第15話 一流冒険者は伊達じゃない

「やったか……?」


 甲板にいる冒険者が呟く。毒入りのエサを食べたクラーケンが海に沈む様子を見た言葉だ。


「やったか、と言ったらダメだろ。古今東西やったかと言ってやったためしはない。その言葉はフラグだぜ」


 高みの見物の天下の言葉通り、クラーケンは一旦海に沈んだが、元気一杯。むしろ毒入りのエサを食べさせられて怒っている。


「ちっ、ほとんど効いてないか。流石、デビルフィッシュズだけはある、簡単にはいかんよな」

「量が少なかったみたいっす。ありったけを用意したんすけど……全部は食べてみたいっす。いくつかエサが浮いたままっす」

「どうするリーダー、まだ魔術師隊も弓隊も余裕があるから、追撃は可能よ。大砲の再装填も終わっているわ」


 怒り心頭のクラーケンだが無策で突っ込まない程度の知能はある。毒入りのエサ、海中からの大砲、切り刻まれた触手、ダメージはあれど撤退するほどの重症には至らない。


「リーダー、クラーケンが離れてるっす」

「妙だな、まだクラーケンが諦めるとは思えないが……」


 ネセサティーズは即席の作戦会議を開くが、有効な策は思い浮かばない。クラーケンが一旦距離を取っているため、攻撃が届く距離でもない。一時的な膠着状態である。


「来る! まさか、突進する気か!」


 距離を取ったクラーケンが体を槍のように鋭く真っ直ぐさせて一直線に船に向かってくる。


「総員、衝撃に備えろっ!」


 迎撃は不可能と断じたコクッゴがあらん限りの大声で警告する。

 直後、ダゴーンッ、と、轟音と共に船全体に衝撃が走る。


「やるな、クラーケン。自身より何倍もの大きさの船を揺らすとは、天晴れである」


 ぐわんぐわん揺れる船でただ一人、天下はクラーケンを称賛する。船は横からの衝撃に弱い。大きな津波も正面から受ければ乗り越えられるが、横から受ければ転覆する。船はやじろべえのように左右に大きく揺れている。

 クラーケンの突進は船体側面の鉄板を貫き、大きな風穴を開けた。クラーケンの体は船に突き刺さったまま暴れまわり、中にいた冒険者や乗組員が触手の餌食となり、帰らぬ人となる。

 さらにクラーケンの猛攻は止まらず、長い触手を勢いよく振り抜き、甲板で船の揺れと戦っている冒険者を襲う。


「シャカアイ!」

「……(ぬっ)」


 一流の冒険者ネセサティーズは他の冒険者と比べて立ち直りが早い。揺れる甲板でも姿勢を崩していない。

 シャカアイが飛び出て触手の攻撃から冒険者を守るが、守れるのは触手一本分の範囲。

 冒険者も指を加えて見ているはずもないが、船の揺れは一向に収まらず、不安定な足場に苦戦している。触手が振るわれる度に冒険者が犠牲になる。


「こなくそっ! お前の好きにさせるか」

「〈ウインドカッター〉〈ウインドカッター〉〈ウインドカッター〉〈ウインドカッター〉」


 コクッゴが冒険者の間を縫って触手を裁く。しかし、縦横無尽に暴れまわる触手に有効な攻撃はできていない。

 リカも負けじと風の刃を発生させる魔術で応戦するが、こちらも決定打には至らない。


「おいおい、一気に形勢逆転じゃないか。地獄絵図一歩手前だな」


 天下は冷酷に眼下の状況を俯瞰する。

 一流の冒険者と聞いていたから期待していたのに、この有り様では期待外れ。

 ドンケルハイト大陸でやっていくには役者不足としか言いようがない。


「この程度なら、修行相手にもならないな。このままだといたずらに犠牲者が増える、さっさと終わらせるか。〈圧縮〉」


 天下の魔法発動直後に、バンッ、と音がしてクラーケンの触手が一本吹き飛ぶ。

 〈圧縮〉の魔法は名前の通り圧力をかけて一点に集中させる。つまりクラーケンの触手はでかい力で押し潰され、耐えきれずに千切れ飛んだ。


「何が起こった、大砲か。いや、考えてる暇はない。体制を立て直して一気に叩く、前衛は俺に続け」


 苦しんでいるクラーケンを尻目にコクッゴが指示を出す。リカにはアイコンタクトで遠距離攻撃の準備を進めさせる。

 無言でシャカアイも続き、サンスーは拘束用の罠を用意する。長年同じチームとして活躍してきたネセサティーズに言葉の指示は必要ない。誰もが自分の役割を全うするために最善を尽くす。


