第4話

 

 刑事は自分の閃きに自信を持つと、エマを再度取り調べることにした。


「奥さん。あんた、ニック・スミスに頻繁に電話をしているね」


「……」


「何者だい、この男は」


「……以前、飲みに行ったことがあるバーのマスターです」


「そうだよね。〈FANCY〉というバーのマスターだよね。なんでまた、そんな男にしょっちゅう電話してるんだ? 旦那も子どももいる既婚者のあんたが」


「……2年前、初めて会った時から好きでした。でも、彼は白人。どうせ付き合ってくれないだろうと思って、気持ちを打ち明けませんでした。……でも、今でも忘れられなくて、声を聞けるだけでいいんです。スティーブがいない時に電話をしてました」


 うつむいて語るエマの話には真実味があった。だがその台詞せりふは準備していた台本だと判断した。



 エマを帰したその日の夕刻、ニックが店に出て誰もいないはずのアパートを見張った。ーー間もなくして、ニックの部屋から女が出てきた。顔を見た途端、刑事はアッと心の中で叫んだ。読みが的中したからだ。声をかけると、スージーはびっくりした顔を向けた。


「覚えてますか? 私のことを」


 その問いに、スージーは小さく頷いた。


 目の前にある公園に誘うと、街灯が照らすベンチに腰を下ろした。ふと見上げると、空は淡い紫色に染まっていた。


「エマとは連絡を取ってる?」


「いいえ」


 スージーははっきりと言い切った。


「どうして? 友だちだったんでしょ? 〈Nice〉で一緒に働いていた頃は」


「ええ。でも、嫌いになったんです」


「どうして」


「私の彼のニックにモーションをかけたことを知ったからです。友だちだと思っていたのに、私の彼を横取りしようとしたことが許せなかった。だから、絶交したんです」


 丸暗記した台詞を喋っているように刑事には聞こえた。スージーもまた台本を用意していたようだ。


「……なるほどね。けど、エマはあんたの恋人のニックと今でも連絡を取り合っているよ」


「えっ? うそよ!」


 わざとらしく驚いた顔を向けた。


「うそじゃない。エマ宅の通話履歴でニックの名が浮上、それでアパートが判明し、こうやって、同棲しているあんたを取り調べるまでに至ったわけだから」


「チキショー! あの女。亭主も子どももいるって言うのに、私の彼にちょっかいを出しやがって。亭主にばらして、離婚させてやろうかしら。ったく」


 スージーのその汚い言葉は演技だと、刑事は見抜いていた。


「さっき、エマとは連絡し合ってないって言ったよね?」


「……ええ」


「なのにどうして、子どもがいることを知ってるの?」


 途端、スージーは狼狽うろたえた。


「……それは、〈Nice〉にいたころからスティーブと付き合ってたのは知ってたから、あれから2年も経ってれば結婚して子どももいるだろうと推測して……」


 お茶を濁すかのように早口で捲し立てた。


「……なるほど、推測してね……エマの父親が死んだのは知ってる?」


「……いいえ。新聞は読まないから」


 目を逸らした。


「どうして、新聞が関係あるの?」


「えっ?」


 言ってる意味が理解できない様子で顔を向けた。


「どうして、エマの父親の死が新聞に載ってると思ったの?」


「えっ?」


 目を丸くした。


「死んだと言っただけで、殺されたとは言ってない」


「……それはつまり、2年前に私の父が殺されたから、そのことが頭の隅にあって、たぶん殺されたんだと思い込んで」


「先入観てヤツ?」


「……たぶん」


「ところで、×日の午後3時ごろ、どこで何をしてた?」


「×日ですか?」


「そう」


「……部屋にいたと思いますーー」



 スージーにはアリバイがなかった。仮にニックが、‘スージーと一緒に部屋にいた’と証言しても、恋人の証言は信用性が低い。完璧なアリバイにはならない。いよいよ、刑事の読みが色を濃くした。


 刑事の見解はこうだ。スージーの父親を殺したのはエマで、エマの父親を殺したのはスージー。つまり、【交換殺人】だ。肌の色こそ違えど、二人は背格好が似ている。その方法はメーキャップとかつら。黒人のエマはライトナチュラルのファンデーションとブロンドのかつらで白人に扮した。その逆に、白人のスージーはブラウンのファンデーションとアフロヘアーのかつらで黒人に扮した。そして、アリバイを完璧にするために目撃者を作ると、ブロンドやアフロなど、わざと目立つ髪型を印象付けた。



 交換殺人を確信した刑事はその夜、エマの自宅を訪ねると、鎌をかけてみた。


「スージーが自白したよ」


「えっ!」


 エマが目を剥いた。


「交換殺人のからくりを」


「……」


 エマは俯いた。


「スージーの父親を殺したのは、白人に扮したあんたで、あんたの父親を殺したのは、黒人に扮したスージーってことを」


「……」


 刑事の読みが図星であることを教えるかのように、エマは身動みじろぎ一つしなかった。


「最初から話してもらおうか」


 覚悟を決めたのか、エマはため息をつくと、ソファに深く座り直した。


「2年前、一人の中年男が店にやって来たのがすべての始まりでした。その男を見た途端、スージーの顔色が変わったんです。話を聞くと、その男は父親で、その父親が怖くて逃げてきたと。そして、私と同様に虐待されていたことを知りました。スージーを父親の呪縛から解き放してやりたかった。いつもの明るいスージーに戻してやりたかった。だから、殺害する方法を考えたんです。それしか、スージーが幸せになる道はないと思ったから。


 あの日。店に電話を寄越したスージーの父親、アルバートからモーテルの部屋番号を聞き出すと、『明日、スージーの友人が直接モーテルに行く』と伝えました。


 翌日、スージーの上手なメイクで白人になった私は店を休みました。アルバートと会う約束の午後3時までの間、指紋がつかないように指先に透明のマニキュアを塗ったり、返り血を浴びても目立たない服選びをして、部屋で待機していました。

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