81.精霊術師、同調する


「……女装姿、よく似合ってるじゃない、ジェラート」


 エネル草原へ向けて、少し前に馬車で出発した四人組だったが、沈黙に耐えられなかったのか黒魔術師のエリザが重い口を開いた。


「ちっ……エリザはいちいちうるせえなあ。俺は仕方なくこういう格好をしてるだけなんだよ。喧嘩売ってんのか?」


 腕組みをした白魔術師ジェラートが露骨に不快そうな表情を見せる。


「何よ、褒めてやっただけでしょ。ありがたく思いなさいよ」


 ……都を発って間もないというのに、早くも不穏な空気が漂っている。またこの二人の喧嘩が勃発しそうだな。


「それなら、エリザ。姿もサマになってるぞ?」


「そ……それってどういうことよっ!? 私がお転婆だってこと!?」


「さー、どーいうことだろうなあ?」


「そのニヤニヤした嫌らしい顔っ……図星ねっ!?」


「や、やめようよ、二人とも」


「だから、ほっときなって……」


 慌てた様子で止めようとする剣士のリーフと、冷めた表情で窓の外を見やる踊り子アイシラの姿がなんとも対照的だ。


「それならこっちも言わせてもらうけどね……ジェラートが仲間を失いたくないのだって、結局自分が怖いだけなんでしょ、この臆病者っ!」


「は、はあ? エリザ、お、お前……もういっぺん言ってみろよ!?」


「何百回でも言ってやるわよ! 臆病者のチキン野郎っ!」


「こっ、こんのクソ阿婆擦れがっ!」


「「ゴルァアァッ!」」


「「「「「はあ……」」」」」


 この複数の溜め息の中には、リーフやアイシラだけでなく、影の中にいる俺たちのものも含まれている。当然、こっちの声は聞こえてないわけだが。


 まあ、喧嘩するほど仲がいいっていうし、問題ないだろう、多分……。俺たちがこのパーティーのメンバーなら気苦労させられそうだが、エリスたちと契約してるおかげでストレスは抑えられてるし、所詮この事件が解決するまでの付き合いだから辛抱できる。


 ただ、こういう争いで狂気の気配が生じるかもしれないので、スルーするわけにもいかないんだ。


 そういうこともあり、俺たちはしばらく影の中で彼らの様子を窺っていたが、喧嘩が日常的になっているためか、すぐに四人とも平静な表情に戻った。彼らはなんらかの精霊と契約してるわけでもないだろうに、慣れっていうのは凄いもんなんだな。


 ゼカストの森を通り抜けてからまもなく、とてもなだらかな草原が見えてきた。あれがエネル草原だ。眺めていると眠くなるほどあまりにも長閑な景色なので、事件が起こっているのが信じられないと思える。


 いよいよ誘拐事件の現場へと近付いてきて、ほんの僅かだが緊張してきた。今回の事件は一体どんなやつが犯人なのか。


【彷徨う骸たち】のように、【天使の翼】パーティー自体が狂気を秘めているのか、あるいはそれとはまた違う展開になるのか……。


「「「「……」」」」


 まもなく目的地へ到着し、エリザたちが馬車を降りたわけだが、かなり緊張している様子。


「……あ、あのさ、ジェラート、さっきはごめん……」


「はあ? お、俺のほうこそ、悪かったな、エリザ……」


「二人とも、仲直りだねっ! 握手握手っ!」


「「ちょっ……」」


「ふんっ、ここに来てからじゃなくて、最初からそうすりゃいいのにさ……」


 ジェラートとエリザに仲直りの握手をさせるリーフと、目が覚めるかのような毒舌を吐くアイシラ。


「わ、私は、後味が悪くなっちゃうと思って……。だって、もしこのまま私が犯人に誘拐されちゃったら、そのままお別れになるかもだし」


「心配すんなって。エリザだけはねえから」


「そ、それってどういう意味よ!? そういうことなら、ジェラートだけは絶対にさらわれることなんてないから心配しないで!」


「は、はあぁっ!? おい、なんだよその言い方っ!」


「「「「「はあ……」」」」」


 懲りずにまたエリザとジェラートの喧嘩が始まって、溜め息をつきながら呆れた顔を見合わせるリーフとアイシラ。側で見てる俺たちもそうだったし、同じ心境なんだと思う。


 やがて、【天使の翼】の四人組が草原の中へと足を踏み入れていった。さあて、いよいよここからだな。

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