「……(せいっ)」


 シャカアイが飛び出てクラーケンの触手を叩き落とす。後続の冒険者が落ちた触手に追撃を加えて再起不能にする。


「魔術師隊、弓隊、放てっ!」


 さらに襲ってくる触手を遠距離部隊が叩く。

 その間にネセサティーズのリーダー、二刀流の剣士は触手の合間を掻い潜って本体の元に辿り着く。

 今だ、船体に突き刺さったままのクラーケン目掛けて甲板から飛び降りる。


「はぁぁぁあ、これで終わらせてやる!」


 クラーケンの頭、イカで言うところのエンペラの辺りから真横に切り結ぶ。


「冒険者を舐めるなぁぁぁ!」


 目にも止まらぬ早さで、コクッゴはクラーケンの頭部を切り裂く。

 コクッゴが剣を振るう度にクラーケンの触手から力が抜けていく。コクッゴがクラーケンの頭部をズタズタにする頃には触手の勢いはなく、全ての触手がだらりと垂れ下がっていた。


「俺たちの勝利だっ!」


 コクッゴがクラーケンの上で宣言する。完全に倒したと主張するかのように。

 船体に突き刺さっていたクラーケンの本体の力が抜ければ姿勢を維持できない。重力に従って穴から零れ落ちていく。

 コクッゴは道ずれにされまいとクラーケンの本体を蹴って飛び上がる。


「油断してんじゃねぇよ、おっさん」


 遠くの位置で高みの見物をしていた天下だけが気づいていた。クラーケンはまだ死んでいない、と。


「イカの生命力を舐めんな。捌かれた後でも動くんだぞ」

「っ!」


 クラーケンの最後の力を使って触手を振る。死なばもろとも、触手が空飛ぶコクッゴを捉える。完全に油断していたコクッゴには避けることも守ることもできない。何より空中という足場のない場所では踏ん張ることもできない。

 絶体絶命のピンチにコクッゴが覚悟を決める。


「一宿一飯の恩義だ。受け取れ、〈水散弾〉」


 高所から放たれた無数の小さな水の塊がクラーケンの触手と本体を貫く。高速で飛来する水の塊に触手は衝撃であらぬ方向に弾かれ、本体は水の勢いに押されて海面に叩きつけられる。

 体の複数箇所を貫かれてクラーケンは完全に絶命する。


「よかったな、おっさん。食堂で飯を奢ってもらった借りは返したぞ」


 もし、コクッゴが天下に話しかけなかったら。

 もし、コクッゴがケチをして割り勘にしていたら。

 もし、コクッゴが宿を紹介していなかったら。

 もしかしたら、コクッゴの命はなかったかもしれない。


「……生きてる」

「倒したっすねクラーケン。あのデビルフィッシュズを倒すなんて、最高の偉業っすね」

「怪我はないかしらリーダー。クラーケンを切り刻む姿は格好よかったわよ」

「……(うん)」


 甲板に戻ってきたコクッゴにネセサティーズのメンバーが駆け寄って声を健闘を称える。

 討伐することが困難なクラーケンを倒して感無量である。


「リーダー、皆が待ってる」

「リーダー、勝利宣言っす」


 甲板にいる冒険者全員がコクッゴの声を待っている。一度は死を覚悟した冒険者たちは、生き延びたことを感謝すると共に実感するために勝鬨を待っている。


「かのデビルフィッシュズの一角、クラーケンは俺たち冒険者によって討伐された。俺たちの勝利だっ!」

「うぉぉぉお!」

「勝ったぁぁぁっ!」

「生きてるよっ!」


 冒険者たちは思い思いの方法で雄叫びを上げる。

 生きていることに感謝し、偉業を達成したことを誇る。


 冒険者を眼下に収めている天下は静かに船室へと戻るのであった。

 クラーケン討伐に参加していない天下に喜びを分かち合う資格はない。少なくとも天下はそう思っている。

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