8.精霊術師、絡まれる


「どれにしよっかなあ、わくわく……あ、これとかたのしそー!」


「お、おいおい、エリス。その依頼はSランクだぞ……」


「そーなの?」


「あ、あぁ……」


 近くの冒険者から失笑が上がる中、俺は肩身を狭くしながらエリスの手を引っ込める。


「超簡単そうなのにー……」


「…………」


 俺たちはFランクパーティーってことで同ランクの依頼を探してたわけなんだが、エリスが指差したのは中でもトップクラスに難易度の高いSランクの依頼の貼り紙で、炎の洞窟のボス、サラマンダーの鱗を10枚集めてきてほしいというものだ。報酬はなんと金貨10枚。


 ボス部屋は総じて5分という制限時間があり、鱗を入手するにはボス部屋で時間内に鱗を削り取って集めるしかない。


 割りと近場なので何度も行ったことがあるが、あの鱗は一つ一つがサイズがあって硬くて中々剥がれないし、削る場所によってはさらに凶悪化するってことで戦闘に集中するのに精一杯だったと記憶している。


 それでも鉄壁パーティーと呼ばれてただけあって、物理ダメージは大して気にならなかったから7枚も集めたんだよな。俺が火の精霊の息吹を感じ取り、ボスが突っ込んできそうな進路をことごとく予測して的中させたのに、鱗には触れることさえも許されなかったが。


 サラマンダーは大きな体に似合わず敏捷な上、吐き出す炎は即死級で一瞬で骨になるレベルだから、鱗を10枚集めるなんていうのは討伐するよりもずっと難しく、Sランクなのもよくわかる話だった。


 それをさらりと簡単だと言ってのけるのは、無の上位精霊マクスウェルなんだし単純に無知っていうわけでもなく、普通に脅威ではないと直感のようなものでわかるからなんだろう。


 ただ、いくら強くてもまだFランクなので、それ相応の依頼しか受けられないしなあ。


「ぶー……」


「わかったわかった、じゃあこれを受ければいいんだろ?」


「どれー?」


 エリスが不満そうなので、俺は同じ洞窟に棲息するモンスター、フレイムタートルの甲羅を50枚集めるというFランクの依頼を受けることにした。


 ダンジョン内でモンスターを100匹倒せばボス部屋にも行けるし、エリスも満足するはず。二人だけでボス部屋へ行くというのは不安もあるが、彼女と一緒なら多分大丈夫だろう。エリスが超強い存在なんだとわかってるとはいえ、見た目がただの少女なもんだから少し怖くなる。


「炎の洞窟に行くんだ。じゃあ、サラマンダーとも戦えるの?」


「ああ、モンスターを100匹倒せばな」


「わーい! レオン大好き! ちゅー……」


「お、おいおい、エリス、こんなところでやったらまずいって……」


 こんな人が一杯いるところでキスなんかしたらどう見てもバカップルだからな。それでも油断するとキスしようとしてくるので、俺は彼女を宥めるのにしばらく苦心した。


「――ういー、ひっく……」


「うっ……?」


 さっきからどうも酒臭いと思ったら、ガタイのいい強面の男がニヤニヤとした顔で俺たちを見下ろしていた。顔も真っ赤だしこりゃ完全に酔っ払ってるな。


 相手にしたらヤバそうだってことで俺たちは目を合わせないようにその場をあとにしようとしたわけだが、そのたびに男に進路を遮られた。うわ、もう偶然じゃなく完全に絡まれてるっぽい……。


「うっぷ……おう、兄ちゃん、可愛い子連れてんじゃねえか。ちょいとだけ貸してくれねえか? なあ、すっきりしたらすぐ返すからよ……ひっく……」


「いや、それはさすがにまずいと思うんですけど……」


 もちろん、俺はこの男の心配をしてやってるんだ。


「……あぁ? おい、何がまずいってんだよ、てめえ!」


 男が血相を変えて胸ぐらを掴んできたわけだが、すぐに俺は解放されることになった。男の右の手首から先が消えたのだ。


 エリスのほうを見ると、舌を出して悪戯っぽく笑ってるから案の定、彼女の仕業なんだろう。こんなこともできるんだな……。


「な……なんだこりゃああぁぁっ!?」


 男は大きく見開いた目で、自分の右手があった場所を見つめている。


「お、お前っ、ななっ、何かしやがったな!?」


「それ消したの、わたしだよ? もう片方の手も見てねっ」


「えっ……?」


 男の顔が見る見る青白くなっていく。今度は左手首の先がなくなっていたのだ。


「……あ、あ……」


「次はどこを消しちゃうー?」


「あ、あひあひっ……あひゃあああああぁぁぁぁっ……!」


 男が何度も転びそうになりながら逃げていく様は、なんとも哀れだった。


「エ、エリス、あれってもう元には戻らないのか……?」


「ううん、戻るよ。でも個人差があって、あの人はわたしの魔力と比べると凄く少なかったから、一週間くらいは戻らないと思う」


「なるほどな……」


 無効化をどれくらい維持できるかは自分と相手の魔力の差次第ってわけか。


「もしかして、俺でもできる?」


「もちろんだよ!」


「おおっ」


「でも、レオンの今の魔力だとちょっとしか消せないかも……」


「そうか。まあそうだろうな」


 さすがに上位の精霊と比べると俺の魔力は相当に低いだろうし、無効化してもあまり維持できないと思われるが、それでもできるとできないのでは大違いだ。


 それにしても絡んできたあの男、一週間も手が消えたままならもう二度と元に戻らないと思うだろうし、多分冒険者を辞めるんじゃないかな。ま、ろくでもないやつだからどうでもいいか。

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