36.精霊術師、空気を読む


「ぐっ……す、すげえな、これは……」


「……き、きっついわね、想像以上……」


「……マ、マール、息が苦しいよう……」


「うぬう……こ、このままではっ……ぼ、僕の髪が乱れてしまうではないかっ……」


 A級パーティー【天翔ける翼】の面々はA級の依頼を受け、風の洞窟まで来ていたわけだが、ビュウビュウと吹き荒れる強風を前に中々先へ進めずにいた。


「はぁ、はぁ……マ、マール、地の魔法を出して食い止めろよ……」


「そ、そうよ、マール、なんとかならない……?」


「……ダメダメ。こんなところで岩や壁なんか出しちゃったら、押し潰されちゃうよ……」


「そ、それなら風の魔法で相殺するのはどうなのかね、メスガキッ」


「ド、ドルファンさぁん、しょ、しょんなことしてもお、焼け石に水……じゃなくてっ、竜巻に溜め息でしかないよぉ……」


「「「「はあ……」」」」


 四人の溜め息が同時に重なる格好になったわけだが、黒魔術師のマールの言う通り強風はびくともしなかった。


 それでも、しばらくするとリーダーである戦士ファゼルが歯を食いしばった様子で歩き始めた。


「ぐぐっ……どれくらいかかるかわかんねえけどよおぉ……絶対にS級に復帰してやる……。そんでレオンの野郎もペットにして首輪をつけて、何もかも元通りにしてやる……」


「……ぐすっ。ファゼル、よかった……。あのどん底状態だから、ここまで立ち直ってくれるなんて……。正直、役立たずな上に気持ち悪いレオンが戻ってくるなんてあたしは嫌だけど、ファゼルのためなら我慢できるよ……」


「……まあそう言ってやるなって、レミリア。あいつが戻ってきたらよ、逃げ出さない程度にいびってやれ」


「うん……あいつのことは本当に大っ嫌いだけど、たまに鞭で叩いて躾ける程度にしておくね……! あと、ファゼル、裏切るようなことしちゃってごめん。あたしにはあなただけだから……」


「レ、レミリア……俺も、お前だけだ……」


 寄り添い合う二人を見て、マールが指を咥えつつドルファンを見上げる。


「ファゼルとレミリア、アッツアツで羨ましいねえ。ドルファンさんもマールとラブラブしちゃお……?」


「……黙りたまえ、メスガキ。今はそれどころではないだろう!」


「ごっ、ごめんなしゃあい……」


「…………」


 ドルファンは甘えてきたマールを拒絶しつつ、ちらっと後方を確認すると、まもなく右の口角を僅かに吊り上げてみせた。


(やられる前にやれという言葉は、人間の本質を如実に表している。もうすぐ、終わりだ。君たちはこの洞窟で死ぬことになる……)




「――おらああああぁぁっ!」


『ピギャアァァッ!』


 最早、左手は添えるだけであった。


 右手のみで繰り出したファゼルの斧の一撃が、風の洞窟のモンスターである巨大な蜂――バイティングビー――の体を切り裂く。


 左手を失ったことにより、彼の扱う斧は小振りな得物に代わり、威力こそ落ちていたものの、その分敏捷さや命中率は上がっていたのだ。


「ファゼル、敵はこっちから来るわ、次はあっちよ……!」


「おう、任せとけ!」


 洞窟の先は道が幾重にも分かれ、風は分散されて緩やかになるものの、この地点は次から次へと巨大な蜂が湧いてくることで知られており、鑑定士レミリアの指示通り、ファゼルが果敢に斧を振るっていた。


「はぁ、はぁぁ……風には大分苦戦したが、モンスターは弱いし、この分ならすぐボス部屋へ行けそうだな……!」


「そうね……って、プロテクトをかけるだけでいいドルファンはともかく、マールは何ぼんやりしてるわけ!?」


「あ、ごめーん。ストーンダガー!」


『ピギャアアァッ!』


 はっとした顔で援護するマールだったが、その表情は晴れないままであった。


「ふうぅ……70匹まで倒したぜ。もうちょいだな――」


「――ファ、ファゼル、ちょっと待って……」


 レミリアが唐突に怪訝そうな顔を見せたことで、その場は不穏な空気に包まれることになる。


「ん、ど、どうした、レミリア?」


「なんかおかしいの。誰かがこっちに近付いてきてるみたい……」


「はあ? こんだけわかりやすくモンスターと交戦してるってのに、こっち側に来るなんて、妙じゃねえか?」


「ホントよね。まるであたしたちに用事でもあるみたい」


「用事って……まさかレオンなのか?」


「あー……なるほどね。あの無能のことだし、戻ろうと思って向こうから来たんじゃない? わざわざこういう大変なときに来るとか、何考えてるのかしら。ホント、空気を読めない男よね。だから嫌われるっていうのに――」


「――お、おい、レミリア」


「何よ、ファゼル。まだあいつの肩を持つつもり?」


「い、いや、そうじゃねえ。あ、あそこを見ろ……」


「えっ……」


 緊張した様子のファゼルが指差す方向から、いかにも素行が悪そうな体格のいい男たちが武器を手にぞろぞろと現れる。


「な、なんなのよ、あいつら……」


「し、知らねえよ。どう見ても友好的な連中じゃなさそうだが……」


 ファゼルの言う通り、やがて【天翔ける翼】パーティーの面々はやってきた男たちに囲まれることとなった……。

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