大丈夫だって」
映像の天下が動き出す。
『できすぎだろ。飛ばされて、マンションのシンクに来る。正に天下の台所だな』
「ぶふっー!」
「うわっ、汚いっ!」
紅茶を口に含んでいたエマが天下のつまらないシャレに笑い、盛大に紅茶を吹き出す。
「げほっ、げほっ、いきなり天下の台所ってなんだよ。このエマちゃんも不意を突かれたよ」
「義兄さんのつまらないジョークで吹かないでください。タオルはどこにありましたか…………ああもう、タオル持ってきてないじゃないですかっ!」
「すまんすまん、ほれタオル」
魔法でタオルを作り出して星夜に流れるようにパスする。
「わわ、っと危ない、落とすところでした。タオルありがとうごさい……ってどうして私が掃除しないといけないのですか。エマさんが汚したのですから、自分で後始末してください」
「もう、仕方ないな。やればいいんでしょ、やれば」
「どうして私が我儘を言ったみたいになっているのですか。おかしいでしょ」
星夜はエマの母親でもないし、エマは尻拭いのできない子供でもない。星夜はタオルを投げ返して、エマに後始末をさせる。
「よし。綺麗になった」
「『綺麗になった』ではありません。端っこの辺りがこれっぽっちも拭けてません。はあ、もういいです。タオルを貸してください」
普段から家事とは縁遠いエマに完璧な掃除はできない。結局細かな汚れが気になって自分で掃除をする星夜だった。
『っーか驚いた、先生にあんな隠し芸があるとは』
「それくらい想定しないとダメだぞ。これこそ、ちゅうちゅう猫を噛むだな」
「それを言うなら窮鼠猫を噛むです」
「細かいことは気にするな」
追い詰められた者の反撃は『ちゅうちゅう』と可愛げのある言葉では済まされない。
『さて、休憩も終わりかな。ゆっくりしてると、また、なんかされそうだ。やっぱ魔物も人間じゃ全然戦法が違うよなーー反撃開始と行きますか』
「おっ! どうやら天下の反撃開始みたいだぞ」
諺で失敗して具合の悪いエマは天下の変化で話題を変える。
「みたいですね。とりあえず、義兄さんが元気そうで何よりです」
「どうやら、ここから天下の本気が見れるぞ。ちゃんと勇姿を目に焼きつけろよ」
「いえ、私は別に見たいとは思わないのですが」
「やれやれ、冷たい妹だ。お兄ちゃんは泣いてるぞ」
星夜は戦いは好きではない。格闘技の試合に嫌悪感はないが、積極的に観戦するつもりはない。
成り行きで天下と鋏の戦いを観戦しているが、本心では家に帰って家事なり勉強をしたい。
女子会は楽しいが、今やる必要もない。改めて場所と時間を決めてゆっくりしたいのも本心。
それにエマが勝手に持ってきたキッチン用品を片付けることを考えると今すぐ帰りたい欲求が沸々と湧いてくる。
総じてこの時間を満喫していない。
「これから本番なのに、一番面白いシーンが始まるぞ。あれだ序章だ」
「序章だと、物語の始まりです。エマさんが言いたいのは、終盤、見せ場、大詰め、山場、佳境、クライマックスあたりでしょう」
「うわーん、幼馴染みの義妹があたしをいじめるよぉー、えーん」
「えぇーっ、なんで泣くのですか!? 言い過ぎました、ごめんなさい。ですから嘘泣きはやめてください」
言葉を間違えたエマがにも責任があるが、星夜が言い過ぎた一面もある。泣くエマを見て、自分も泣きたい気分の星夜である。
天下と鋏の戦闘が最終局面に向かう頃、天空ではわちゃわちゃした女子会が開催されていた。
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