42.精霊術師、新記録を目指す


「はあぁっ――!」


『『『『『――ピギャアアアァァッ!』』』』』


 周囲に複数同時に現れたバイティングビーを、俺は最小限の動きで一気に倒してみせる。


「凄いっ、レオン一人であっという間に倒しちゃったー!」


「レオン、凄いわね……」


「あはは、エリスとティータ、それに力を貸してくれた精霊たちのおかげだよ」


 孤高の指輪のおかげで風も大人しいし、風の精霊が従順になってくれたおかげか、蜂が現れる位置とかもあらかじめ教えてくれるから、一気に始末することができたんだ。何より無の精霊たちがいることで心を無にしながら一瞬で倒せるので剣の達人にでもなった感じだ。


 それからまもなく、周囲の景色が目まぐるしく変わるのがわかった。


「あれ、一体どうしちゃったの……?」


「ティータ、これはね、ボス部屋っていうのー」


「ボス部屋?」


「モンスターを100匹倒すとボス部屋に行けちゃうんだよ!」


「へえ、そうなのね……」


 俺の代わりにエリスがティータに教えてやってるので見てて微笑ましい。D級の依頼用の収集品、大きな針も30個集まったので、あとは風の洞窟ダンジョンのボスを倒すだけだ。


 ならず者たちを惨殺した正体不明の人物の脅しに負けたくないし、今回も当然新記録を目指すつもりでいる。


 周辺は見通しのいい山岳地帯で、強めの風が休むことなく吹き荒れていた。孤高の指輪をもってしてもこれだから、なかったらと思うとゾッとするな……。


 近くに魔法陣があって、そこが俄かに輝きを帯び始める。いよいよボスのおでましってわけだ。


『――キュルルルルルッ……』


 巻くような独特の鳴き声を発したのは、風の洞窟ダンジョンのボスである巨大な怪鳥――グリフォン――だった。


「鳥さん-っ!」


「……あら、大きい鳥ね」


「…………」


 これをただの鳥扱いできるのは、おそらくこの世でエリスとティータくらいだろう。とにかく体躯が大きく、普通なら身じろぎするほどの威圧感を放っているわけだが、ティータのおかげか俺自身も恐怖心がまったく湧いてこなかった。


 それでも、このボスがどれだけ冒険者を苦しめているのか、それは有名な話だからわかる。冒険者の間では、という異名を持っているからだ。


 怪鳥グリフォンは、サラマンダーやハティよりタフさや攻撃力はないものの、能力のバランスが優れていて時間切れで終わってしまうパーティーが多い。再生能力も高く、とにかくすばしっこいんだ。その強烈な咆哮は、恐怖状態で麻痺させることも可能なんだとか。


『キュオオオオオオオォォッ!』


 早速耳障りな鳴き声を発してきたが、ティータのおかげで麻痺することはなかった。


「くっ……!?」


 気付けば、俺はボスの体当たりを食らっていた。なんだ今の、速すぎて見えなかった……。


 エリスのおかげで痛みがなかったのはいいものの、不安を煽るような尋常じゃないスピードだ。


「レオンー、この鳥さん、魔力が高すぎてスピードをほとんど無効化できないみたい!」


「なるほど……」


 エリスの力をもってしても、無効化したスピードがすぐ元通りになってしまうってわけか。


「鳥さん、待って!」


「鳥、待ちなさい……!」


『キュアアァァッ!』


 エリスとティータが怪鳥を追いかけるが、速すぎてどうしようもできないレベルだった。俺にしてみたら姿を追うことすらも難しく、吹いてくる風の方向とチクッとする痛みでようやく存在を確認することができた。


 記録殺しと呼ばれるのもわかる。とにかく倒しにくいってわけだ。とはいえ、ここで新記録を諦めるくらいなら最初から挑戦なんてしない。


 とにかく焦らず冷静に、俯瞰するように物事を考えれば自ずと答えが見えてくるはず。ティータがいるおかげか、俺はこういう状況でもそれが容易になっていた。


 おそらくエリスがスピード、俺が防御力を無効化したとしても、相手の魔力が高すぎるせいですぐ元通りになるからあまり意味がないだろう。


 ――そうだ。逆転の発想というやつで、相手を変えられないなら、自分を変えればいい。


 そう考えると何を変化させたら一番効果的かって、それは気配だ。


 モンスターは特に人間の気配を敏感に感じ取ることができ、それを利用して人間の周辺に現れる性質を持つため、目で追えなくても攻撃することは可能だが、気配がないとなると話は別だ。


「ティータ、俺の気配を消してくれ」


「……わかったわ」


 やはり、俺の思った通りだ。目標を見失ったグリフォンは、明らかに動揺した様子で周辺を飛び回っていた。もちろん、可視化できないほどのスピードではあるものの、明らかに変化したことがある。


 それは、グリフォンが暴れることで強風が弱まっているということ。つまり、今まで言うことを聞いてくれなかった風の精霊が俺に力を貸してくれるってことだ。


 どんなに見えないスピードを誇っていても、その行動を予測さえできれば怖くはない。


『ピギャッ!?』


 防御力を無効化するとともに俺の振り下ろした杖が怪鳥のくちばしにヒットする。風の精霊に教えてもらった通りのタイミングだった。


『――ピギイイイィィィッ……!』


 やがて、グリフォンの咆哮とともに羽が幾つも飛び散った。風の洞窟ダンジョンのボスを倒した記念すべき瞬間だ。


《D級パーティー【名も無き者たち】の風の洞窟の攻略時間、9分14秒。新記録です!》


「レオン、またまたやったね!」


「レオン、やったの……?」


「あぁ、やったぞ!」


 周囲が元の景色に移り変わるとともにギルドカードが光り輝き、祝福のメッセージを届けられる。さらにレアアイテムの怪鳥の吐息までゲットしてホクホクだ。


 ちなみに、前回ゲットした大神の涙は水滴のような形の青い物質で、ほどよい弾力を感じられたのに比べ、この怪鳥の吐息は丸みを帯びた黄色い物でとても軽く、そこから発生する微風が手の平を撫でるのでこそばゆかった。


 これは風刃の杖っていう高級武器の材料なんだ。今回もレアが出ることを期待して、ほかの材料である怪鳥の爪、羽、くちばし、いずれも一個ずつ獲得していたからよかった……。

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