83.精霊術師、呑み込まれる


 エリスとティータによると、まだ狂気が発現していないってことで、俺たちはまだしばらくリーフの影の中で様子を見ることに。


 例の盗賊は、『これから君を含めて、多くの女性の中から花嫁を選ぶ儀式があるけど、その前に私は食事を済ませて精力をつけるから、もう少しの間だけ待っていてくれたまえ、ベイビー』とかいう寒い台詞を残して姿を消した。


 女装したリーフに対し、男でも全然かまわないどころか、歓迎するとさえ言ってのけた連続誘拐犯。こんな変態は即座に駆除したいところだが、狂気が姿を見せる前に俺たちが飛び出せば逃げられる可能性が高く、今までの苦労が水の泡だからな。


「ううぅっ、このままじゃ僕、純情を奪われちゃうよう。ヤダヤダー! お嫁にいけないっ。助けてぇ、エリザ、ジェラート、アイシラー!」


 泣き叫ぶリーフ。いくら女装してるからって、お嫁にいけないって……。なんか彼の仕草とか見てると女の子より女の子っぽいし、そういうのも含めてあの盗賊に気に入られたのかもしれない。


「――やあ、待たせたね、ベイビー」


「ひぃっ……」


 やがて盗賊が帰還し、リーフが嫌々ながら外へ連れ出される。


 やはりこの小屋は谷底にあって、しばらく歩いた先の崖下では、十人ほどの女性たちが縛られた状態で座っていた。これがさらわれた中級パーティーの女性陣か。好みが偏ってるのか、みんなボーイッシュで中性的な子ばかりだ。


 リーフも女の子っぽいとはいえ、中身は男だし盗賊の好みと合致したのかもしれない。ってことは、狂気は相手の性別まで瞬時に見抜いてしまうってことか? 末恐ろしいな。


「コホンッ……ある程度集まったし、これから二回目の私の花嫁選びの儀式をさせてもらうよ、ベイビーたち。ちゅっ……」


 投げキッスをしつつ、舐めるように女性陣を見つめる盗賊。二回目の嫁選びって言ってるし、一回目があったみたいだ。なのにまた嫁探しって、そのときは気に入った相手が見つからなかったんだろうか。


「ちなみに、私の花嫁として選ばれなかった者たちは、口封じのためにその場で一人残らず処刑させてもらうけど、悪く思わないでくれたまえ、ベイビーたち」


「「「「「……」」」」」


 さすが、みんな中級パーティーの一人なだけあって悲鳴を上げる者はいなかったが、それでもこの世が終わったといわんばかりの暗澹たる面持ちだった。リーフなんて涙目でガクガク震えちゃってるし。


「ま、もし仮に花嫁として選ばれたとしても、飽きたらその時点で殺して埋めるし、また誘拐の繰り返しなんだけどね。ごめんね、ベイビーたちっ」


 これは、さすがに狂ってるんじゃないかと思ってエリスたちの顔を見たが、同じタイミングで首を横に振られた。


 おいおい、これでもまだ発現してないのか。さすが、初級じゃなくて中級パーティーを狙っているだけあって、正常な状態からもう狂気の度合いがかなり強いんだな。


「でもね、レオン。さっきから狂気が外に出たがってるような気がするよー。ねえ、ティータ」


「そうね、エリス。私もそんな気がするわ。狂気が出てくるタイミングとしてはもうすぐなはずよ、レオン」


「なるほど……」


 エリスとティータの言う通りなら、もうちょっと辛抱するだけでいいか。盗賊から強めの狂気が出掛かってる影響かイライラしてくるが、しらみつぶしに無効化しつつ我慢だ。


「さあ、私の花嫁は誰にしようかなあ、誰かな誰かなあ、フッ……」


「「「「「うぅ……」」」」」


 絶対に選ばれたくないけど、選ばれなかったら処刑されてしまうので選ばれたい。そんな相反する感情のせいか、なんとも絶望的な空気が漂う中、変態盗賊の嫁探しはいよいよ佳境を迎えつつあった。


 さあ、この中から一体誰が花嫁として選ばれるのやら。そんなの知りたくもないはずなのに、何故だか無性に知りたくなってくる。


 いつの間にか夢中になっていて、そんな自分がなんとも奇妙だと思える。これも知らず知らずのうちに狂気に呑まれてしまっているせいだろうか。それが自覚できるだけ、まだ正常なほうなのかもしれないが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る