63.精霊術師、討伐対象と化す
闇の洞窟ダンジョン内部、その入り口付近に五人組――SS級パーティー【堕天使の宴】――の面々がいたが、いずれも浮かない表情であった。
照明魔法をもってしても周囲がほとんど明るくならず、異様に暗い状態が続いていることもあり、暗澹たる空気に支配されていたのだ。
「こっから入り口が見えるくらい近くて、しかもイシュトが照明魔法を使ってるってのに、この暗さはなんなんだい。気味が悪くなるくらい真っ暗なところだね、まったくもう……」
女剣士ルディが愚痴を吐くと、隣にいた黒魔術師アダンが眠そうな顔で溜め息を吐いた。
「ふわぁ……ルディ、決戦が間近に迫ってるってのに、そんなことを言ってる場合なのか? 俺たちにはもう、いよいよあとがないんだぜ」
「ふんっ。アダン、普段からまったくやる気のないあんたに言われたらおしまいだよ。これからあたいらが相手にするのが【名も無き者たち】っていうとんでもない化け物じゃなけりゃ、こんな劣悪な環境でも余裕で我慢できるんだけどねえ……」
「今度こそっ……今度こそあいつらを討伐できますように――プロテクトッ、スピードアップッ!」
白魔術師のイシュトが、しきりに周囲を右往左往しつつパーティーへの支援を行う。
「……イシュト、定期的に支援してくれるのはいいんだけどさ、さっきから回りをウロチョロしてて目障りなんだよ。まだ討伐対象が来てないんだからさ、無駄なことはやめておくれよ」
「まったくだぜ。これじゃ、ちっとも落ち着けねえ。ふわぁ……」
「だ、だって、僕だって不安なんだからしょうがないじゃん! 相手が本物の化け物なんだから――!」
「――イシュト、こっちには病人がいるんだ。大声を上げるのはやめろ……」
「うっ……ご、ごめん……」
盗賊リヴァンに睨まれ、イシュトが青い顔で口を噤む。
「……はぁ、はぁ……」
それ以上に病的な顔色をしていたのは、リヴァンに肩を借りた状態でなんとか立っているといった様子の少女で、髪が乱れているだけでなくその肩もはだけ、左手で握った杖が震えていた。
「すまない、レーラ。こんなにも酷い状態なのに、無理を言ってここまで連れてきてしまって……」
「……か、かまいません、リヴァン。ぼくのことなら大丈夫ですから……」
「レーラ、お前がいても勝てる相手じゃないかもしれない。今回の敵は、それくらい強大な化け物だ……」
「……コホッ、コホッ……そ、それでも、なんとか化け物に勝てるように、頑張ります……」
咳き込みつつも微笑む、死体のように青白い少女――召喚術師レーラに対し、項垂れたリヴァンが唇を噛む。
「レーラ……お前を休ませられるくらい、自分たちがもっと強ければ――ぐっ……!?」
その直後のことだった。レーラが白目を剥き、リヴァンを突き飛ばしたのだ。
「ゲホッ、ゲホオォッ……!」
その場にうずくまったレーラが盛大に血を吐き出したため、リヴァンが血相を変えて駆け寄るとともにその血を右手で掬う。
「ど、どうした、レーラ! く、苦しいのか……?」
「……も、もう、だめ、みたいです。は、早く、ぼくの側から、離れ、て……」
「「「「……」」」」
ただならぬ様子を見せるレーラに対し、リヴァンだけでなくルディたちの面々にも困惑の色が広がっていく。
「ちょ、ちょっと、リヴァン、これは一体、どういうことなんだい!?」
「ま、まさか、折角ここまで連れてきたってのに、もう死んじまうっていうのかよ……?」
「な、なんなんだよ、この危なっかしい状況はぁ……! 死んじゃったらなんにもなんないじゃないかあっ!」
「……レ、レーラが死ぬはずがない。何故ならレーラは――って、そうか。ここが闇の洞窟だからだ。それで……」
「「「えっ……?」」」
何かに気付いたのか、はっとした顔になるリヴァンを前に、置き去りにされたような表情を見せるルディたち。
「こ、このままじゃまずい。今すぐ、レーラを連れてここから脱出しなければ……!」
レーラの体を背負って洞窟の外を目指すリヴァンだったが、そのタイミングで入り口にほかのパーティーが入り込んできた。
「ち、畜生、こんなときに――」
「――う……うわああああぁぁぁっ!」
「「「「なっ……!?」」」」
まもなくレーラの絶叫が洞窟内に響き渡り、リヴァンたちの体が深い闇に包み込まれるのであった。
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